第3章 接触

 誰もが止める間もなく向かった先は、玄関。先程中に通された際に、刀が置かれていたのを見ていた為、それを取りに走ったのだ。ついでに目に入った槍も掴むと、玄関の外へと放り投げる。

「……行く」

 抜刀した蘭は、勢いよく第一歩を踏み出した。

 まず最初に刃を交えたのは、平助だった。真っ直ぐに振り下ろされた蘭の刀が、平助に受け止められる。そこに永倉の刀が振り下ろされると、蘭は体重をかけた自らの刀を軸にして飛び上がり、軽やかに避けた。

「んな避け方ありかよ!」

 蘭の重みでよろけた平助の肩を踏み、更に高く飛んだところへ総司の突きが来る。その刃を滑らせるように刀を当てて小さく軌道を反らすと、体を回転させて総司を蹴り飛ばした。
 不意に突き出された原田の槍を脇で挟み、刀で先端を切り落すと、それを掴んで永倉に向けて投げる。
 咄嗟に永倉が刀ではじいた時にはもう、蘭は懐に入っていて。鳩尾に深く入った掌底は、永倉をうずくまらせた。
 使い物にならなくなった槍を捨て、先程蘭が玄関先に投げ落とした槍を取ろうとした原田の隙を突き、蘭が容赦なくひじ打ちで沈めると、代わりにその槍を蘭が拾って土方に向けて投げつけた。
 刀で槍を叩き落した土方が見た物は、総司よりも速いと思しき鋭い突き。避ける間が無いと判断した土方は、相打ち覚悟で突きの形を取った。
 ーーその時。

「そこまでだ!」

 腹の底から響くような、重く強い声が辺りに響いた。蘭の突きが土方の目前でピタリと止まり、貫く事なく下ろされる。
 声の主は、近藤だった。

「これ以上やっても結果は見えているだろう。辞めるんだ」

 厳しい表情で言う近藤に、皆項垂れながら素直に従う。それを見た蘭は、近藤の絶対的な存在感に感心した。
 近藤が、ゆっくりと蘭に歩み寄る。蘭は警戒をしてはいないらしく、刀を下ろしたままそれを見ていた。

「君の強さに感服したよ。我々の完敗だ。一つ聞きたいのだが、あれは君の全力だったのか?」

 近藤は蘭の目の前に立つと、先程までの厳しい表情から一変、破顔した。心の底から蘭の強さに驚き、感心しているらしい。近藤の屈託の無い笑顔に好感を覚えたのか、蘭は八木の時と同じく質問に答えた。

「全力ではないが、それなりに戦ったつもりだ。先程の浪人達とは違って、あんた達は統率がとれている。相手をするには骨が折れた」
「君のような人にそう言ってもらえるのは嬉しいよ。新選組は個々も強いが、まとまりの強さも売りでね。ところで浪人とは……?」

 近藤の言葉に、蘭がチラリと八木を見る。それに気付いた八木は、自らが襲われた時の事を皆に説明した。

「――という訳で、七人もの賊をあっさりと倒さはったんや。今山南さんにお願いして、現場に行ってもろとります」
「そうだったのか。いや、八木さんには本来隊士の誰かを護衛に付けねばならなかったのだが、今日は人手が足りていなくてな。こちらの手落ちだ。八木さんは勿論、君にも迷惑をかけてしまい、すまなかった」

 頭を下げる近藤に、蘭は困惑した。蔑まれる事はあっても、頭を下げられる事など無かったから。

「いや、別に私は、金になると思っただけで……」
「金?」
「用心棒は金になるから助けただけだ。私の事などどうでも良いだろう。もう帰る――」

 グゥ~~!

「!?」

 突如鳴った大きな音に、一同が固まった。音の出所を辿ると、それは蘭の腹の虫で。皆の視線を集めた蘭は、恥ずかしさに俯くしかない。

「ぷっ……! この状況で腹を鳴らせるってのも凄いよな」

 思わず吹き出してしまった平助が、腹を抱えて笑いながら言った。他の者達も、苦笑いしながら頷いている。ますます恥ずかしくなってしまった蘭は居た堪れなくなり、さっさとこの場を離れようとした。
 ところが、だ。

「あ、蘭! 腹減ってんならここで食べてきゃ良いんじゃねーの? 丁度昼時だしさ」
「は?」

 わざわざ走り寄ってきて、思いがけない誘いをかけてきたのは、平助。先程の腹の音がツボに入ったのか、どうやら蘭に親近感を持ち始めているようだ。
 だがその申し出に真っ先に噛み付いたのは総司だった。
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