坂田銀時(現在95篇)

 常に、飢えている自分がいた。

 吐くほど飲んでも、腹を壊すくらいにしこたま食っても。満たされる事の無い何かが俺の中に巣くっていて。

 それが何なのかずっと分からぬまま、バカやって生きて来た。

 ある日抑えきれない衝動にかられ、新八と神楽をごまかしながら万事屋を出た。
 表面上はいつもと変わらぬよう、細心の注意を払っていたはずなのに。すれ違うかぶき町の住人達の中でたった一人、俺の変化に気付いた女。
 俺の顔を見て困った表情を見せた後、突然手を引きながら言いやがった。

「人には限界って物がある事、忘れてたの?」
「はァ!? 何言ってんだよ」

 振り払おうとしても、しっかりと俺の手を掴んでいる女の手は決して放そうとせず。仕方なしに着いて行けば、そこは人気の無い路地裏。

「おい、一体何なんだよ」
「そろそろ何かに寄り掛かって休むことを覚えたら?」

 そう言った女は、掴んでいた俺の手を強く引っ張った。思わずよろけた俺の頭は、女の胸へとダイブする。
 柔らかな感触を頬で感じ、咄嗟にエロい発言でもしてやろうと思ったのに。何故かその時の俺には、邪念が一切浮かばなかった。

「満たされていないのなら、満たしてくれるものを探せば良いじゃない。あんな泣きそうな顔をしなきゃいけなくなるまで、我慢するもんじゃないよ」

 そっと髪を撫でながら言った女の声は、とても優しくて。不思議と心が温かくなっていくのが分かった。

「……お前、俺より年下じゃなかったっけ? どっかの母ちゃんみたいな事言ってんじゃねェよ」
「母ちゃん結構。女には母性ってモンがあるんだから。……私で良ければいつでも甘えにおいで」

 いつもは俺をぶん殴る勢いで、きつい事ばかり言ってくるくせに。今は聞いた事の無いような優しい声で囁くから。
 
「……らしくねー事言ってんじゃねェよ」

 憎まれ口を叩きながら、俺は自然と口角を上げていた。

20180717(火)12:58
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