第5章 温もり
その日から、蘭の新しい日常が始まった。
基本的に蘭の仕事は八木の護衛だ。だがそれだけでは住み込みの為、暇を持て余してしまう。よって必然的に、雅の手伝いもさせられる羽目になっていた。
「蘭はん、ちょっとこれ運んだってな」
「……何故だ……」
雇い主だからと否を許されず、言われるがまま働くしかない蘭は不満を募らせていた。しかし雅はそんな事などお構いなしに、蘭を家事に巻き込んでいく。
八木邸に入ってまず渡されたのはハタキ。次に雑巾がけをし、今度は昼食の準備だ。しかも当たり前だが家族分の食事を作るため、その量は多い。今までこんな大人数の食事など作った事の無かった蘭は、山積みにされた食材に呆気にとられるばかりだ。
「ほらほら、突っ立ってないで手ぇ動かしなはれ。働かざる者食うべからずや」
さすがに慣れている雅は、手際良く昼食を完成させていく。献立は、煮魚と菜っ葉のお浸し、豆腐の味噌汁、おしんこに…… 。
「これ、卵……?」
そこには、山のように積まれた卵が置かれていた。過去に数回店先で見かけた事はあったが、その値段の高さから、蘭は一人の時にそれを口にした事が無い。
思わずマジマジと見つめていると、雅が言った。
「そうや。蘭はんが家族になって初めての食事になるし、奮発したんえ」
「……かぞ、く……?」
聞き慣れない言葉に、蘭が固まる。その姿に雅は一瞬眉をひそめたが、すぐに笑顔を見せて言った。
「そうそう、あんたは今日から八木の家族なんや。用心棒であると同時に、うちの娘になったんえ」
「娘……?」
「これからはうちん事を呼ぶ時は『お母はん』やしな。八木ん事は『お父はん』や。ええな」
戸惑う蘭に近付き、そっと抱きしめる。何が起こっているのか分からず、固まったままの蘭に雅は続けた。
「一つずつでええんや。未だここに来たばかりなんやし、ゆっくりと慣れていきや」
ポンポンと背中をたたき、最後に頭を撫でると、雅はパンっと手を叩く。
「ほな、ちゃっちゃと料理してまおな。蘭!」
「え……あ、はい……」
勢いに押されるばかりで訳が分からない蘭だったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
出来上がった料理は、どれも温かくて美味しくて。しかも、このような大人数で一緒に食事を取った記憶など皆無に等しい蘭にとって、こんなにも賑やかな食卓は全てが新鮮だ。
「あ~! お前さっき俺の玉子一切れ食べたやろ!」
「食べてへんわ! 兄ちゃんこそ、俺の分取ってはったし、返してぇな!」
という食事の奪い合いを見るのも初めてだった蘭は、暫く食べるのを忘れて見入ってしまう。そんな蘭を八木夫婦は優しい目で見つめていたが、そこにどんな意味があるのかを、この時の蘭は知る由も無かった。
基本的に蘭の仕事は八木の護衛だ。だがそれだけでは住み込みの為、暇を持て余してしまう。よって必然的に、雅の手伝いもさせられる羽目になっていた。
「蘭はん、ちょっとこれ運んだってな」
「……何故だ……」
雇い主だからと否を許されず、言われるがまま働くしかない蘭は不満を募らせていた。しかし雅はそんな事などお構いなしに、蘭を家事に巻き込んでいく。
八木邸に入ってまず渡されたのはハタキ。次に雑巾がけをし、今度は昼食の準備だ。しかも当たり前だが家族分の食事を作るため、その量は多い。今までこんな大人数の食事など作った事の無かった蘭は、山積みにされた食材に呆気にとられるばかりだ。
「ほらほら、突っ立ってないで手ぇ動かしなはれ。働かざる者食うべからずや」
さすがに慣れている雅は、手際良く昼食を完成させていく。献立は、煮魚と菜っ葉のお浸し、豆腐の味噌汁、おしんこに…… 。
「これ、卵……?」
そこには、山のように積まれた卵が置かれていた。過去に数回店先で見かけた事はあったが、その値段の高さから、蘭は一人の時にそれを口にした事が無い。
思わずマジマジと見つめていると、雅が言った。
「そうや。蘭はんが家族になって初めての食事になるし、奮発したんえ」
「……かぞ、く……?」
聞き慣れない言葉に、蘭が固まる。その姿に雅は一瞬眉をひそめたが、すぐに笑顔を見せて言った。
「そうそう、あんたは今日から八木の家族なんや。用心棒であると同時に、うちの娘になったんえ」
「娘……?」
「これからはうちん事を呼ぶ時は『お母はん』やしな。八木ん事は『お父はん』や。ええな」
戸惑う蘭に近付き、そっと抱きしめる。何が起こっているのか分からず、固まったままの蘭に雅は続けた。
「一つずつでええんや。未だここに来たばかりなんやし、ゆっくりと慣れていきや」
ポンポンと背中をたたき、最後に頭を撫でると、雅はパンっと手を叩く。
「ほな、ちゃっちゃと料理してまおな。蘭!」
「え……あ、はい……」
勢いに押されるばかりで訳が分からない蘭だったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
出来上がった料理は、どれも温かくて美味しくて。しかも、このような大人数で一緒に食事を取った記憶など皆無に等しい蘭にとって、こんなにも賑やかな食卓は全てが新鮮だ。
「あ~! お前さっき俺の玉子一切れ食べたやろ!」
「食べてへんわ! 兄ちゃんこそ、俺の分取ってはったし、返してぇな!」
という食事の奪い合いを見るのも初めてだった蘭は、暫く食べるのを忘れて見入ってしまう。そんな蘭を八木夫婦は優しい目で見つめていたが、そこにどんな意味があるのかを、この時の蘭は知る由も無かった。