土方十四郎(現在51篇)

【紅】

 べにを引くのが苦手だ。
 ただ唇に色を乗せるだけだというのに、どれだけ回を重ねても何故か上手くいかず、違和感しか無い。

「もう、何がいけないわけ?」

 今日もまた鏡の中には、おかしな紅を引いた自分が映っている。
 はぁっと大きくため息を吐き、諦め半分で紅を落とそうとしていると、不意に副長が声をかけてきた。

「何モタモタやってんだ。もう出る時間だぞ」
「すみません。ただいま」

 丁寧に落としている暇なんて無いと、手の甲でゴシゴシと唇を擦る。中途半端に落ちた紅は、それはもうみっともなくて。すぐに鏡から目をそらした私は、今度こそ全ての紅を落とそうと、もう一度唇に手の甲を当てた。
 すると、副長が私の手を掴む。

「いくら時間が無ェからって、んな乱暴にしてんじゃねェよ」

 そう言った副長は、私の手を下ろさせると、代わりに自らの指で私の唇をなぞった。

「ったく、強く擦りすぎだ。赤くなってんじゃねェか」

 眉尻を下げ、困った顔を見せる副長。でもすぐに気を取り直したのか、私の手の中の紅入れと紅筆を取ると、紅を掬った。

「じっとしてろよ」

 優しく触れた紅筆が、ゆるゆると左右に動いて私の唇を彩る。副長の口元からこぼれた笑みは、思うような仕上がりになったであろう事を伝えてきた。

「返すぞ」

 道具を差し出され、咄嗟に出した手が副長に触れると、そのまま私の体は引き寄せられる。ハッとして飲み込んだ息は、重ねられた唇の熱を伴って、胸を焦がした。

「チークは必要ねェな。……行くぞ」

 何事もなかったように私から離れて背を向けながらも、ほんの少しだけ震えていた副長の声が気になって、鏡を見る。そこには頬を赤らめた私の顔と……同じく赤い顔をした副長の横顔が映っていた。
 
〜了〜
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