第7章 胸裏

 その頃、平助はと言うと――。

「え~っと……蘭さん? そこにいらっしゃいますか~?」

 何故か下手になりながら、及び腰で蘭の部屋の前にいた。

「八木さんから御指名で、お迎えに来ましたよ~」

 だが声をかける平助に、返事をしてくれる者はいない。このままでは巡察に遅れてしまうと次第に焦り始めた平助は、意を決して襖に手をかけた。

「蘭! 一緒に巡察に行こう! 開けるぞ!」

 そう言って思い切り襖を開けようとした瞬間。
 スパーン! と先に勢いよく襖を開けたのは、蘭だった。

「煩い」

 ぼさぼさの頭で出てきた蘭は、きっと直前まで寝ていたのだろう。表情は見えなくても、不機嫌な事はよく分かる。

「あ……いや、だってさ、八木さん達がお前を迎えに来ないと分かってるなって言うから……」

 蘭の不機嫌な雰囲気に飲み込まれそうになり、後ずさりながら答えた平助は、半泣きだった。

「俺、何にも悪い事してねぇのにさ。何でこうあちこちでぞんざいに扱われなきゃなんねーんだよ……」

 その姿はまるで、叱られた子犬が耳を倒しているようだ。見ていると何だか体もプルプル震えているようで、庇護欲を掻き立てられる。もちろんこれは計算では無く、平助の素の姿。そしてそれは、蘭にも効果があったらしい。

「……八木さんがらみの仕事なんだな?」

 ため息を吐きながら、蘭が言う。その言葉にぱっと明るい表情になった平助は、コクコクと頷いた。

「ちょっと待ってろ」

 平助の返事を待たず、強引に襖が閉められる。やがて髪を結い直し、身なりを整えた蘭が出てきた。その腰には刀が一本差してある。

「行くぞ」

 そう言って蘭は、平助の返事を待たず階下に向かった。
 慌てて平助も駆け下りると、庭では既に平助の組下の者達が整列していて。平助を見た隊士達は頭を下げたが、その横にいた蘭を訝しげにじろじろと見ていた。

「こいつは八木さんの用心棒だ。今日は八木さんの希望でこいつも一緒に巡察に連れて行く。俺や総司をも凌ぐ程の手練れだから、何も気を使わなくて良いぜ。じゃ、出発!」
「はい!」

 怪しい人物だと思っているはずなのに。平助の言葉に素直に返事をする隊士達を見て、蘭は感心した。

「お前、割と信用されてるんだな」
「何だよそれ! 一応俺にも役職はあるんだぜ。信用されなくてどうするんだよ」
「へぇ~……」
「何だよその反応。すげー失礼なんだけど」

 ぷくっと頬を膨らませる平助を横目で見ながら、蘭は隊士達の一番後ろに着く。平助も慌ててその横に並ぶと、早速巡察が始まった。
 今日の巡察は、牽制の意味も含めて浅葱色の羽織を着用している。その効果は高く、新選組の姿を見るだけで町の者は道を開け、怪しげな者達は影を潜めた。
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