ヤキモチと、ヤキモキと

 その日、私は朝から監察の仕事で外に出ていた。
 ここのところ、足が棒になりそうな程に駆けずり回っても、有益な情報が得られない日々が続いている。どちらかというと体力はある方だと思ってはいたのだが、さすがの私も疲労がたまってしまっていた。

「あ~……きっついな……」

 八つ時を過ぎた頃、馴染みの茶屋で机に突っ伏しながら一人呟く。収穫の無い日々は、心と体の余裕を奪うばかりだ。

「何や珍しな、山崎はんがそないぐったりしてはるなんて」

 そんな私を見て、おかわりのお茶を注ぎながら店主が声をかけてきた。

「そらぐったりもしますわ。最近はずっと忙しゅうて、休む間ぁもあらへんのやし」

 突っ伏したまま顔だけを向けて答える私に、店主が小さく笑いながら言う。

「やっぱし鬼の副長はんには、逆らえまへんのかいな」
「そないな勇気があるんやったら、今頃どこぞで遊んどるわ」

 ここの店主は比較的私と年齢が近く、人当たりも良いので喋りやすい。更には思考が佐幕寄りらしく、私が新選組の人間と分かってからは、事ある毎に見聞きした情報を流してくれてもいる。その為今ではこのような冗談も言えるほどに、心安くなっていた。
 ちなみにもちろん彼にも、私が女だという事を明かしてはいない。

「そやけど今日の山崎はんは、ちぃと顔色悪いで。なんやったら少し寝ていかはるか? 今日はお客も少ないし、店の隅の席やったら使てくれてええで」

 そう言って促された隅の席には、丁度横になりやすい長椅子が置かれている。それを見た途端、体の疲れは見事にそのまま眠気へと移行した。
 いけないとは分かっていても、その誘惑を跳ね返せるだけの体力も残っていない。

「……ほんまは寝てる暇なんぞあらへんのやけど……ちっとばかしお言葉に甘えてしもてもええやろか?」
「へえへえ、ほな何かかけるもん持ってくるしな。横になっとき」
「おおきに、すんまへん」

 のろのろと立ち上がり、長椅子へと横になる。目を瞑ると途端に意識は遠のき、私はあっという間に深い眠りに就いてしまった。





 どのくらいの時間が経ったのだろう。ぼんやりと意識が戻り始めた私は、誰かに髪を撫でられている事に気付いた。

『……女子はんの……気ぃ付けな……こない無防備……』

 これは誰の声?
 小さな声で何かを言っているようだが、未だ完全に目覚めていない私にはきちんと聞き取る事が出来ない。

「だ……れ……?」

 強い眠気は未だに残っており、目を開ける事もままならない。それでも何とか絞り出すように言った私に、声の主は言った。『ああ、目ぇ覚めかけとるんかいな。大丈夫やし、も少し寝とき。……おやすみ』
「ん……」

 それはとても優しい声音で、眠りを誘う。何故か不思議な安心感もあり、私はそのまま再び眠りに就いた。
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