第6章 秘匿
「お帰り、蘭。どこ行っとったんや?」
八木邸に戻ると、雅が笑顔で出迎えた。突然飛び出して行ったにも関わらず、そこに蘭を責める気配は無い。
「さすがに昼は片付けてしもたんえ。小腹がすいたら八つ時になんぞ食べよな。あれ、子猫も一緒かいな。そっちは……煮干しでええやろか」
それだけ言うと、いそいそとその場を立ち去る雅。手にしなびた大根を持っていたところを見ると、これから沢庵でも仕込むつもりだろうか。
雅の姿が見えなくなり、フッとため息を吐いた蘭は、そのまま自らに与えられた二階の部屋へと向かった。
襖を閉め、完全に外との繋がりを断ち切った途端、力が抜けたように畳の上に寝転がる。その動きに合わせて子猫も蘭の腕の中から飛び出ると、蘭の傍らで毛づくろいを始めた。
「お前は頭の良い猫のようだな。ここに来るまでおとなしくしていてくれて助かった」
ニャア、と蘭の言葉に答えたのは、単なる偶然だろうか。
「疲れた……」
天井を見上げながら呟く。
新選組に関わるようになってから、蘭の周りには常に誰かしらが纏わり付くようになっている。さすがに気の休まる時がなく、疲労は溜まるばかりだ。
「どうしてこう引っ切り無しに……」
大きくため息を吐き、とりあえずはこれで漸く体を休められるかと目を瞑ったその時。
「お姉ちゃ~ん!」
ドタドタと階段を上る音が響き、ガラリと勢い良く襖が開けられた。慌てて飛び起きた蘭が固まっていると、確認もせず部屋に入り込んできたのは幼い子供達二人。
「お姉ちゃん、帰ってきたんやな。心配しとったんやで」
「俺達が泣かせてしもたみたいやし、謝らないかん思ててん。なんや知らんけど堪忍な。これ、お詫びのしるしや」
そう言って為三郎と勇之助が目の前に勢いよく差し出したのは、金米糖だった。
「新選組の兄ちゃん達が、時々土産を買うてきてくれんねん。俺な、そん中でもこの金米糖が一等好きなんや。だからお姉ちゃんにも分けたる!」
歪に折られた折り紙の箱に入れられた、十粒程の金米糖がカラコロと音を立てる。
きっとこの箱は、子供達が不器用ながら一生懸命折ったのだろう。何とも言えない複雑な気持ちになりながら、蘭は黙ってそれを受け取った。
「あとは、子猫にやる煮干しや。お母ちゃんが外で食べさせろ言うてんけど、ここに持ってきてしもた。そやから部屋は汚さんようにしたってや。ココだけの話、お母ちゃん怖いで」
為三郎が言うと、勇之助が大きく頷く。
「そうや。お母ちゃんは、新選組よりおっかないんやで。あの鬼の副長も敵わんのや。藤堂はんなんて、しょっちゅうお母ちゃんに泣かされてはるわ」
顔を合わせてニシシと笑う二人に、しばし黙って見ていた蘭だったが、フッと小さく笑うと言った。
「お前達は仲の良い兄弟なのだな」
「そらそうや。仲良うせなお母ちゃんが怖いねん。弟は大事にせぇ! 言うてめちゃめちゃ怒らはんのやもん」
「俺かて兄ちゃんの言う事聞かなあかん! て何回言われたか」
いっちょ前に腰に手を当てて怒る仕草をする二人に、蘭の表情が更に和らぐ。
「兄弟、か……」
蘭が小さくしみじみと呟いた。
その兄弟だが、彼らに段取りや気遣いという物は存在しない。突然部屋に飛び込んできて、渡す物を渡した子供達の興味はもう、次の物へと変わっていた。
八木邸に戻ると、雅が笑顔で出迎えた。突然飛び出して行ったにも関わらず、そこに蘭を責める気配は無い。
「さすがに昼は片付けてしもたんえ。小腹がすいたら八つ時になんぞ食べよな。あれ、子猫も一緒かいな。そっちは……煮干しでええやろか」
それだけ言うと、いそいそとその場を立ち去る雅。手にしなびた大根を持っていたところを見ると、これから沢庵でも仕込むつもりだろうか。
雅の姿が見えなくなり、フッとため息を吐いた蘭は、そのまま自らに与えられた二階の部屋へと向かった。
襖を閉め、完全に外との繋がりを断ち切った途端、力が抜けたように畳の上に寝転がる。その動きに合わせて子猫も蘭の腕の中から飛び出ると、蘭の傍らで毛づくろいを始めた。
「お前は頭の良い猫のようだな。ここに来るまでおとなしくしていてくれて助かった」
ニャア、と蘭の言葉に答えたのは、単なる偶然だろうか。
「疲れた……」
天井を見上げながら呟く。
新選組に関わるようになってから、蘭の周りには常に誰かしらが纏わり付くようになっている。さすがに気の休まる時がなく、疲労は溜まるばかりだ。
「どうしてこう引っ切り無しに……」
大きくため息を吐き、とりあえずはこれで漸く体を休められるかと目を瞑ったその時。
「お姉ちゃ~ん!」
ドタドタと階段を上る音が響き、ガラリと勢い良く襖が開けられた。慌てて飛び起きた蘭が固まっていると、確認もせず部屋に入り込んできたのは幼い子供達二人。
「お姉ちゃん、帰ってきたんやな。心配しとったんやで」
「俺達が泣かせてしもたみたいやし、謝らないかん思ててん。なんや知らんけど堪忍な。これ、お詫びのしるしや」
そう言って為三郎と勇之助が目の前に勢いよく差し出したのは、金米糖だった。
「新選組の兄ちゃん達が、時々土産を買うてきてくれんねん。俺な、そん中でもこの金米糖が一等好きなんや。だからお姉ちゃんにも分けたる!」
歪に折られた折り紙の箱に入れられた、十粒程の金米糖がカラコロと音を立てる。
きっとこの箱は、子供達が不器用ながら一生懸命折ったのだろう。何とも言えない複雑な気持ちになりながら、蘭は黙ってそれを受け取った。
「あとは、子猫にやる煮干しや。お母ちゃんが外で食べさせろ言うてんけど、ここに持ってきてしもた。そやから部屋は汚さんようにしたってや。ココだけの話、お母ちゃん怖いで」
為三郎が言うと、勇之助が大きく頷く。
「そうや。お母ちゃんは、新選組よりおっかないんやで。あの鬼の副長も敵わんのや。藤堂はんなんて、しょっちゅうお母ちゃんに泣かされてはるわ」
顔を合わせてニシシと笑う二人に、しばし黙って見ていた蘭だったが、フッと小さく笑うと言った。
「お前達は仲の良い兄弟なのだな」
「そらそうや。仲良うせなお母ちゃんが怖いねん。弟は大事にせぇ! 言うてめちゃめちゃ怒らはんのやもん」
「俺かて兄ちゃんの言う事聞かなあかん! て何回言われたか」
いっちょ前に腰に手を当てて怒る仕草をする二人に、蘭の表情が更に和らぐ。
「兄弟、か……」
蘭が小さくしみじみと呟いた。
その兄弟だが、彼らに段取りや気遣いという物は存在しない。突然部屋に飛び込んできて、渡す物を渡した子供達の興味はもう、次の物へと変わっていた。