第5章 温もり
「……何やってんの? そんなとこで」
そこに突然声をかけて来たのは、総司。珍しく殺気が無かった為、蘭は気配に気付いていても警戒はしていなかった。
「別に」
先程までの微笑みは一瞬で消え去り、再び前髪で目を隠した表情の読めない蘭へと戻る。新たな人間にきょとんとする子猫を抱き上げると、立ち上がって八木邸に向かおうとした。
「ちょっと待ちなよ。あんたさぁ、一応新選組の預かりでもあるんだし、少しは立場を考えれば?」
「は?」
「挨拶くらいしろっての」
そう言うと、総司は手を刀にかける。要するに手合わせをしろという事だろうか。
「私にはお前に挨拶しなければならない義務もなければ、戦う意思も無い。そもそも関わりたく無い」
にべもなく言い放った蘭は、子猫と共に八木邸に向かう。だがやはり相手は総司。そのまま帰らせてくれるはずも無い。
「あんたは無い無いづくしでも、こっちはあるんだ。いい加減倒されてくれなきゃ困るんだよ……っ!」
一瞬だった。
素早い動きで抜刀した総司が、蘭に袈裟懸けで仕掛ける。寸手の所でかわした蘭は、子猫を低く投げ落としながら土を掴み、総司の顔に向けて投げつけた。
「うわっ!」と慌てた隙を突き、総司の背後に回り込む。腕を首にかけて引き倒すと、背中を地面に強く打った衝撃で総司の息が一瞬止まった。そこに間髪入れず、動けないよう関節を押さえながら蘭がのし掛かる。
頭を振って気を取り直すと、総司の目の前には自分を見下ろす蘭の顔があった。
「いい加減諦めろ。私は無益な戦いを好まない。これ以上しつこく仕掛けてこようとするのなら……」
ゾクリと総司の背筋に寒気が走る。蘭から向けられた殺気は、死を確実に思わせる程の冷たさだった。
だが、総司は見てしまった。見下ろしているせいで浮いた前髪は、蘭の目を隠す役割を忘れていたから。
「何で……」
総司の目が、驚きで見開かれる。影になる事で色までは気付いてはいないようだが、泣きそうな目で眉根を寄せている表情はハッキリと見えていた。
「あんたはいつも、そんな顔をしながら殺気を放ってるのか?」
死をも厭わぬ総司をもってしても、恐ろしいと思ってしまう蘭の殺気の奥に、こんな悲しい顔が隠されていたなどと誰が想像していようか。
「そんな弱気な心の持ち主に、私はいつも負かされているのか……?」
そう言うと同時に、総司からも殺気が放たれた。その目は鋭く、怒りに満ちている。
「それとも何か? 自分に敵わない者への同情? あんたに殺される事が確定した相手への哀れみ? 冗談じゃない!」
総司が全身で抗い始める。蘭に押さえつけられている手足の自由は利かないはずだった。だが二人の体格差を考えれば、総司を完全に拘束するには蘭の体は小さく、軽すぎるのだ。
「……っ!」
決して刀を手放さなかった右腕に全神経を集中して蘭から逃れ、強引に刀を振る。力技で跳ね除けられた蘭は、咄嗟に後ろに飛んで総司から距離を取った。見ると蘭の着物の肩の部分は、切り裂かれている。
それは初めて総司の刀が蘭を捉えた瞬間だった。
そこに突然声をかけて来たのは、総司。珍しく殺気が無かった為、蘭は気配に気付いていても警戒はしていなかった。
「別に」
先程までの微笑みは一瞬で消え去り、再び前髪で目を隠した表情の読めない蘭へと戻る。新たな人間にきょとんとする子猫を抱き上げると、立ち上がって八木邸に向かおうとした。
「ちょっと待ちなよ。あんたさぁ、一応新選組の預かりでもあるんだし、少しは立場を考えれば?」
「は?」
「挨拶くらいしろっての」
そう言うと、総司は手を刀にかける。要するに手合わせをしろという事だろうか。
「私にはお前に挨拶しなければならない義務もなければ、戦う意思も無い。そもそも関わりたく無い」
にべもなく言い放った蘭は、子猫と共に八木邸に向かう。だがやはり相手は総司。そのまま帰らせてくれるはずも無い。
「あんたは無い無いづくしでも、こっちはあるんだ。いい加減倒されてくれなきゃ困るんだよ……っ!」
一瞬だった。
素早い動きで抜刀した総司が、蘭に袈裟懸けで仕掛ける。寸手の所でかわした蘭は、子猫を低く投げ落としながら土を掴み、総司の顔に向けて投げつけた。
「うわっ!」と慌てた隙を突き、総司の背後に回り込む。腕を首にかけて引き倒すと、背中を地面に強く打った衝撃で総司の息が一瞬止まった。そこに間髪入れず、動けないよう関節を押さえながら蘭がのし掛かる。
頭を振って気を取り直すと、総司の目の前には自分を見下ろす蘭の顔があった。
「いい加減諦めろ。私は無益な戦いを好まない。これ以上しつこく仕掛けてこようとするのなら……」
ゾクリと総司の背筋に寒気が走る。蘭から向けられた殺気は、死を確実に思わせる程の冷たさだった。
だが、総司は見てしまった。見下ろしているせいで浮いた前髪は、蘭の目を隠す役割を忘れていたから。
「何で……」
総司の目が、驚きで見開かれる。影になる事で色までは気付いてはいないようだが、泣きそうな目で眉根を寄せている表情はハッキリと見えていた。
「あんたはいつも、そんな顔をしながら殺気を放ってるのか?」
死をも厭わぬ総司をもってしても、恐ろしいと思ってしまう蘭の殺気の奥に、こんな悲しい顔が隠されていたなどと誰が想像していようか。
「そんな弱気な心の持ち主に、私はいつも負かされているのか……?」
そう言うと同時に、総司からも殺気が放たれた。その目は鋭く、怒りに満ちている。
「それとも何か? 自分に敵わない者への同情? あんたに殺される事が確定した相手への哀れみ? 冗談じゃない!」
総司が全身で抗い始める。蘭に押さえつけられている手足の自由は利かないはずだった。だが二人の体格差を考えれば、総司を完全に拘束するには蘭の体は小さく、軽すぎるのだ。
「……っ!」
決して刀を手放さなかった右腕に全神経を集中して蘭から逃れ、強引に刀を振る。力技で跳ね除けられた蘭は、咄嗟に後ろに飛んで総司から距離を取った。見ると蘭の着物の肩の部分は、切り裂かれている。
それは初めて総司の刀が蘭を捉えた瞬間だった。