第4章 剔抉
翌日、諦め半分で荷物をまとめ、塒を出ると――。
「待ちくたびれたぜ」
姿を現したのは、平助だ。
半刻程前から気配を察してはいたが、蘭は敢えてゆっくりと準備をしていた。出来る事なら諦めて何処かに行ってくれればと思っていたのだが、新選組にはとことんしつこい人間が集まっているらしい。
「お前を必ず連れて来いって、八木さん達が煩くてさ。逃げられでもしたら、切腹より恐ろしい目にあわされそうだよ」
いつも通り朝稽古をしようと道場に向かう途中、八木夫婦に捕まったという。一緒にいた土方に助けを求めようとしたが、
「彼奴と仲良くなりたいんだろ? お前が責任もって監視しておけ」
と、にやにや笑いながら押し付けられたらしい。
だが、蘭にとってはそんな事などどうでも良い話。
「別に仲良くとか言うんじゃなくてさ……」
と少し頬を赤らめながらブツブツと呟いている平助を余所に、さっさと八木邸に向かって歩き出す。それに気付いた平助は、慌てて蘭の後を追いかけた。
「お、おい待てよ! せっかく待ってたんだから一緒に行こうぜ!」
そして横に並び、蘭に話しかける。平助と言う人間は、物怖じしない性格のようだ。
「なぁ蘭、お前っていくつなんだ? 土方さんは十五、六歳くらいだろうって予想してたけどさ。あの戦いぶりはもっと上の年齢であって欲しいよなぁ。まさか土方さんと同じ三十歳前後って事はないよな?」
蘭の顔を覗き込んで見るが、相変わらず前髪で目が隠れていて表情は読みにくく、返事は無い。
「やっぱ女の人に年を聞くのは良くないか。ごめんな。そんじゃ、お前は何であそこで一人暮らししてるんだ? 親兄弟は? 身内は近くにいるのか?」
やはり、蘭は返事をしようともせず、黙々と歩いている。
「これも答えてくんねーか……そしたら、お前はどんな食いもんが好きなんだ? 甘味? それとも煎餅とか? 酒は飲むのか?」
平助は返事が無いのを物ともせず、矢継ぎ早に尋ねてくる。さすがにうんざりした様子の蘭だったが、ふと思い立ったように呟いた。
「……しょくらとを……」
「え? 何なに? しょく……?」
「しょくらとを。……別にお前は知らなくて良い」
「何だよそれ。どんな食いもん? せっかく答えてくれたんだし教えてくれよ。甘いもんなのか?」
目をキラキラさせながら聞いてくる平助に、蘭がたじろぐ。
かつてこんなにも自分に興味を持ち、接触しようとする人間はいなかった蘭にとって、平助は異質な存在らしい。
「……とても甘くて美味しい物だ」
「そっか。それって何処に売ってるんだ。俺も食えるかな? 今度一緒に……」
更に突っ込んできた平助だったが、そこまで言った時、蘭の表情に陰りを感じて思わず口を噤んだ。
「私の事を探ってみても、何も出ては来ない。無駄な事はやめておけ」
「え?」
平助が驚いて蘭を見る。だが蘭は平助を見てはいなかった。キョロキョロと足元を見渡し、一つの小石を拾うと、通り沿いの木の間に向けて思い切り投げる。
すると、
「あっぶなっ! 自分本気で殺る気やったやろ!」
と叫びつつ、木の向こうから一人の男が姿を現した。
「待ちくたびれたぜ」
姿を現したのは、平助だ。
半刻程前から気配を察してはいたが、蘭は敢えてゆっくりと準備をしていた。出来る事なら諦めて何処かに行ってくれればと思っていたのだが、新選組にはとことんしつこい人間が集まっているらしい。
「お前を必ず連れて来いって、八木さん達が煩くてさ。逃げられでもしたら、切腹より恐ろしい目にあわされそうだよ」
いつも通り朝稽古をしようと道場に向かう途中、八木夫婦に捕まったという。一緒にいた土方に助けを求めようとしたが、
「彼奴と仲良くなりたいんだろ? お前が責任もって監視しておけ」
と、にやにや笑いながら押し付けられたらしい。
だが、蘭にとってはそんな事などどうでも良い話。
「別に仲良くとか言うんじゃなくてさ……」
と少し頬を赤らめながらブツブツと呟いている平助を余所に、さっさと八木邸に向かって歩き出す。それに気付いた平助は、慌てて蘭の後を追いかけた。
「お、おい待てよ! せっかく待ってたんだから一緒に行こうぜ!」
そして横に並び、蘭に話しかける。平助と言う人間は、物怖じしない性格のようだ。
「なぁ蘭、お前っていくつなんだ? 土方さんは十五、六歳くらいだろうって予想してたけどさ。あの戦いぶりはもっと上の年齢であって欲しいよなぁ。まさか土方さんと同じ三十歳前後って事はないよな?」
蘭の顔を覗き込んで見るが、相変わらず前髪で目が隠れていて表情は読みにくく、返事は無い。
「やっぱ女の人に年を聞くのは良くないか。ごめんな。そんじゃ、お前は何であそこで一人暮らししてるんだ? 親兄弟は? 身内は近くにいるのか?」
やはり、蘭は返事をしようともせず、黙々と歩いている。
「これも答えてくんねーか……そしたら、お前はどんな食いもんが好きなんだ? 甘味? それとも煎餅とか? 酒は飲むのか?」
平助は返事が無いのを物ともせず、矢継ぎ早に尋ねてくる。さすがにうんざりした様子の蘭だったが、ふと思い立ったように呟いた。
「……しょくらとを……」
「え? 何なに? しょく……?」
「しょくらとを。……別にお前は知らなくて良い」
「何だよそれ。どんな食いもん? せっかく答えてくれたんだし教えてくれよ。甘いもんなのか?」
目をキラキラさせながら聞いてくる平助に、蘭がたじろぐ。
かつてこんなにも自分に興味を持ち、接触しようとする人間はいなかった蘭にとって、平助は異質な存在らしい。
「……とても甘くて美味しい物だ」
「そっか。それって何処に売ってるんだ。俺も食えるかな? 今度一緒に……」
更に突っ込んできた平助だったが、そこまで言った時、蘭の表情に陰りを感じて思わず口を噤んだ。
「私の事を探ってみても、何も出ては来ない。無駄な事はやめておけ」
「え?」
平助が驚いて蘭を見る。だが蘭は平助を見てはいなかった。キョロキョロと足元を見渡し、一つの小石を拾うと、通り沿いの木の間に向けて思い切り投げる。
すると、
「あっぶなっ! 自分本気で殺る気やったやろ!」
と叫びつつ、木の向こうから一人の男が姿を現した。