第6章 秘匿
そんな蘭の様子を、気配を消して伺っていた人物が二人。
そう、先ほど部屋を出て行った雅と、八木である。
「……お前ほんま活き活きしとるけど、年を考えや。今となってはかなり無茶や思うで」
「失礼な! うちはあんたよりずっと年下なんえ。まだまだ動けます! そんなん言わはるんやったら、何であんたも一緒におりますねん」
ひそひそと言い争う二人がいるのは、二階の中の間。蘭は内玄関上の部屋にいる為、少し離れた所から聞き耳を立てていた。
「蘭もまさかうちが階段やのうて、梯子を使って窓から二階に入ってきてたとは思わんやろ」
「そら、階段の音はどないしても消されへんし、外から侵入するんは常套手段やけど……年……」
「年とし煩いわ!」
どうやら八木は、雅の尻に敷かれているようだ。ある意味夫婦の正しい在り方なのかもしれないが、滑稽なやり取りとは裏腹に、その表情は真剣だった。
「で、揺さぶりはかけたけどこれからどないするん? 未だ未だ情報は足らんのやし、あの子も一筋縄ではいかんえ?」
雅が、八木の頬をつねりながら言う。どうやら『年』は本気で禁句のようだ。
「痛いからやめぇ。情報に関しては時間が解決してくれるやろ。それより蘭自身の方やな。新選組のもん達が出来る限り関わってくれればええんやけど……」
「うちらも未だ確証が持てん以上は動かれへんしな。……間違い無い思うんやけど……」
音も立てずにそっと蘭のいる部屋に近付き、小さく襖を開ける。その隙間から見えるのは、熟睡している蘭の姿。
いつの間にか畳に横になっていた蘭の髪は流れ、未だ少しあどけなさを残した顔を露わにしている。それは非常に整った顔立ちで、笑顔を見せればとても美しい女性なのだろう事を思わせた。だが左目の下には痛々しい、何かに切り付けられたような跡が見える。
「よう似とる……でもあの傷は一体?」
雅がぽそりと言ったその言葉は、何を意味しているのか。
「早う確証が欲しい。あんた、頼みますえ」
「分かっとる。緑の目ぇは滅多におらん。本気で動けば早いはずや」
二人は目を合わせて頷いた。
実は蘭が八木を助けた時。戦いの最中の蘭を見ていた八木は、その目が緑色なのに気付いていた。
彼は戦う力こそ持っていないものの、鋭い観察、洞察力と広い人脈を持っている。壬生村や京都守護職、所司代とも深い関わりがあり、陰の権力者と言っても過言ではない。
新選組のような荒くれ者達を預かる事になったのも、最初に集められた浪士集団の中でも最も危うい者達を、彼ならどうにかしてくれるだろうという希望が入っていたからだ。その代わり、見えない所では様々な優遇をされている。例えば、本来なら表に出せないような異国の情報を引き出せるのも、八木の人脈あってこそだ。
そして雅も、人とは少し違う過去を持っていた。
彼女の実家は情報屋の家系であり、幼い頃からその術を叩き込まれている。その為、八木とはまた違った形で人脈も広かった。
「蘭に出会うたのは偶然やったけど……必然になったらええな」
安らかな蘭の寝顔に小さく微笑むと、雅はそっと襖を閉めたのだった。
そう、先ほど部屋を出て行った雅と、八木である。
「……お前ほんま活き活きしとるけど、年を考えや。今となってはかなり無茶や思うで」
「失礼な! うちはあんたよりずっと年下なんえ。まだまだ動けます! そんなん言わはるんやったら、何であんたも一緒におりますねん」
ひそひそと言い争う二人がいるのは、二階の中の間。蘭は内玄関上の部屋にいる為、少し離れた所から聞き耳を立てていた。
「蘭もまさかうちが階段やのうて、梯子を使って窓から二階に入ってきてたとは思わんやろ」
「そら、階段の音はどないしても消されへんし、外から侵入するんは常套手段やけど……年……」
「年とし煩いわ!」
どうやら八木は、雅の尻に敷かれているようだ。ある意味夫婦の正しい在り方なのかもしれないが、滑稽なやり取りとは裏腹に、その表情は真剣だった。
「で、揺さぶりはかけたけどこれからどないするん? 未だ未だ情報は足らんのやし、あの子も一筋縄ではいかんえ?」
雅が、八木の頬をつねりながら言う。どうやら『年』は本気で禁句のようだ。
「痛いからやめぇ。情報に関しては時間が解決してくれるやろ。それより蘭自身の方やな。新選組のもん達が出来る限り関わってくれればええんやけど……」
「うちらも未だ確証が持てん以上は動かれへんしな。……間違い無い思うんやけど……」
音も立てずにそっと蘭のいる部屋に近付き、小さく襖を開ける。その隙間から見えるのは、熟睡している蘭の姿。
いつの間にか畳に横になっていた蘭の髪は流れ、未だ少しあどけなさを残した顔を露わにしている。それは非常に整った顔立ちで、笑顔を見せればとても美しい女性なのだろう事を思わせた。だが左目の下には痛々しい、何かに切り付けられたような跡が見える。
「よう似とる……でもあの傷は一体?」
雅がぽそりと言ったその言葉は、何を意味しているのか。
「早う確証が欲しい。あんた、頼みますえ」
「分かっとる。緑の目ぇは滅多におらん。本気で動けば早いはずや」
二人は目を合わせて頷いた。
実は蘭が八木を助けた時。戦いの最中の蘭を見ていた八木は、その目が緑色なのに気付いていた。
彼は戦う力こそ持っていないものの、鋭い観察、洞察力と広い人脈を持っている。壬生村や京都守護職、所司代とも深い関わりがあり、陰の権力者と言っても過言ではない。
新選組のような荒くれ者達を預かる事になったのも、最初に集められた浪士集団の中でも最も危うい者達を、彼ならどうにかしてくれるだろうという希望が入っていたからだ。その代わり、見えない所では様々な優遇をされている。例えば、本来なら表に出せないような異国の情報を引き出せるのも、八木の人脈あってこそだ。
そして雅も、人とは少し違う過去を持っていた。
彼女の実家は情報屋の家系であり、幼い頃からその術を叩き込まれている。その為、八木とはまた違った形で人脈も広かった。
「蘭に出会うたのは偶然やったけど……必然になったらええな」
安らかな蘭の寝顔に小さく微笑むと、雅はそっと襖を閉めたのだった。