第7章 胸裏

「今日も平和だな~」

 平助がつまらなそうに言う。それはとても不謹慎だが、ある意味平和な証拠でもあった。

「で? 私は何をすれば良いんだ?」

 暫く一緒に歩いていた蘭も、さすがに手持無沙汰になったのだろう。平助に尋ねたのだが、その答えは微妙だった。

「それがさ、俺も分かんねーんだよ。とりあえず一緒に連れてけって言うんだもんな。巡察が終わったら、蘭の刀を見てやれって言われたんだけど……」
「刀?」

 蘭が自分の刀を見ると、平助もそこに視線を向ける。

「研ぐなり新しい刀を見繕うなりしてやれってさ。どうする? 希望があれば馴染みの店があるから連れてってやるぜ」
「遠慮する」

 平助は親切心で言ったものの、蘭から返って来たのは拒否の言葉だった。

「私はこの刀で充分だ。研ぎも新しい刀もいらない」
「せっかく八木さんが金を出してくれるって言ってるんだしさ。見に行くだけでも……」
「結構だ」

 間髪入れずに却下され、さすがの平助もムッとする。

「何だよそれ、もう少し言い方ってもんがさ~」
「八木さんには私から断れば良いだろう。お前が気にする必要は無い」

 有無を言わせず言い切られ、これ以上平助は何も言えなくなってしまった。

「そこまで力強く拒否しなくても良いじゃねーか。そりゃぁ刀を見りゃ、古い割には凄く手入れされてるし、大事にしてるのも分かるけどさ……」

 一人ぶつぶつと呟きながら、地面の小石を軽く蹴って転がす平助。ところが不意に聞こえてきた「分かるのか……?」という蘭の言葉に驚いて、思わずその小石を思い切り蹴飛ばしてしまった。
 宙を舞った小石は、前を歩く隊士に直撃する。

「痛いですよ、組長!」
「悪ぃ悪ぃ!」

 謝りながらも、平助の顔は蘭の方を向いたままだった。何故なら蘭の発した声が、とても切ない物だったから。

「どうした? 蘭。何か俺、変な事言ったのか?」
「私の刀……大事にしているように見えるか?」
「は……?」

 疑問に疑問で返され、戸惑う平助。だがそこに何か深い意味が隠されているように感じた為、平助は真剣に答えた。

「そうだな。以前戦った時にちらっと見ただけではあるけど、良い刀だと思ったよ。見た感じ年季も入ってるようだし、使い込んでる割に俺達の刀と遣り合えてるんだから、大事にしてるんだろうなと思ったんだ」

「間違ってるか?」と蘭の顔を覗き込むように言った平助に、蘭は小さく首を振る。

「いや……」

 相変わらず前髪は蘭の表情を隠しているが、その口元は小さく微笑んでいた。

「なぁ、その刀、見せてもらっても良いか?」

 その表情にほっとしたのか、平助が尋ねる。一瞬躊躇したようだったが、蘭はコクリと頷くと刀を平助に渡した。

「うわ! 持ってみると結構ずっしり来るな。お前の体でこれを振るのはきつくねぇ?」
「別に」
「そっか。……やっぱすげぇ大事に扱われてんな。銘は無いけど良い刀だ。でも少し刃こぼれがあるし、やっぱ研いでもらった方が更に長持ちすると思うんだけどなぁ」
「そんなもんか……?」

 先程とは違う蘭の反応に、平助は目を丸くした。だがそれを突っ込むとまた元に戻ってしまいそうな気がして、敢えて気付かないふりをする。

「どうしても店に行きたくなきゃ、一(はじめ)に頼もうか」
「はじめ?」
「そう、俺達の仲間で斉藤一。蘭は未だ会った事が無いよな。刀の目利きで、研ぐのも上手いんだ。俺が責任もって頼むから、それなら良いだろ?」
「……分かった」
「よし、決まり!」

 丁寧に刀を鞘に納め、蘭に手渡す。
 大切そうに受け取り腰に差す蘭の姿は、まるで愛しい物を身に付けているかのようで。平助はそれを見ながら、不思議な感情を覚えていた。
 やがて無事巡察は終わり、屯所に戻ると約束通り、平助が蘭の刀を預かる。何事も無かったかのように八木邸へと戻る蘭に、玄関で帰りを待ちわびていた雅が言った。

「ええ友達になれそやな」

 ピクリと反応を示した蘭だったが、そのまま何も言わずに二階へと上がってしまう。だがその口元が小さく綻んでいた事に、雅は気付いていた。

「どんなに頑丈で高い砦も、崩れ始めたら早い。……この調子で最後まで取り除いたってや、藤堂はん」

 二階の襖が締まる音を聞きながら、雅は呟くのだった。
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