【紅】

　紅（べに）を引くのが苦手だ。
　ただ唇に色を乗せるだけだというのに、どれだけ回を重ねても何故か上手くいかず、違和感しか無い。

「もう、何がいけないわけ？」

　今日もまた鏡の中には、おかしな紅を引いた自分が映っている。
　はぁっと大きくため息を吐き、諦め半分で紅を落とそうとしていると、不意に神威が声をかけてきた。

「一人で何遊んでるのさ」
「別に遊んでるんじゃないわ。メイクしてるの」
「ふーん、メイク、ねェ」
「あ、ちょっと、取らないでよ神威！」

　気がついた時にはもう、紅入れと紅筆は神威の手の中に渡っていて。例のごとく、感情の読めないニコニコ笑顔で紅を筆に絡めた神威は、「動いたら殺すよ」と言いながら、私の唇に筆を乗せた。

「まずは舞妓風……からの〜おちょぼ口……っと」

　完全に遊んでいるとしか思えない口調と筆使いに苛つきながらも、動けば殺されるという恐怖に縛られて動けない。それを良いことに、神威は遠慮なく筆を動かし続けた。
　やがて満足したのか、紅筆を放り投げた神威は、私の顎を掴む。
「さてと、こんなモンかな」という言葉と共に、押し付けるように重ねられた唇は、私の紅をうつし取っていた。
　それをペロリと舐めた神威は、「まっずいの」と顔をしかめる。そして私の唇を指で拭うと、

「キスがまずくなるから、今後紅は禁止ね。守れなかったら……殺すよ」

　と言いながら、再び私に口付けた。

〜了〜