始まりの時

「山崎くん、入りたまえ」

 局長室へと招かれ、中に入る。
 促された場所へと座り顔を上げると、そこには三人の男が座っていた。それぞれ纏う雰囲気の違う男たちが私を見つめる中、妙な違和感を覚える。
 三人の並びなのだが、真ん中に眼鏡をかけた優男が座っていた。その左右には、憮然とした厳つい男と、眼光鋭く鬼を思わせる雰囲気を纏った男。それがどうも納得いかなくて、失礼を承知で一人ずつ順に目を合わせていく。やがてその違和感の理由が分かり、私は体の向きを変えて頭を下げた。

「お初にお目にかかります。山崎烝と申します」

 私が正面に向いたのは、下座に座っている厳つい男。すると、頭の上から驚きの声が聞こえた。

「……どうしてこの人が頭だと分かった? 顔を知っていたわけではないだろう?」

 声の主は……鬼。頭を上げた私を、下から上へと視線を流し、値踏みするように見ている。

「雰囲気……ですかね。あとは、眼鏡をかけた方は名簿を手元に置いておられますし、あなたは常に私の動きを警戒しておられましたので。一番どっしりと構えて座っておられる方が、近藤局長かと思った次第です」
「なるほど。君の洞察力は素晴らしいね」

 眼鏡の男がにっこりと笑いながら言うと、近藤局長も破顔しながら言った。

「そうだな。君のような人が新選組に入ってくれるとありがたい」
「勿体ないお言葉です」

 私は再び頭を下げる。
 これは、このままあっさり入隊決定か? と実は必死に隠していた緊張の糸が解れかかった時だった。

「お前は何者だ?」

 冷たく鋭い針のような声に、再び緊張の糸が張り詰める。

「あの総司とやり合って無傷だったらしいな。しかも苦無を隠し持ってやがるとは、どこかの間者か乱破の類じゃねぇだろうな?」
「違います。確かに先程沖田助勤と試合らしき物は致しましたが、随分と手加減をなさっておいででした。苦無は護身の為に普段から持ち歩いております」
「そんなもん、普通は持ち歩いたりしねぇぞ?」
「守り刀のような物と思っていただければ。身内の形見でもありますので……」

 少しでも言い淀めば、この男は私を疑うだろうと判断した私は、事実をありのままに答える。それが良かったのか、小さく頷いた彼はそれ以上何も言わなかった。

「よく分かったよ、山崎くん。では近藤さん、彼は合格で宜しいですね?」
 眼鏡の男が、この張り詰めた空気を打ち消すように柔らかい声で言うと、近藤局長が頷く。

「土方くんも良いかな?」

 土方と呼ばれた鬼のような男も、むっつりとした表情のまま小さく頷いた。

「では、山崎烝くん。今この時を以て君は新選組隊士とする。ただし、しばらくは『仮同志』として君の適性を見せてもらうからね。本当の入隊はそれからになる」
「承知致しました。あの……」
「ああ、自己紹介が遅れたね。私は副長の山南敬助だ。近藤局長はもう分かっているね。そしてこちらの彼は副長の土方歳三だ」
「改めまして、山崎烝です。宜しくお願い致します」

 全員の顔と名前を一致させ、そうあいさつした時だった。

「ほら、私の見立てに間違いは無かったじゃないですか!」
「俺だって見どころあるって言ってただろ?」

 ガラリと襖を開けて勢いよく飛び込んで来たのは、沖田助勤と原田助勤。そしてその後ろから、道場で平助と呼ばれていた青年ともう一人、ひげ面の男が入ってきた。

「お前ら……盗み聞きしてやがったのか! 仕事はどうした!?」

 土方副長が怒鳴ったが、見事に聞き流した彼らは私の周りに集まってくる。

「やっぱりあなたは副長の意地の悪い面接を突破しましたね。さすがです」
「剣の腕も確かだし、正式入隊の暁には長物を扱う者同士、俺の下に付いてくれよな」
「あー! ずるいです。私が先に目を付けてたんですよ!」

 何故か沖田助勤と原田助勤が私を取り合う。それを後から入ってきた二人は、苦笑いしながら見ていた。

「山崎くんの戦いぶりは見てたから気持ちは分かるけど、こいつらがこんなに執着するのは珍しいよな。あ、俺は副長助勤の藤堂平助。こっちの髭は同じく副長助勤の永倉新八ね」
「誰が髭だ、誰が! 俺もお前さんは気になってた。確かに今回の希望者の中では、剣術や体捌きに関して一番長けていたようにも見えたな。だが……」

 永倉助勤は、藤堂助勤の紹介に不服な表情を見せながら私に近付いてくる。そして頭から足元までを確認するように見ると、徐に私の二の腕を掴んだ。

「何を……?」

 突然の事に驚き、慌てて身を引いたが逃げる事は叶わず。決して力を入れているわけでは無いのだろうが、私には永倉助勤の手を振り払う事が出来なかった。
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