第7章 胸裏

 すぐ後ろの道の角から覗いていた男の腰に、蘭の足がめり込む。

「ぐはっ!」

 頽れた男の後ろにいた二人が、慌てて刀を抜いて構えたが、内一人は振り上げる間もなく、掌底で顎を打たれて沈んだ。
 間髪入れず、蘭は倒れた男の刀を奪い構える。

「お前達は何者だ? 何故私を付け狙う?」

 蘭が尋ねると、男は言った。

「名乗る必要は無い。お前には死んでもらう」
「……私は知らない人間に殺されてやる程、気の良い人間では無い」

 突き出された刀を軽くかわし、自ら持つ刀を返しながら男の首の後ろを峰打ちする。あっさりと意識を手放した男達に、蘭は大きくため息を吐いた。

「人を殺そうとしている割に、呆気ない連中だったな。この程度の輩なら、新選組の下っ端を相手にした方が、まだ歯応えがある」

 そう言うと、蘭は男達を一瞥する。三人が確実に気を失っている事を確認し、子猫を呼び寄せようとしたその時だった。

「危ない、蘭!」

 突如覆いかぶさるように飛びついてきた存在に、蘭の体が弾き飛ばされる。

「なっ……平助っ!?」

 地面にぶつかる瞬間、平助が体を捻って回転したため、背中を強打したのは平助。お陰で蘭はどこも怪我をする事は無かった。
 だが、平助はーー。

「う……っ」

 後頭部でもぶつけたのだろうか。呻くばかりで返事は出来ないようだ。

「おい、平助!? 大丈夫か!?」

 そう叫びながら、蘭は周囲の気配を探る。平助の声が聞こえたと同時に感じた殺気は、ピストルの弾と共に蘭に向けて放たれた物。

「すぐに戻る。待っていろ」

 蘭は素早い動きで先程倒した男の刀を二本拾うと、ピストルの発射音がした方へと向かって走った。
 走りながらまず一本目の脇差を抜き、扱いに慣れていないのか照準を合わせられず、モタモタとピストルを構える男に向かって投げつける。構えが崩れた隙を狙って、蘭が男の手にもう一本の大刀を振り下ろし、ピストルを落とさせた。

「先ほどの男達は囮と言う訳か」

 凄まじい蘭の殺気が、目の前の男にぶつけられる。 その恐ろしさに腰が抜けたのか、男はへなへなと失禁しながら座り込んでしまった。放心状態の男に、蘭は一旦刀を振り上げたが、唇を噛み締めるとゆっくり刀を下ろす。そして、騒ぎに気付きこちらを伺っていた村の者達に向かって言った。

「誰か新選組の屯所まで知らせに行ってくれ。私は万が一に備えてこいつらを見張っている。あと、怪我人がいる事も伝えてくれ。藤堂と言えば分かるだろう」

 蘭の言葉に頷いた一人の男が、屯所へと走っていく。その姿を確認するとピストルを拾い上げ、急いで平助の元へと駆け寄った。

「平助、しっかりしろ! 私が分かるか?」

 眉間に皺を寄せながら未だ呻いていた平助の頭を、そっと持ち上げて膝に乗せる。念の為、頭の後ろや首の後ろに触れてみたが、こぶになりかかっているのか少し膨らみはあるものの、出血などは無さそうだった。

「馬鹿が。私もピストルには気付いていた。お前に助けられなくても自分で避けられたってのに……」
「そりゃ……悪かったな……っ……咄嗟に体が……動……いちまったんだよ……」

 歯を見せて二カリと笑いながらも、痛みにすぐ顔が歪む。

「大丈夫か?」
「心配ねぇ……よ。ちょっと受け身……に失敗しちまっただけ……だしな」

 そう言う割には、かなり痛そうに見える。さすがの蘭も、放り出す事は出来ないようだ。

「少しずつ……痛みも取れてきてるから大……丈夫だ。心配してくれてありがとよ」

 それが痩せ我慢なのか否かは分からないが、確かに受け答えははっきりとしてきている。蘭は小さくホッと息を吐くと、平助を覗き込みながら言った。

「すまない、私のせいで……」
「だ~から大丈夫だって! んな顔すんなよ。ちょっと休めばすぐ動けるようになるしさ」

 笑顔で答えた平助だったが、不思議とその表情は切なく眩しそうにも見える。そして暫く蘭を見つめていたかと思うと、やがてそっと手を伸ばし、蘭の前髪に触れた。
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