第6章 秘匿

 一方山崎はというと、大きくため息を吐きながら壬生寺へと向かっていた。先程雅が壬生寺に向かうのを見ていたからである。
 その足取りはとても重いようだった。

「ほ~ら、もう帰るで! あんたらこれ以上言う事聞かんかったら分かっとるやろな!」

 寺の前まで来ると、境内からは雅の怒鳴り声が聞こえてくる。先程蘭の部屋から逃げた子供達を、追いかけているようだ。

「うわ~! お母ちゃん鬼や~!」
「鬼が来た~! 助けて~!」

 子供たちの叫び声に、ますます山崎の表情が曇っていく。

「頼むからこれ以上怒らせんといたってくれよ……」

 そう呟くと、山崎は気配を消しながらそっと境内を覗き込んだ。だがそこには一人を小脇に抱え、もう一人の首根っこを掴んで仁王立ちしている雅がいる。

「……あかん、今日は帰ろ……」

 くるりと引き返そうとした時。

「そこにおんのは分かっとるんやで、烝!」

 名を呼ばれ、動けなくなった。

「ほれ、こっち来ぃや。まさか顔も見せんと引き返すなんて事はせぇへんよな……?」
「わ、分かった、行くし。そない怖い声出さんとってぇな雅姐」

 しぶしぶと雅の元へと向かう山崎の表情は、暗い。しかも雅を『姐』と呼ぶ、この二人の関係は一体ーー。

「お前ら、ちゃんとお母ちゃんに謝らなあかんで」
「山崎の兄ちゃん! 助かった~! このままやったら折檻くらうとこやったわ」
「わては助かってへんのやけどな。っちゅーか雅姐はそこまでせんやろ……多分。とにかく謝りや」

 子供達を手元に呼び謝らせると、何とか雅の怒りが落ち着く。やれやれとため息を吐いた山崎だったが、雅の視線は冷たかった。

「何でそないに怖い顔してんのや? 雅姐」
「当たり前や。うちらとは極力接触せんと言うとったあんたが来るって事は、蘭の事しか考えられへん。どうせ土方はんが探れ言うてはるんやろ?」
「分かっとるんなら、煽るような事せんかったらええんや。ほんま相変わらずやな」

 どうやら二人は旧知の仲らしい。山崎は、遊んでとせがんでくる子供たちに菓子を渡して先に屋敷に戻らせると、真剣な面持ちで雅と向き合った。

「雅姐の言うた通り副長命令や。蘭はんが何者なんか、雅姐達は知っとるんと違うかて疑うてはる。ほんまのところはどうなんや? なんぞ知っとるんか?」

 じっと雅の目を見つめるが、雅の表情は動かない。むしろ山崎の腹の内を探ろうとでもしているかのように、鋭い視線を送ってきている。

「雅姐の仕事の徹底ぶりは昔からやし、よう知っとる。せやけど新選組を巻き込むんやったら、それなりに情報は流すべきなんと違うんか? 蘭はんの痕跡を消しとんも雅姐達やろ?」

 雅に駆け引きは通用しないと思っているのだろう。山崎は素直に考えを述べていく。

「俺らが今知っとんのは、蘭はんが阿蘭陀になんぞ関わりがあるっちゅー事くらいや。あとはせいぜい出鱈目に強い女子はんで、流派は無い。間者でも無いとも一応思っとるけど……」
「そやな」

 そこまで聞いて、ようやく雅に笑みが浮かんだ。欲しかった言葉がそこにあったのだろうか。

「蘭は間者でも敵でもないんえ。強いだけのただの女子や」
「……あの強さで『ただの女子』とは思えんけどな」
「茶々入れなや。とにかく今は未だうちらも確かな情報は無い。八木が動いとるけど、今後の状況次第ではあんたにもちゃんと伝えるしな。土方はんには……そやな。母性本能をくすぐられて遊んどる、くらいに言うといてや」
「それ、半分ホンマの事やろ」

 呆れ顔の山崎だったが、雅の言葉に嘘が無いのは分かったらしい。ため息を吐きながら頷くと、「とりあえずはそう言うとくけど、ちゃんと情報流してや」と言い、踵を返す。
 雅はそれに「へえへえ。お互いきばらなあかんな」と答えると、山崎の姿を見送ったのだった。
 やがて姿が見えなくなったのを確認し、雅がぽつりと呟く。

「今のところは未だ、目ぇの事は気付いてないみたいやな」

 山崎の言葉から現状を読み取った雅は、小さくホッとため息を吐いた。

「暫くはお手並み拝見といこか。しっかし烝も大きゅうなったなぁ。子供の頃おもちゃにして遊んどった時とは大違いや」

 雅も山崎も、壬生の出身だ。更にはお互い共通の知り合いが多く、幼い頃はよく顔を合わせていた。ただし、雅の方が十以上年上だった為、山崎は雅の良いおもちゃにされていたようだったが。
 その記憶が今も残っているらしく、山崎には雅に対して少々苦手意識がある為、あまり接触したがらなかったらしい。

「あの頃は若かったし、加減も知らんかったしなぁ」

 クスクスと笑う雅だったが、空を見上げた瞬間、その表情は真剣なものとなった。

「でもうちと繋がりがあると周りに分かってしもたら、後々お互い動きにくぅなるし、極力過去の繋がりは消しといてもらわな。うちらは場所は貸しても、力を貸す気はないんえ」

 冷たく言い放たれた言葉は、一陣の風に攫われていく。同時に舞い上がっていた花弁が地面に落ちた時にはもう、そこに雅の姿は無かったのだった。
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