第6章 秘匿

「……っ! こんのやろ~! 空からなんて卑怯だぞ! 降りてこ~い!!」

 どたどたとカラスを追って走り去る平助の足音に、土方の眉間に皺が寄る。

「彼奴は馬鹿か」

 ため息を吐きながら言った土方だったが、その口元は笑っていた。何だかんだ言いながらも、弟分である平助が可愛いのだろう。

「ほんま、相変わらず可愛いお馬鹿さんやな、藤堂はんは」

 そこに入れ替わるようにやってきたのは、山崎。例の如くにこにこと口元は笑っていながらも、その瞳は真剣だった。

「よう、どうだった? 首尾は」

 山崎が来る事を分かっていたのか、平然と彼を迎え入れた土方は、障子戸を閉めるよう促す。それに従って土方の前に座った山崎は、姿勢を正すと表情と口調を改めた。

「ご報告します。監察総出で調べましたが、やはり手ごわいですね……彼女の痕跡は意図的に消されているようです」
「そうか……」

 どうやら、蘭について未だ調べ続けているらしい。しかし収穫は無いようで、山崎の顔には疲労の色が濃かった。

「彼女が本当に異国と何らかの関わりがあるとすれば、尚更情報を引き出すのは難しいかもしれません。例え情報が手に入ったとしても、我々の手に負えるかどうか……」

 そもそも尊王攘夷を謳う新選組に、異国に関する物との繋がりは無い。その為今回調べている蘭という人物が、異国に関わりがある可能性があると分かり、戸惑いが生まれていた。

「それでも彼奴の正体を探っておかねぇと、こっちが寝首を掻かれちまうかもしれねぇからな。厳しいだろうがもう暫く探ってみてくれ」
「承知しました」

 いつもの山崎からは想像もできない、真面目で従順な姿。しかしこれが、本来の山崎烝の姿だった。
 彼は元々温順にして無口な性格だ。入隊当初はほとんど喋らなかったため、下手するとそこにいるのも気付かれない程だった。だが常に周りに目を配り、痒い所に手が届く彼の働きを土方が見込んで、監察に所属させたのだ。いわば土方の秘蔵っ子とでも言ったところか。

「時に山崎。八木夫婦とは接触してるか?」
「はい?」

 報告を終え、退出しようとした所に突如投げかけられた質問は、山崎を戸惑わせた。

「いえ、最近はとんと」
「まぁお前はあの二人が苦手みたいだからな。だがどうも最近キナ臭ぇ。そもそも蘭を連れ込んだのもあの二人だからな。こちらも探ってみてくれ」
「……はぁ……」

 どうやら土方は、八木夫婦に何か引っかかるものがあるらしい。ちなみに新選組の者達は、八木夫婦については壬生界隈の実力者だということくらいしか知らされてはいなかった。
 八木がどこまでの力を持っているのか。そして雅の過去がどのような物なのか、彼らは知らない。
 
 ーーあるたった一人を除いては。

「ついさっき、八木夫婦が平助の巡察に蘭を連れて行けと言ってきたらしい。そこに何だか含みがあったみてぇでよ。きっと何か知ってるぜ?」
「そうですか……」
「何だ? あまり乗り気じゃねぇみてぇだな?」

 山崎にしては珍しく、覇気の無い返事に土方が首をひねる。だが山崎はすぐに頭を下げ、答えた。

「いえ、承知しました。では」

 そう言うと、速やかに退室する。その態度に少々の疑問を残しはしたようだが、土方は追求しようとはしなかった。それだけ彼を信用しているのだろう。

「ま、山崎ならやってくれるだろ」

 小さく笑みを浮かべると土方は文机に向かい、平助が来るまでやっていたのであろう書状の作成に取り掛かったのだった。
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