第3章 接触

「私は嫌だよ。こんな得体の知れない奴と一緒に膳を並べるなんて、食事が不味くなってしまう。食べてくってんなら、別の場所にしてよね」

 つっけんどんに言う総司に、永倉と原田も同意する。

「平助の気持ちも分からなくはねぇけどよ。こいつは一応俺達が捕縛すべき相手だし、素性も分からねぇ人間と一緒に仲良しこよしで食事すんのはどうかと思うがな」
「左之助の言う通りだ。食事っつーのは人間の無防備な姿の一つだからな。食事中に襲って来られでもしたらどうすんだよ」
「そりゃそうかもしんねーけど……何か此奴、強くていけ好かねーのに、そんなに悪い奴とも思えなくてさ」

 何度も痛い目を見せられているにも関わらず、その相手に好意を向けられるのは、平助の素直な性格が故だろう。

「近藤さんが普通に接してるし、あんまり警戒しなくても良いのかと思ったんだけどなぁ」

 ポリポリと頭を掻きながら言う平助に、当の蘭はというと、呆れた表情を見せていた。

「お前……変わった奴だな」

 クスリと笑いながら蘭が首を傾げると、前髪がサラリと動き、隠れていた目の片方が姿を現わす。その目はとても優しく不思議な色をしていて、平助は思わず息を飲んだ。

「綺麗だ……」

 それは、無意識の言葉。平助がハッと気付いた時には、蘭を含めてそこにいる者全員が平助を見つめていた。

「あ、いや、その……っ!」
「何だ平助、負け過ぎておかしくなっちまったのか?」

 あたふたとしている平助に、永倉が鼻で笑いながら茶々を入れる。

「違うってば! 蘭の目が凄く綺麗だったから驚いたんだよ」

 顔を真っ赤にしながら必死に言い訳をする平助だったが、その言葉の意味が皆に伝わるはずもなく。

「目ぇ? 目だったら、俺だって綺麗だぜ? 刀一筋に生きてきた、この真っ直ぐな目を見てみろよ!」
「新八さんは濁ってねじ曲がってんだろ!」
「んじゃ、俺は?」
「左之さんは女しか映ってねぇじゃん!」
「んだとぉ!?」

 いつの間にか始まってしまったじゃれ合いを見ながら、綺麗と言われた当の本人である蘭は、前髪を下ろして目を隠すと呟いた。

「初めて言われたな……」

 表情は隠れてしまっているが、平助の言葉は蘭を喜ばせているようだ。その証拠に、口元には優しい笑みが浮かんでいた。
 そんな蘭をじっと見つめていた八木だったが、ふと何かを思い付いたらしく蘭の元へと向かう。そこで言った言葉は皆に、ここに来て一番の衝撃を与えた。

「ほなこうしまひょ。蘭はんはわての専属用心棒になっとくんなはれ」
「……はぁ~~!?」

 さすがに驚いた蘭が叫ぶ。こいつは馬鹿かといった風に八木を見ていたが、八木の方は『名案だ!』とばかりに自信ありげな表情を見せていた。

「蘭はんが用心棒になってくれはったら安心やわ。うちに住み込みで来てもろたら、新選組の方々に迷惑かけんといつでも出掛けられますやろ。新選組としても、捕縛せんでも蘭はんの動向を見張れてええんと違います? 蘭はんも、今はその日暮らしをなさっておいでやけど、わてが衣食住を保証しまっせ。一石何鳥にもなりますやろ」

 まさにドヤ顔。これ以上の名案は無かろうと言わんばかりの八木に、誰もがポカンと口を開けたまま、暫く動けなくなっていた。

「ほな、誰も反対する方はおらんみたいやし、決まりやな。蘭はん、よろしゅう頼みますえ」
「え? いや、未だ私は何も……」

 戦いにおいてはあれだけ強気の蘭だったが、何故かこの八木の強引さには押され気味だ。否を唱える間も無く、それは決まろうとしていた。
 だがそこで代わりに否を唱えた人物が一人。

「ちょっと待った、八木さん」
「何どす? 土方はん」

 蘭に抱きつかんばかりの勢いで自分の案に酔いしれていた八木は、不満げな表情で土方を見た。

「確かにそいつの実力は認めざるを得ねぇし、捕まえられないからと野放しにするよか断然良いだろう。俺達にとっても悪くねぇ話だ。だがな、一つ大きな問題があるんだよ」

 そう言うと、土方はゆっくりと蘭に近付く。そして蘭の顔を下から覗き込み、大きなため息を吐いて言った。
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