第3章 接触

「蘭はん言わはりましたな。今ここにいてはる新選組の方々は、腕利きの方ばかりなんどす。そんな方々と平気でやりあえてまう程のお力は、どこで身に付けはったんか聞いてもええですやろか」

 それは、新選組の者達皆が知りたいと思った事。先日平助も聞いたが、蘭は一言も答えようとはしていない。よって今回も流してしまうかと思われた。
 ところが……。
 蘭は八木の顔と、手に持った茶を交互に見ると、小さくため息を吐きながら答えたのだ。

「別に特別な事はしていない。生きる為に必要だったから身に付いたんだろう。どこでと言われても、私にとっては今まで関わってきた全てとしか言いようがない」

 そう言って蘭は飲み干した湯呑を八木に渡し「用は済んだので、私はこれで失礼する。あんたには過分な報酬をもらったからと思って答えたが、これ以上話をする義理は無いからな」と言うと、今度こそ立ち去ろうとした。
 しかし案の定、それが叶う事は無い。

「永倉、原田! そいつを屯所から出すな」

 土方が声を発したと同時に、二人の男が蘭の行く手を塞いだ。

「悪いな、副長命令って事でこの永倉新八、邪魔させてもらうぜ」

 中肉中背、骨太で、いかにも剣術を好むといった風体の永倉が、抜刀しながら楽しそうに言った。

「俺は原田左之助。仲間の仇、取らせてもらおうか」

 背が高く、筋肉質な美丈夫である原田が、ここにいる者の中では唯一の槍を構える。
 更には再び立ち上がった総司と、八木の手に渡っていた自らの刀を奪い取るようにして構えた平助が加わり、蘭の前に立ちはだかった。

「土方はん! 蘭はんはわての恩人や! これ以上はもう――」
「すまねぇな、八木さん。こいつは元々スリとして手配していたんだ。新選組の屯所に入ってきている以上、逃がしてしまうわけにはいかねぇんでな。……良いだろ? 局長」

 最後まで言葉を発することなく立っていた、いかつい表情で存在感のある男、近藤勇が、やはり言葉を発する事無くこくりと一つ頷く。それを確認すると、土方自身も抜刀しながら皆に命じた。

「てめぇら、こいつを絶対に捕縛しろ! ただし殺すなよ!」
「承知!」

 最悪な事に蘭は、丸腰のまま新選組の幹部五人を一度に相手する事態に陥ってしまったのだった。
 いい加減、自分の意思を無視して勝手に進められるばかりの戦いに、嫌気がさしているのだろう。先程までとは違う、明らかに怒気の感じられる声で蘭は言った。

「私はあんた達と戦う気は無い。そもそも丸腰の相手に大人数でかかるのは、如何なものだ? それとも新選組ってのは、弱い者虐めがお得意なのか?」

 そう言いながら自分に刀を向けている者達の力量を測っているのか、蘭の目は一人一人を注意深く観察していた。最後に屋敷の玄関に目をやると、大きく深呼吸する。

「前に四人。後ろに二人……」

 蘭は万が一を考えてか、刀を抜いていない近藤も計算に含めているようだ。一人一人なら余裕で倒せるであろう彼らも、徒党を組んでいる以上、手に余るかも知れない。
 蘭は久しぶりに身の危険を感じていた。それ程までに、蘭の目には彼らのまとまった強さが見えているらしい。 中でも指示を出している土方には、最も警戒を要すると感じており、そちらに特に神経を向けていた。

「確かに武士としちゃぁ褒められたもんじゃねぇよ。だが既に俺達はお前の実力を見ちまってる。本気でやらなきゃやられちまうだろうが。おとなしく捕まってくれりゃ、手荒な事はしねぇで済む。どうだ? 蘭さんよ」
「ちょっと土方さん。余計な事を吹き込まないで下さいよ。是非手荒にいきましょう」

 蘭に負けたのはつい先程だというのに、よほど精神力が強いのか、総司はもう復活していた。他の者達も、やる気に満ちている。
 その姿に、蘭は覚悟を決めたようだった。

「ちっ……ここは面倒くさい連中の集まりだな」

 そう言うと、蘭は脱兎の如く駆け出した。
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