第4章 剔抉
年の頃は三十くらいだろうか。町人の格好をしてはいるが、彼の纏う雰囲気は何かが違う。
「副長から聞いとったけど、ほんまに死角無しの女子はんやな」
そう言ってにこにこと笑いながら蘭に近付いてきたが、男は決して蘭の手が届かない距離を保っていた。
「山崎くん……何で君がここに?」
平助が驚いた顔でその男の名を呼ぶ。山崎と呼ばれた男は、変わらぬ笑顔のままその問いに答えた。
「そら決まってますやろ。この監察方山崎丞、蘭はんを探るよう副長から命令されてますねん。けど難儀やなぁ……気配消しとってもすぐに気付かれてまうんやから」
ポリポリと頭を掻いて困っているような素振りを見せてはいるが、その表情は明らかにこの状況を楽しんでいる。
「ちなみに蘭はん。探っても何も出てけぇへん言うてましたけど、せやったら直接教えてもろたらあかんのやろか。わてとしてもそれが一番楽なんやけど」
「山崎くんって、遠慮が無いんだね……」
山崎のこの態度には、さすがに平助も呆れている。だが本人はそんな事など、どこ吹く風と言ったところだ。
「合理的で無駄のない仕事っちゅーのがわての主義や。ってなわけで、まず今知りたいのは蘭はんの素性やな。どこの生まれで親が誰か。あと、年も聞いときたいわ。副長は十五、六と読んではったけど、わてはもうちょい上やと睨んどるねん」
それはそれは楽しそうに、だが一定の距離を保ちながら質問する山崎に、蘭はあからさまな不快感を見せた。
「鬱陶しい奴だな。私は八木さんには雇われたが、新選組には雇われていない。よって答える義理は無い」
「そないつれない事言わんと。情報を持って帰らな、屯所に入れてもらわれへんのや」
「お前の事情なんぞ知るか。私を勝手に巻き込むな」
そう言うと蘭は、足早にこの場を立ち去ろうとする。それを見た山崎は、チッと小さく舌打ちをした。
「穏便にいきたかってんけどな……しゃあないか」
言葉と同時に山崎は、蘭との間合いを詰める。そこに殺気は感じられなかった為、油断していたのが悪かった。
「お前……っ!」
蘭が咄嗟に飛び退いた時にはもう、山崎の手には一枚の紙が握られていた。
それは、蘭の懐に入れられていた、例の手紙。
「以前藤堂はんが見た言うてはったこの手紙に、何かあるやろ思てましてん。大切に扱うさかい、しばらく借りときますわ」
ニヤリと笑いながら、ヒラヒラと手紙を振って見せつけた山崎は、早速その内容を確認する。もちろんそこに並ぶ文字は、山崎にも全く読めはしない。
「……何処の言葉やこれは。蘭学の本にあった文字と同じようにも見えるけど……」
先程までのふざけた雰囲気から一変、真剣な表情で何か一つでも手がかりは無いかと見ていた山崎だったが、鋭い殺気を感じると慌てて懐から懐剣を取り出した。
刀とぶつかるキィンという高い音が響き、ビリビリと手がしびれる。
「っくぅ~~! 女子や思て舐めるな言われとったけど、ほんまやな。こら分が悪いわ」
そう言うと、山崎は脱兎の如く駆け出した。足の速さは隊内一と言われる程の山崎の姿は、風の如く消え失せる――はずだった。
「逃がさない」
その足を止めるよう正確に、次々と石つぶてが飛んでくる。それを避ければ自然と速度は落ちてしまうわけで。
「返してもらう」
気が付けば蘭は、山崎のすぐ後ろまで来ていた。
「副長から聞いとったけど、ほんまに死角無しの女子はんやな」
そう言ってにこにこと笑いながら蘭に近付いてきたが、男は決して蘭の手が届かない距離を保っていた。
「山崎くん……何で君がここに?」
平助が驚いた顔でその男の名を呼ぶ。山崎と呼ばれた男は、変わらぬ笑顔のままその問いに答えた。
「そら決まってますやろ。この監察方山崎丞、蘭はんを探るよう副長から命令されてますねん。けど難儀やなぁ……気配消しとってもすぐに気付かれてまうんやから」
ポリポリと頭を掻いて困っているような素振りを見せてはいるが、その表情は明らかにこの状況を楽しんでいる。
「ちなみに蘭はん。探っても何も出てけぇへん言うてましたけど、せやったら直接教えてもろたらあかんのやろか。わてとしてもそれが一番楽なんやけど」
「山崎くんって、遠慮が無いんだね……」
山崎のこの態度には、さすがに平助も呆れている。だが本人はそんな事など、どこ吹く風と言ったところだ。
「合理的で無駄のない仕事っちゅーのがわての主義や。ってなわけで、まず今知りたいのは蘭はんの素性やな。どこの生まれで親が誰か。あと、年も聞いときたいわ。副長は十五、六と読んではったけど、わてはもうちょい上やと睨んどるねん」
それはそれは楽しそうに、だが一定の距離を保ちながら質問する山崎に、蘭はあからさまな不快感を見せた。
「鬱陶しい奴だな。私は八木さんには雇われたが、新選組には雇われていない。よって答える義理は無い」
「そないつれない事言わんと。情報を持って帰らな、屯所に入れてもらわれへんのや」
「お前の事情なんぞ知るか。私を勝手に巻き込むな」
そう言うと蘭は、足早にこの場を立ち去ろうとする。それを見た山崎は、チッと小さく舌打ちをした。
「穏便にいきたかってんけどな……しゃあないか」
言葉と同時に山崎は、蘭との間合いを詰める。そこに殺気は感じられなかった為、油断していたのが悪かった。
「お前……っ!」
蘭が咄嗟に飛び退いた時にはもう、山崎の手には一枚の紙が握られていた。
それは、蘭の懐に入れられていた、例の手紙。
「以前藤堂はんが見た言うてはったこの手紙に、何かあるやろ思てましてん。大切に扱うさかい、しばらく借りときますわ」
ニヤリと笑いながら、ヒラヒラと手紙を振って見せつけた山崎は、早速その内容を確認する。もちろんそこに並ぶ文字は、山崎にも全く読めはしない。
「……何処の言葉やこれは。蘭学の本にあった文字と同じようにも見えるけど……」
先程までのふざけた雰囲気から一変、真剣な表情で何か一つでも手がかりは無いかと見ていた山崎だったが、鋭い殺気を感じると慌てて懐から懐剣を取り出した。
刀とぶつかるキィンという高い音が響き、ビリビリと手がしびれる。
「っくぅ~~! 女子や思て舐めるな言われとったけど、ほんまやな。こら分が悪いわ」
そう言うと、山崎は脱兎の如く駆け出した。足の速さは隊内一と言われる程の山崎の姿は、風の如く消え失せる――はずだった。
「逃がさない」
その足を止めるよう正確に、次々と石つぶてが飛んでくる。それを避ければ自然と速度は落ちてしまうわけで。
「返してもらう」
気が付けば蘭は、山崎のすぐ後ろまで来ていた。