第1章 出会い
家の中から出てきた総司の手に握られていた物を見て、蘭が動揺する。中が暗く見えにくかったのか、外で確認しようと持ち出したらしいそれは、古ぼけた一枚の紙だった。
「平助、これ見てよ」
「ん? 何だこれ、異国の言葉?」
「手紙……かな? よく分からないけどひょっとして、スリの正体は……」
ヒュッ!
突如、風を切り裂く鋭い音がした。同時に総司と平助が後ろへと飛ぶ。思わず手から離れた紙は空を舞い、地面に落ちた。
「返してもらう」
凄まじい殺気を放ちながら、刀を構えて二人の前に立ちはだかったのは、蘭。紙が落ちたのは、丁度双方の中間の距離だ。
間髪入れず、蘭が走り寄る。だがそれと同時に、総司も走り出した。
キィン! と刀がぶつかる音が響く。次の瞬間、お互いが後ろへと飛び退いていた。
「へぇ……あんた、なかなかやるね」
刀を構え直しながら言った総司の顔は、喜びに満ち溢れている。この男は、生来戦いを好むのだろう。蘭はそう認識した。
「総司!」
平助が叫んだが、総司は一瞥もくれずに言う。
「私の獲物だからね。平助は黙って見ていて……よっ!」
踏み出された第一歩は、驚くほどに速く力強い一撃を呼ぶ。しかしそれ以上の速さで、正面から突き出された刀を軽く横にかわすと、蘭の足が総司の横っ腹を蹴とばした。
「ぐっ!」
地面に倒れ込んだ総司に容赦なく、蘭の次の蹴りが来る。だがそれを平助の刀が横薙ぎに払った為、咄嗟に蘭は総司から離れた。
「大丈夫か!? 総司!」
「げほっ、だ……いじょうぶ……じゃないかもね……こいつ強いよ……」
よろりと立ち上がりながら言う総司に、平助が目を丸くする。
基本的に総司は負けを認めたがらない。そんな総司が、自分の不利を認めるかのような発言をしたのだ。それだけ相手が強いという事か、と、平助の全身から冷や汗が噴き出した。
ところが、だ。
「帰れ。お前達は私に敵わない。分かっているだろう?」
蘭が、刀を鞘に収める。そして二人を見ながらゆっくりと、先程落とした紙を拾い上げて言った。
「財布は返す。もう二度とここには来るな。私の事は忘れろ」
いつの間にか懐に入れていた平助の財布を出し、ポンと軽く投げる。曲線を描いて平助の手に収まった財布の中身は、全く減ってはいないようだった。
「ったく、今日は最悪だ」
くるりと踵を返した蘭からは、もう戦う意志は感じられない。その姿にホッとした平助だったが、総司は違った。
「馬鹿に……するなよ……」
「総司?」
「私達が敵わない……だと? 随分強気な発言だけど、私は未だ本気を出していないからな。見くびるなよ!」
平助が激昂する総司を宥めようとしたが、聞く耳など持たない。再び刀を構えると平助の制止を振り切り、蘭へと突進して行った。
「はぁっ!」
突き出された刀は、真っ直ぐに蘭の心臓を狙う。だが、背を向けた状態の蘭はそれをあっさりと避けた。それどころかその腕を蘭が掴み、総司を投げ飛ばす。
「うわっ!」
「総司っ!」
ふわりと浮いた総司の体は、綺麗に地面へと叩きつけられていた。そのまま腕を後ろに捩じ上げられ、身動きが取れなくなる。
「……未だやるか? いい加減諦めろ。お前と私とでは、力量が違い過ぎるようだ」
「力量……だと!?」
総司を押さえつけているのは、自分よりもよっぽど小さくて細い体の持ち主だ。言ってしまえば華奢なその人物に、まるで赤子の手をひねるように押さえつけられてしまっているのが情けなく、総司は歯噛みした。
「お前も刀を扱う者なら、相手の力量くらいは測れないのか?」
呆れたように言う蘭の言葉に、総司の体がかあっと熱くなる。我を忘れたように全身に力を込め、力ずくで蘭を突き飛ばそうとした。
だがそれすらも蘭は軽やかに受け流すと「お前、しつこい」と言うが早いが刀を抜き、総司の真横に突き立てた。
「今のでお前は死んだ。諦めて帰れ。それが嫌なら、ちゃんと強くなってからまた挑んで来い」
「くっ……!」
圧倒的な実力の差を見せつけられた総司にはもう、立ち向かう気力は無かった。
ちなみにこの戦いを見ていた平助はと言うと、総司を助けようと構える度にぶつけられる殺気によって、動きを封じられていた。
――完敗である。
完膚無きまでに叩きのめされ、二人はその場を立ち去るしか無い。
「また来るからな! 強くなって、必ず!」
涙ながらの総司の叫びがこだまする。
だが二人が立ち去るのを見届ける事なく、家の中に入ってしまった蘭の耳には届いてはいないようで。
「あー、最悪の一日だった。腹減ったなぁ……」
既に二人の存在など忘れてしまったかの如く畳に体を投げ出し、空腹を訴える腹を押さえてぼやいていたのだった。
「平助、これ見てよ」
「ん? 何だこれ、異国の言葉?」
「手紙……かな? よく分からないけどひょっとして、スリの正体は……」
ヒュッ!
