土方十四郎(現在51篇)

未だ蕾ばかりの桜並木を歩いていると一輪だけ、花弁を覗かせている木を見つけた。
でも今日は生憎の雨。
何度もぶつかる雨粒と戦いながら、必死に花開こうとしているその一輪に目を奪われた私は、いつしか傘を差す事も忘れてしまっていた。

「そんな所に突っ立って何してる」

気配を感じさせる事無く隣に立った副長は、私の視線を追う。

「ああ、咲き始めたのか」

そう言ってさり気なく自分の傘を私に差し掛けた副長の口に、いつもの煙草は無い。だが側にいる事で匂いを感じ取れる事から、つい先ほどまでは吸っていたのだろうという事は分かった。

「去年も……最初に開花したのはこの木だったんです」
「……そうか」

チラリと私を見たものの、それ以上は何も言わない副長。
私の全てを知っているだけに、言葉など必要ないと思ったのだろうか。

「叱ってくれて良いんですよ。いつまでも引きずるなって」

一昨年の冬、私はこの桜の木の下で、捕縛するはずの不貞浪士を誤って斬り殺してしまった。
もちろん不可抗力の為罪にはならなかったが、私の心には今でも大きな傷となって残っている。

「桜の木の下には死体が埋まってる、なんて言いますけど……この木は血水を吸って色付いてるんですよね」

我ながら面倒くさい奴だな、なんて事を考えながら自嘲気味に副長を見上げると、そこには悲しげな瞳があった。

「副長……?」
「引きずるなとは言わねーよ。だが、いつかは自分を許してやれ」

雨に打たれてずぶ濡れになっている私を、傘とは反対の手で抱き寄せた副長は言う。

「俺が側にいてやる。だからもう一人で桜は見るな」

雨で冷え切った体に伝わってくる副長の熱と、早鐘のような鼓動がじんわりと私を温めてくれるようで。

「ありがとう……ございます」

髪から滴る雫と共に、熱い物が頬を伝った。

20180320(火)14:56
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