始まりの時

「やっぱりな。確かにこいつは道場剣術ならそれなりのもんだろうが、真剣を振り回すには非力過ぎる。線の細い男はいくらでもいるが、こいつはそもそも筋肉が無ぇ。あまり前線には向いてねぇよ」

 永倉助勤の言葉に、思わずドキリと心臓が跳ねる。それは私にとって一番の不安要素であり、こればかりはどうする事も出来なかった。
 そうなると、私は入隊を拒否されてしまうのだろうか。不安な面持ちで次の言葉を待っていると、意外な人物がその答えを出した。

「別にかまやしねぇよ。隊士が全員前線で戦わなきゃいけないってわけじゃねぇ。適材適所ってモンもあるしな。多分こいつはもっと別の使い方がある」

 そう言ったのは土方副長。面倒くさそうに立ち上がった彼は、周りに群がる助勤達を押し退けて私の正面にしゃがみこんだ。

「物はついでだ。今回試験を受けに来て、気になる事は無かったか? ここに来てから見聞きして感じた事なら何でも良い。気付いた事を遠慮なく言ってみろ」

 まっすぐに私を見る目は、真剣そのもの。これは確実に私を試している目だ。答えの内容次第では入隊許可を取り消されるだろうと思った私は、必死に頭を働かせてここに来てからの記憶を手繰った。

「そうですね……まずは幹部の方々の繋がりが深く、各々の適性に合わせて役割が上手く振り分けられているように見受けられます。剣術の能力も高く、流石だなと思いました。また、噂ほど堅苦しい環境では無いのだな、とも感じています」

 チラリと沖田助勤を見ると「え? 私ですか?」と目を泳がせる。その姿にチッと舌打ちした土方副長は、話の先を促した。

「思っていたよりも実力の無い人間が数多く試験を受けに来ていたので、失礼ながら未だ色々な意味で認知度が低いのだなという事と、あとは……今日試験を受けに来ていた中に怪しい人物が数名いたので、彼らは何者だったのかという事くらいですかね」

 話しながらふと壬生寺で見かけた男達の事を思い出し、それを口にした時だった。

「……っ」

 土方副長を初め、幹部全ての者達から殺気が吹き出す。その豹変ぶりはあまりに恐ろしく、私は硬直したまま動けなくなった。そんな私に、土方副長が聞いてくる。

「どうしてそいつらを怪しいと思った?」
「お互い無関係を装いながらも、すれ違いざまに情報交換をしている素振りがあったので……」

 唇が震えるのを必死に誤魔化しながら、答えた。

「なるほどな。そいつらの顔は覚えているか?」

 恐ろしく冷たい目で私を見ながら言う土方副長に、頬を伝う冷や汗を拭う事すら出来ぬまま、私はゆっくりと頷く。

「そうか……よし、付いて来い」
「え? は……はいっ!」

 話の流れに付いて行けずあたふたする私に、沖田助勤が耳打ちした。

「心配いりませんよ。間者を炙り出すだけですから」
「まさかあの男達は……」
「十中八九そうでしょうね。さぁ行きましょう」

 殺気を纏いながらも楽しそうに言う沖田助勤は、私に手を伸ばした。思わずその手を握った私に、沖田助勤が優しい笑みを見せてくれる。

「あなたは確かに非力かもしれませんが、あなたの洞察力、判断力、行動力その他諸々使える力はたくさんあります。自信を持って新選組の為に働いて下さいね」

 おふざけばかりしているように見えていた沖田助勤だが、この言葉にやはり彼もまた、幹部たる資格を持つにふさわしい人物なのだと思わされた。

「あなたの初仕事ですよ。頑張ってくださいね」
「はい!」

 彼の言葉に力強く頷くと、土方副長達のいる場所へと向かって走る。
 壬生寺の入り口で合流した私は副長の指示により、まず一人で境内に向かい、あの気になっていた男達と接触した。何気ない会話の中から、彼らが新撰組を潰さんとする間者だとの証言を引き出す。
 合図を出すと、副長達が彼らを取り囲んだ。捕縛の際に抵抗され、真っ先に私が斬りつけられそうになったが、その刀が振り下ろされる前に間者の男は絶命する事となる。

「適材適所ってね」

 にっこりと笑いながら刀に付いた血を振り払う沖田助勤に、私は苦笑いで返す事しか出来なかった。
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