突如、風を切り裂く鋭い音がした。同時に総司と平助が後ろへと飛ぶ。思わず手から離れた紙は空を舞い、地面に落ちた。
「返してもらう」
凄まじい殺気を放ちながら、刀を構えて二人の前に立ちはだかったのは、蘭。紙が落ちたのは、丁度双方の中間の距離だ。
間髪入れず、蘭が走り寄る。だがそれと同時に、総司も走り出した。
キィン! と刀がぶつかる音が響く。次の瞬間、お互いが後ろへと飛び退いていた。
「へぇ……あんた、なかなかやるね」
刀を構え直しながら言った総司の顔は、喜びに満ち溢れている。この男は、生来戦いを好むのだろう。蘭はそう認識した。
「総司!」
平助が叫んだが、総司は一瞥もくれずに言う。
「私の獲物だからね。平助は黙って見ていて……よっ!」
踏み出された第一歩は、驚くほどに速く力強い一撃を呼ぶ。しかしそれ以上の速さで、正面から突き出された刀を軽く横にかわすと、蘭の足が総司の横っ腹を蹴とばした。
「ぐっ!」
地面に倒れ込んだ総司に容赦なく、蘭の次の蹴りが来る。だがそれを平助の刀が横薙ぎに払った為、咄嗟に蘭は総司から離れた。
「大丈夫か!? 総司!」
「げほっ、だ……いじょうぶ……じゃないかもね……こいつ強いよ……」
よろりと立ち上がりながら言う総司に、平助が目を丸くする。
基本的に総司は負けを認めたがらない。そんな総司が、自分の不利を認めるかのような発言をしたのだ。それだけ相手が強いという事か、と、平助の全身から冷や汗が噴き出した。
ところが、だ。
「帰れ。お前達は私に敵わない。分かっているだろう?」
蘭が、刀を鞘に収める。そして二人を見ながらゆっくりと、先程落とした紙を拾い上げて言った。
「財布は返す。もう二度とここには来るな。私の事は忘れろ」
いつの間にか懐に入れていた平助の財布を出し、ポンと軽く投げる。曲線を描いて平助の手に収まった財布の中身は、全く減ってはいないようだった。
「ったく、今日は最悪だ」
くるりと踵を返した蘭からは、もう戦う意志は感じられない。その姿にホッとした平助だったが、総司は違った。
「馬鹿に……するなよ……」
「総司?」
「私達が敵わない……だと? 随分強気な発言だけど、私は未だ本気を出していないからな。見くびるなよ!」
平助が激昂する総司を宥めようとしたが、聞く耳など持たない。再び刀を構えると平助の制止を振り切り、蘭へと突進して行った。
「はぁっ!」
突き出された刀は、真っ直ぐに蘭の心臓を狙う。だが、背を向けた状態の蘭はそれをあっさりと避けた。それどころかその腕を蘭が掴み、総司を投げ飛ばす。
「うわっ!」
「総司っ!」
ふわりと浮いた総司の体は、綺麗に地面へと叩きつけられていた。そのまま腕を後ろに捩じ上げられ、身動きが取れなくなる。
「……未だやるか? いい加減諦めろ。お前と私とでは、力量が違い過ぎるようだ」
「力量……だと!?」
総司を押さえつけているのは、自分よりもよっぽど小さくて細い体の持ち主だ。言ってしまえば華奢なその人物に、まるで赤子の手をひねるように押さえつけられてしまっているのが情けなく、総司は歯噛みした。
「お前も刀を扱う者なら、相手の力量くらいは測れないのか?」
呆れたように言う蘭の言葉に、総司の体がかあっと熱くなる。我を忘れたように全身に力を込め、力ずくで蘭を突き飛ばそうとした。
だがそれすらも蘭は軽やかに受け流すと「お前、しつこい」と言うが早いが刀を抜き、総司の真横に突き立てた。
「今のでお前は死んだ。諦めて帰れ。それが嫌なら、ちゃんと強くなってからまた挑んで来い」
「くっ……!」
圧倒的な実力の差を見せつけられた総司にはもう、立ち向かう気力は無かった。
ちなみにこの戦いを見ていた平助はと言うと、総司を助けようと構える度にぶつけられる殺気によって、動きを封じられていた。
――完敗である。
完膚無きまでに叩きのめされ、二人はその場を立ち去るしか無い。
「また来るからな! 強くなって、必ず!」
涙ながらの総司の叫びがこだまする。
だが二人が立ち去るのを見届ける事なく、家の中に入ってしまった蘭の耳には届いてはいないようで。
「あー、最悪の一日だった。腹減ったなぁ……」
既に二人の存在など忘れてしまったかの如く畳に体を投げ出し、空腹を訴える腹を押さえてぼやいていたのだった。