第3章 接触
「おい、待てよ! 逃げるのか?」
揺さぶりをかけようとしてみても、蘭は振り向きもしない。その徹底した態度は、総司の怒りを増幅させる。
「新選組の屯所に来たからには、只では帰せないよ! 私は副長助勤の沖田総司。勝負だ、蘭!」
そう叫んだ総司が刀を抜こうとした時だった。
「やめろ! 沖田!」
一番後ろで静かに様子を伺っていた、色白で引きしまった顔立ちの男がそれを静止した。
ゆっくりと皆をかき分け前に出てくると、総司の肩に手を置く。
「少し落ち着け。あいつは何者だ?」
「先日捕まえ損ねたスリですよ。土方さんも会いたいと言ってたじゃないですか。名は蘭。何者かは私が知りたいくらいだ」
刀の柄に手をかけたまま、いつでも抜ける状態で総司が答える。
その姿に何かを感じ取ったのだろうか。新選組では鬼の副長として名高いこの男、土方歳三が、背中を向けたまま歩いて行く蘭の足下から頭に向かって視線を動かす。これは土方が人を見極める際に、必ず行う癖のようなものだった。
「私は絶対あいつを倒さなきゃいけないんです。平助もそうだろう?」
「ああ、そうだな。このままじゃ寝覚めが悪ぃままだし」
平助までもがその気になり、総司の横に立つ。二人は目を合わせると、ゆっくりと刀を抜いた。今度は何故か、土方も止めない。
「私達がここまであの人に執着する理由を、今見せますよ」
「土方さん達も、あいつの戦いぶりを見たら絶対俺達の気持ちが分かるぜ」
そう言うと、二人は蘭に向かって歩き出した。一歩踏み出すごとにそれは早くなり、やがて走り出す。
「ハッ!」
まずは総司が第一撃を繰り出した。
まっすぐに伸ばされた刀の先には、蘭の心臓がある。だがやはり今回もまた、振り向く事なくそれは避けられた。
そこへ間髪入れず、今度は平助の刀が袈裟懸けに振り下ろされる。ギリギリでかわされた刀は空を切ったが、すぐに軌道を変えて横薙ぎに払った。が、刀の軌道上には既に蘭の姿は無く、瞬時に平助の懐に入り込んでいた蘭の肘が、鳩尾に深くめり込んでいた。
「ぐ……はぁっ!」
思わずかがみこむ平助をそのままに、総司の突きが蘭を襲う。ところがその突きより早く、いつの間にか蘭によって奪われていた平助の脇差が、総司の刀を薙ぎ払った。
キィンと高い音と共に、総司の刀が空を舞う。やがて刀が地面に落ちた時には、総司も膝を付いていた。
「くっ……そぉっ!!」
悔しさのあまり地面をたたく総司に、声をかける者はいない。あまりにも激しく、呆気ない幕切れに皆が呆然としていたのだ。
だが土方だけは何か思うところがあるのか、難しい顔をしたまま蘭を見つめていた。
「さぁさぁ皆はん、もうよろしおすやろ。この方はわての命の恩人やさかい、堪忍しとくんなはれ」
戦いが終わったのを確認し、八木が出てくる。その手には盆があり、人数分の茶が乗せられていた。
「何があったんかは分かりまへんが、突然戦われても困りますしな。まずは落ち着いて一服しまひょ」
八木が一人ずつ回り、茶を配る。最後に一番遠くにいた蘭の元へと行き「さ、あんたはんも飲みなはれ。あれだけ動かはったら喉も乾きますやろ」と笑顔で茶を渡した。
「……かたじけない」
受け取る気は無かったのだが、先ほど過分な報酬をもらったばかりという事もあり、何となく逆らえなかったようだ。握っていた平助の脇差と交換して受け取った茶を口に含むと、体にしみこむのが分かりホッとする。
思えば茶など飲んだのは久しぶりかもしれない。
ーーいつもは水ばかりだからな……。
