第5章 温もり

「お前は随分と周りから大切にされてきたのだな」
「はぁ?」
「多少の苦労はしたものの、周りからは可愛がられてきたのだろう。剣術道場に通い始めたのをきっかけに剣の腕を開花させ、今では新選組で一、二を争う腕前といったところか? だがその実力も、お膳立てをしてくれた存在があってのものだ」

 突如総司の生い立ちについて、推測しながら語り始めた蘭。大まかではあるが、その内容に間違いがなかった事に総司は驚いた。

「何で……」
「分かったか、は愚問だ。ついでに言うとお前は隠れる気があるのか、無いのか?」
「あっちゃ~、やっぱ気ぃついてたんやな」

 張り詰めた緊張感を一気に無くさせる存在が、表門の影から姿を現す。総司は気付いてなかったらしく、いつの間にいたのかと山崎に尋ねたが、当の山崎はニコニコするだけで敢えて答えようとはしなかった。

「わてがいつからおったかは『隠れ慧眼(かくれけいがん)』に聞いとくんなはれ」

 ピクリ。
 山崎の言葉に、蘭が反応する。

「お前、未だ私の事を嗅ぎ回ってるわけか……」

 蘭の殺気が、容赦なく山崎へと向けられた。慌てて山崎は総司の後ろに隠れると、例の如く軽口を叩く。

「そない言うたかて、わての仕事やしな。これは偶然手に入った情報や。『隠れ慧眼』。蘭はんの二つ名やろ?」
「何それ。あいつってそんな二つ名を持ってたの? 実は結構有名だったりするわけ?」

 後ろに隠れる山崎を鬱陶しそうに払いのけながら、総司が言う。お願いだから匿って、とわざとらしく手を合わせながら、山崎は続けた。

「いんや、蘭はんが闇雲に強いて知っとんのはほんの一部の人間のみやしな。公に依頼を受けて仕事をしとるわけやないんやろ? 実際に戦うて負けた輩や、助けられた者達がいつの間にかそう呼ぶようになったて聞いとる」

 実際の所、その二つ名が広まるようになったのはこの数年の事だ。蘭自身は迷惑でしかないのだが、本人の意思に関係なく、この名を知って近付いてくる者は存在するのだ。ある者は用心棒として。ある者は敵を倒すために。

「しっかし、『隠れ慧眼』ってのはなかなか粋な二つ名や。蘭はん自身は、最初に呼ばれるようになった正確な時期は知ってはるんか? 呼ばれるに至った詳しい経緯とか聞いてみたいんやけど」

 そう言って山崎は、目をキラキラさせながら蘭に答えを求める。

「山崎くん、その顔気持ち悪いよ」

 総司に一刀両断でばっさりやられ、酷い! と泣き真似までし始める山崎に、蘭は頭を抱えた。
 蘭にとって山崎は、出会った時からやっかいな相手だ。このふざけた行動の全てが計算だと分かっているだけに、どう対処すべきかに悩んでしまう。むしろ総司や平助のように、素直にぶつかってこられる方が受け流しやすい。
 煮ても焼いても食えない山崎を、どう扱うべきか。暫し考え込んでいた蘭だったが、結局「勝手に想像しておけ」とだけ言うと、もう引き止められてなるものかと言わんばかりに、凄まじい速さで走り去った。

「あ、待っ……あ~あ、行ってもうた」

 口を尖らせて残念そうに言う山崎に、総司が呆れた顔を見せる。

「山崎くんが出て来なきゃ、もう少し普通の会話が出来たかも知れないんだけどね」
「え~? 沖田はん、さっきからわての扱い酷うないですかいな? も少し優しゅう……」
「無理!」
「んな、ばっさりと……」

 がっくりと肩を落としてみせたが、総司の中には山崎への憐みなど微塵も存在していないようだった。
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