第6章 秘匿
「なあなあ、この子猫の名前は決まってるん?」
部屋を汚すなと警告した割には、自分達が持ってきた煮干しをばらまくように子猫にやり始めている勇之助が言った。
「……いや、特に」
つい連れて来てしまいはしたものの、蘭は別に子猫を飼おうとしていたわけではない。名前など、考えようとも思わなかった。
「ほな俺達で名前付けたる」
為三郎が、首をひねって名前を考え始める。同じように勇之助も首をひねったが、その姿があまりにそっくりだったため、思わず蘭は吹き出しそうになった。が、そこで本当に吹き出せるほど、蘭の心は開かれてはいない。
そんな蘭の、彼らへの答えは「やめておけ」だった。
「何でや? 名前付けたらな、呼ばれへんやろ?」
勇之助が不思議そうに言うが、蘭は首を横に振る。
「名を付けると情が移る。お前は最後までこいつの面倒を見てやれるのか? 動物を飼うというのは、命を預かるという事だ。お前達にその責任を果たせるだけの覚悟があるのか?」
その言葉には、不思議な重みがあった。未だ幼い子供達も、何かを感じ取ったのだろう。眉根を寄せ、真剣に蘭の言葉の意味を考えていた。そして何かに気付いたように、尋ねる。
「ほな、何で連れて来はったん? 家に連れて来たら、子猫かて飼うてもらえると思てしまうんと違うん?」
為三郎の言葉に、蘭は息を飲んだ。確かに彼の言う通り、蘭が連れてきた事で、この子猫は飼われる気になっているかもしれない。それは蘭の責任だ。
「私は……餌だけやったらまた壬生寺に戻してやるつもりで……」
「餌なんぞもろたら、ますます居着くんと違うん? 俺が間違うとるんかなぁ?」
痛い所を突かれ、蘭はこめかみを押さえた。そもそも何故本当に、こんな事をしてしまったのか。未だかつて、動物を連れ帰るなどありはしなかったのに。
純粋な子供の目線という物は、時として大人をも鋭く射抜く。
「それは……」
為三郎の言葉に反論できず、蘭は黙り込む事しか出来なかった。
だが、この家に沈黙という物は存在しないらしい。
「は~いはい、そこまでや。連れて来てしもたんはしゃぁない。蘭、あんたが責任持って飼うたりや」
いつの間に上がって来たのか、部屋の前では雅が仁王立ちしていた。
「うわ! お母ちゃんや!」
「うわ! やないわ! 煮干しは外でやりなはれ言うたはずや! 約束守らんかったらどないなるか分かってたんと違うんか!?」
「逃げろ~~!!」
蜘蛛の子を散らすように走り去る子供達に、雅が「後でおしおきやしな〜!」と叫ぶ。やがて部屋が静かになると、今度は蘭の方を振り向いた。
「あんまし重く考えはる必要も無いんと違う? 素直に感じた通りに動いてみるんも悪ないえ」
そう言うと、雅はゆっくりと蘭に歩み寄った。だが蘭は警戒をしているらしく、じりじりと後ずさり始める。
その先にあるのは、大刀。
「そない警戒せなあかんのかいな。うちは何も危ないもんは持ってまへんのえ」
「……いつ上がってきた?」
「はぁ?」
「お前が声を出すまで、気配を全く感じていなかった。お前はいつ上がってきた? あの階段を音も立てずに上がれるなんて……」
確かに蘭は、雅の気配に全く気付いてはいなかったようだ。今まで様々な敵と対峙してきたが、ここまで完全に気配を消して近付かれた事は、かつて一度たりとも無い。
「お前……何者だ?」
部屋を汚すなと警告した割には、自分達が持ってきた煮干しをばらまくように子猫にやり始めている勇之助が言った。
「……いや、特に」
つい連れて来てしまいはしたものの、蘭は別に子猫を飼おうとしていたわけではない。名前など、考えようとも思わなかった。
「ほな俺達で名前付けたる」
為三郎が、首をひねって名前を考え始める。同じように勇之助も首をひねったが、その姿があまりにそっくりだったため、思わず蘭は吹き出しそうになった。が、そこで本当に吹き出せるほど、蘭の心は開かれてはいない。
そんな蘭の、彼らへの答えは「やめておけ」だった。
「何でや? 名前付けたらな、呼ばれへんやろ?」
勇之助が不思議そうに言うが、蘭は首を横に振る。
「名を付けると情が移る。お前は最後までこいつの面倒を見てやれるのか? 動物を飼うというのは、命を預かるという事だ。お前達にその責任を果たせるだけの覚悟があるのか?」
その言葉には、不思議な重みがあった。未だ幼い子供達も、何かを感じ取ったのだろう。眉根を寄せ、真剣に蘭の言葉の意味を考えていた。そして何かに気付いたように、尋ねる。
「ほな、何で連れて来はったん? 家に連れて来たら、子猫かて飼うてもらえると思てしまうんと違うん?」
為三郎の言葉に、蘭は息を飲んだ。確かに彼の言う通り、蘭が連れてきた事で、この子猫は飼われる気になっているかもしれない。それは蘭の責任だ。
「私は……餌だけやったらまた壬生寺に戻してやるつもりで……」
「餌なんぞもろたら、ますます居着くんと違うん? 俺が間違うとるんかなぁ?」
痛い所を突かれ、蘭はこめかみを押さえた。そもそも何故本当に、こんな事をしてしまったのか。未だかつて、動物を連れ帰るなどありはしなかったのに。
純粋な子供の目線という物は、時として大人をも鋭く射抜く。
「それは……」
為三郎の言葉に反論できず、蘭は黙り込む事しか出来なかった。
だが、この家に沈黙という物は存在しないらしい。
「は~いはい、そこまでや。連れて来てしもたんはしゃぁない。蘭、あんたが責任持って飼うたりや」
いつの間に上がって来たのか、部屋の前では雅が仁王立ちしていた。
「うわ! お母ちゃんや!」
「うわ! やないわ! 煮干しは外でやりなはれ言うたはずや! 約束守らんかったらどないなるか分かってたんと違うんか!?」
「逃げろ~~!!」
蜘蛛の子を散らすように走り去る子供達に、雅が「後でおしおきやしな〜!」と叫ぶ。やがて部屋が静かになると、今度は蘭の方を振り向いた。
「あんまし重く考えはる必要も無いんと違う? 素直に感じた通りに動いてみるんも悪ないえ」
そう言うと、雅はゆっくりと蘭に歩み寄った。だが蘭は警戒をしているらしく、じりじりと後ずさり始める。
その先にあるのは、大刀。
「そない警戒せなあかんのかいな。うちは何も危ないもんは持ってまへんのえ」
「……いつ上がってきた?」
「はぁ?」
「お前が声を出すまで、気配を全く感じていなかった。お前はいつ上がってきた? あの階段を音も立てずに上がれるなんて……」
確かに蘭は、雅の気配に全く気付いてはいなかったようだ。今まで様々な敵と対峙してきたが、ここまで完全に気配を消して近付かれた事は、かつて一度たりとも無い。
「お前……何者だ?」