と、茶を見つめながら、蘭はしみじみと考えていた。
揺さぶりをかけようとしてみても、蘭は振り向きもしない。その徹底した態度は、総司の怒りを増幅させる。
「新選組の屯所に来たからには、只では帰せないよ! 私は副長助勤の沖田総司。勝負だ、蘭!」
そう叫んだ総司が刀を抜こうとした時だった。
「やめろ! 沖田!」
一番後ろで静かに様子を伺っていた、色白で引きしまった顔立ちの男がそれを静止した。
ゆっくりと皆をかき分け前に出てくると、総司の肩に手を置く。
「少し落ち着け。あいつは何者だ?」
「先日捕まえ損ねたスリですよ。土方さんも会いたいと言ってたじゃないですか。名は蘭。何者かは私が知りたいくらいだ」
刀の柄に手をかけたまま、いつでも抜ける状態で総司が答える。
その姿に何かを感じ取ったのだろうか。新選組では鬼の副長として名高いこの男、土方歳三が、背中を向けたまま歩いて行く蘭の足下から頭に向かって視線を動かす。これは土方が人を見極める際に、必ず行う癖のようなものだった。
「私は絶対あいつを倒さなきゃいけないんです。平助もそうだろう?」
「ああ、そうだな。このままじゃ寝覚めが悪ぃままだし」
平助までもがその気になり、総司の横に立つ。二人は目を合わせると、ゆっくりと刀を抜いた。今度は何故か、土方も止めない。
「私達がここまであの人に執着する理由を、今見せますよ」
「土方さん達も、あいつの戦いぶりを見たら絶対俺達の気持ちが分かるぜ」
そう言うと、二人は蘭に向かって歩き出した。一歩踏み出すごとにそれは早くなり、やがて走り出す。
「ハッ!」
まずは総司が第一撃を繰り出した。
まっすぐに伸ばされた刀の先には、蘭の心臓がある。だがやはり今回もまた、振り向く事なくそれは避けられた。
そこへ間髪入れず、今度は平助の刀が袈裟懸けに振り下ろされる。ギリギリでかわされた刀は空を切ったが、すぐに軌道を変えて横薙ぎに払った。が、刀の軌道上には既に蘭の姿は無く、瞬時に平助の懐に入り込んでいた蘭の肘が、鳩尾に深くめり込んでいた。
「ぐ……はぁっ!」
思わずかがみこむ平助をそのままに、総司の突きが蘭を襲う。ところがその突きより早く、いつの間にか蘭によって奪われていた平助の脇差が、総司の刀を薙ぎ払った。
キィンと高い音と共に、総司の刀が空を舞う。やがて刀が地面に落ちた時には、総司も膝を付いていた。
「くっ……そぉっ!!」
悔しさのあまり地面をたたく総司に、声をかける者はいない。あまりにも激しく、呆気ない幕切れに皆が呆然としていたのだ。
だが土方だけは何か思うところがあるのか、難しい顔をしたまま蘭を見つめていた。
「さぁさぁ皆はん、もうよろしおすやろ。この方はわての命の恩人やさかい、堪忍しとくんなはれ」
戦いが終わったのを確認し、八木が出てくる。その手には盆があり、人数分の茶が乗せられていた。
「何があったんかは分かりまへんが、突然戦われても困りますしな。まずは落ち着いて一服しまひょ」
八木が一人ずつ回り、茶を配る。最後に一番遠くにいた蘭の元へと行き「さ、あんたはんも飲みなはれ。あれだけ動かはったら喉も乾きますやろ」と笑顔で茶を渡した。
「……かたじけない」
受け取る気は無かったのだが、先ほど過分な報酬をもらったばかりという事もあり、何となく逆らえなかったようだ。握っていた平助の脇差と交換して受け取った茶を口に含むと、体にしみこむのが分かりホッとする。
思えば茶など飲んだのは久しぶりかもしれない。
ーーいつもは水ばかりだからな……。
と、茶を見つめながら、蘭はしみじみと考えていた。