第4章 剔抉
「こいつ……!」
さすがの山崎も驚きを隠せない。再び懐剣で応戦しようとしたが、蘭はその間を与える事無く山崎の膝裏を蹴り、体勢を崩させた。
「うわっ!」
反り返って倒れそうになった体を支えようと、咄嗟に手紙を手放してしまう。蘭はそれを見逃さず、掴み取った。
「って……っ」
尻もちをついた山崎を見下ろす蘭に殺意は無い。だが凄まじい威圧感に包まれている為、反撃をする事もかなわず。
「参った。降参や。なんやもうでたらめの強さで勝てる気ぃせんわ」
大きなため息を吐きながらあぐらをかく山崎は、腹を括ったようだった。
「戦ってもあかん。逃げてもあかん。ほんま難儀やな」
そう言った山崎は、蘭を見上げて見つめる。
「あの手紙……大事な人が書いたんか? あれって蘭語やろ? あんたは阿蘭陀 と何ぞ関係あるんか?」
その時初めて蘭がビクリと体を震わせた。それはとても小さな動きだったのだが、山崎が見逃すはずはない。
「やっぱりな……手紙への執着心の異常さ、名前。ここ数日調べてみても、何の手がかりも無い素性。考えられるのは――」
ヒュッ!
風を切る音と同時に山崎が感じた物。それは、首を伝う熱い血の感触だった。
軽く振られた蘭の手が、山崎の首の皮一枚を切っていたのだ。ただしその手には何も握ってはおらず、刀は鞘に納められている。
切れ味の鋭さから、何らかの鋭利な武器が使われた筈なのだが、その獲物が何なのか山崎の目に映ってはいない。だがこの事は、いつでも山崎の首を跳ねる事が出来るのだと証明しているのは明らかだ。
「これ以上詮索するなら、今ここで死んでもらう。それが嫌なら全てを忘れろ。誰にも話すな。お前の命は今この瞬間から、私の手の中にある事を忘れるな」
相変わらず前髪に隠れて目は見えなかったが、きっとその視線は冷たい物なのだろう。山崎の背中を冷や汗が伝った。
「分かったな」
「そない言われても……わても新選組の人間やさかい、情報は全部副長に伝えな……」
「だったら死ね」
「いやいやいや、ちょお待ってぇな。そんなあっさりと……」
「蘭! 山崎くん!」
その時、息を切らしながら走ってきたのは平助。どうやら蘭と山崎の走りはとんでもなく速く、しかも結構な距離を走っていたらしい。
「二人とも急に走り出すかと思えば、あっという間に姿が見えなくなるんだもんな。すげぇ探したんだぜ。置いて行かないでくれよ」
「藤堂はん……おおきに、助かったわ!」
「はえ?」
走り寄ってきた平助に何故か礼を言い、後ろに隠れるように回り込んだ山崎に、平助が素っ頓狂な声を上げた。
「え? 何? 何かあったの?」
「蘭はんの素性を調べとったら――」
チャキ……と蘭の指が鯉口を切る。
「え? ちょっと蘭、何? 何でそんなに怒ってるわけ? 手紙は取り返したんじゃないの?」
「退け。そいつは今ここで殺す」
「ひえ~、藤堂はん助けたって~!」
「え? 何? これって遊んでるの? それとも本気?」
蘭はもちろん本気だ。抑え気味とはいえ殺気を放ち、山崎を屠らんと狙っている。だが山崎の態度があまりにもふざけているせいで、平助には遊んでいるようにしか見えない。
「ねえ、これってどういう状況なわけ? 俺はどうすれば良いんだよ」
「藤堂はんはこのままわてを守ってくれたらええんや」
「守るって……」
いい加減困り果てている平助。そして相変わらずふざけた態度の山崎。
さすがに我慢ならなくなり、とうとう蘭が叫んだ。
さすがの山崎も驚きを隠せない。再び懐剣で応戦しようとしたが、蘭はその間を与える事無く山崎の膝裏を蹴り、体勢を崩させた。
「うわっ!」
反り返って倒れそうになった体を支えようと、咄嗟に手紙を手放してしまう。蘭はそれを見逃さず、掴み取った。
「って……っ」
尻もちをついた山崎を見下ろす蘭に殺意は無い。だが凄まじい威圧感に包まれている為、反撃をする事もかなわず。
「参った。降参や。なんやもうでたらめの強さで勝てる気ぃせんわ」
大きなため息を吐きながらあぐらをかく山崎は、腹を括ったようだった。
「戦ってもあかん。逃げてもあかん。ほんま難儀やな」
そう言った山崎は、蘭を見上げて見つめる。
「あの手紙……大事な人が書いたんか? あれって蘭語やろ? あんたは
その時初めて蘭がビクリと体を震わせた。それはとても小さな動きだったのだが、山崎が見逃すはずはない。
「やっぱりな……手紙への執着心の異常さ、名前。ここ数日調べてみても、何の手がかりも無い素性。考えられるのは――」
ヒュッ!
風を切る音と同時に山崎が感じた物。それは、首を伝う熱い血の感触だった。
軽く振られた蘭の手が、山崎の首の皮一枚を切っていたのだ。ただしその手には何も握ってはおらず、刀は鞘に納められている。
切れ味の鋭さから、何らかの鋭利な武器が使われた筈なのだが、その獲物が何なのか山崎の目に映ってはいない。だがこの事は、いつでも山崎の首を跳ねる事が出来るのだと証明しているのは明らかだ。
「これ以上詮索するなら、今ここで死んでもらう。それが嫌なら全てを忘れろ。誰にも話すな。お前の命は今この瞬間から、私の手の中にある事を忘れるな」
相変わらず前髪に隠れて目は見えなかったが、きっとその視線は冷たい物なのだろう。山崎の背中を冷や汗が伝った。
「分かったな」
「そない言われても……わても新選組の人間やさかい、情報は全部副長に伝えな……」
「だったら死ね」
「いやいやいや、ちょお待ってぇな。そんなあっさりと……」
「蘭! 山崎くん!」
その時、息を切らしながら走ってきたのは平助。どうやら蘭と山崎の走りはとんでもなく速く、しかも結構な距離を走っていたらしい。
「二人とも急に走り出すかと思えば、あっという間に姿が見えなくなるんだもんな。すげぇ探したんだぜ。置いて行かないでくれよ」
「藤堂はん……おおきに、助かったわ!」
「はえ?」
走り寄ってきた平助に何故か礼を言い、後ろに隠れるように回り込んだ山崎に、平助が素っ頓狂な声を上げた。
「え? 何? 何かあったの?」
「蘭はんの素性を調べとったら――」
チャキ……と蘭の指が鯉口を切る。
「え? ちょっと蘭、何? 何でそんなに怒ってるわけ? 手紙は取り返したんじゃないの?」
「退け。そいつは今ここで殺す」
「ひえ~、藤堂はん助けたって~!」
「え? 何? これって遊んでるの? それとも本気?」
蘭はもちろん本気だ。抑え気味とはいえ殺気を放ち、山崎を屠らんと狙っている。だが山崎の態度があまりにもふざけているせいで、平助には遊んでいるようにしか見えない。
「ねえ、これってどういう状況なわけ? 俺はどうすれば良いんだよ」
「藤堂はんはこのままわてを守ってくれたらええんや」
「守るって……」
いい加減困り果てている平助。そして相変わらずふざけた態度の山崎。
さすがに我慢ならなくなり、とうとう蘭が叫んだ。