始まりの時
文久三年初冬。
鮮やかだった紅葉も色褪せ、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた頃。壬生にある新選組の屯所は、ひときわ賑やかだった。
今日は入隊希望者を対象とした、面接と試験の日である。とは言っても基本的にはほぼ全員が仮同志として認められ、その後しばらく様子を見る事で最終結果が決まるらしい。
もちろん私、山崎烝も入隊希望者として、この屯所に足を運んでいた。
「思うとったより、仰山来てはるな」
受付に並ぶ者達には、見るからに豪胆な者。知略に長けていそうな者。そして弱々しく、明らかに場違いな者も混じっていた。
「こら、時間かかりそやな」
自分の番までは壬生寺で時間を潰すよう指示が出ている。私は受付を済ませると、一人壬生寺へと向かった。
既に早くから順番を待っている者達が、思い思いに壬生寺で時間を潰す中、私は何とはなしにその者たちを観察していた。真面目一徹、一人で稽古に励むものもいれば、誰彼構わず話しかけているお調子者もいる。中には瞑想に耽っている者もおり、それこそ千差万別。それらは見ていてとても面白く、良い時間潰しになった。
だがその中に数名、怪しげな空気を纏っている者がいる。彼らは一見赤の他人に見えるが、時折すれ違いざまに二言三言話す事があった為、少々気にはなっていた。
とは言えそれは、私のあずかり知らぬ事。
「山崎烝くん、屯所に戻ってください」
丁度名前を呼ばれた事だし、そろそろ行くとしよう。最後にチラリと彼らを見たが、目で何か合図を送り合っている姿を目にした私は、一応彼らの面相を覚えておく事にした。
屯所に行くと、真っ直ぐ道場に通された。どうやらまずは剣の腕前を確かめるらしい。
長物担当は、副長助勤の原田左之助。体が大きく美丈夫の彼は、人懐こい笑みを浮かべて私に近付いてきた。
「山崎は香取流棒術を嗜んでるって? 俺は宝蔵院流槍術だ。長物同士楽しもうぜ。ってなわけで早速お手並み拝見といこうか」
「お手柔らかにお願いします」
周りを見ると同じく入隊希望者たちが、各々幹部と思しき者と対峙している。私も渡された棒を構えると、「始め!」の合図と同時に渾身の一撃を繰り出した。
私も道場ではそれなりに認められていた為、そこそこ実力を認めさせることは出来るだろうと思っていたのだが――。
「……参……りました」
息の整わぬまま、私は言った。経験値の差だろうか、私の実力は彼の足元にも及ばず、悔しいと思う事すら憚られる程の差を見せつけられてしまったのだ。
「完敗です。新選組の強さを、身を以て感じさせて頂きました」
頭を下げると、原田助勤が満面の笑みを見せながら言う。
「いやぁ、お前もなかなかのもんだぜ。未だ道場でしか腕を振るった事は無いんだよな? その割には型にはまり過ぎてないし、なんつーか、実戦経験のある奴と戦った経験でもあるんじゃねーかと思わせる動きだったな。見どころあるぜ」
「ありがとうございます」
この男、やはり副長助勤と言うだけの事はある。ほんの少し刃を交えただけなのに、気付かれたのは驚きだ。
今の私の動きは、実戦経験のある『あの人』の教えが大きいから。人を斬った事は無いけれど、人を斬った経験を教え込まれてはいる。ここに来て早々、それを気取られたのは驚きであり、感心もした。
「じゃ、あとは局長達との面接な。もし良かったら待っている間、道場の端で他の奴らの試験も見てな。結構面白いと思うぜ」
「そんじゃ俺は次に行くわ~」と楽しそうに去っていく原田助勤にもう一度頭を下げると、私は言われた通り道場の端に腰を下ろした。
早速原田助勤が次の希望者と試合を始めたのを横目で見ながら、同時に他の試合にも目を向ける。どうやら長物を扱っているのは原田助勤だけらしく、他の者達は皆竹刀で戦っていた。
そんな中、幹部側の一人が異様な殺気を放っているのに気付く。割と幼い顔立ちだが、眼光鋭く一目で強いと分かる青年。彼は、その殺気に委縮している入隊希望の男に容赦なく襲いかかると、脳天に一撃を食らわせた。
きゅうっと声を上げて気絶してしまう男に、思わず目を覆ってしまう。いくら入隊試験とは言え、あの実力差は誰が見ても分かるだろう。ましてや戦う本人は全てが分かっていように、全く手加減しないとは――。
私は小さくため息を吐くと、気絶してしまった男に歩み寄った。見ると確かに強い一撃が加わってはいるが、見た目よりは威力を抑えてあったらしい。コブは出来ているものの、すぐに意識を取り戻した。
「大丈夫ですか? すぐに手拭いを濡らしてきますので冷やしましょう」
そう言って私が道場の外へ向かおうとすると、突如目の前に竹刀を突き付けられる。
「ちょっと待って下さい。未だ試合が終わっていないのに、しゃしゃり出て来て勝手な事をしないでもらえます? そもそもあなたは誰なんですか」
冷たい目で私を睨む青年の殺気が、私に向けられる。本音を言うと、血の気が引くほどの恐ろしさを感じてはいたが、何故だか命の危険は無いと分かっていた。
鮮やかだった紅葉も色褪せ、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた頃。壬生にある新選組の屯所は、ひときわ賑やかだった。
今日は入隊希望者を対象とした、面接と試験の日である。とは言っても基本的にはほぼ全員が仮同志として認められ、その後しばらく様子を見る事で最終結果が決まるらしい。
もちろん私、山崎烝も入隊希望者として、この屯所に足を運んでいた。
「思うとったより、仰山来てはるな」
受付に並ぶ者達には、見るからに豪胆な者。知略に長けていそうな者。そして弱々しく、明らかに場違いな者も混じっていた。
「こら、時間かかりそやな」
自分の番までは壬生寺で時間を潰すよう指示が出ている。私は受付を済ませると、一人壬生寺へと向かった。
既に早くから順番を待っている者達が、思い思いに壬生寺で時間を潰す中、私は何とはなしにその者たちを観察していた。真面目一徹、一人で稽古に励むものもいれば、誰彼構わず話しかけているお調子者もいる。中には瞑想に耽っている者もおり、それこそ千差万別。それらは見ていてとても面白く、良い時間潰しになった。
だがその中に数名、怪しげな空気を纏っている者がいる。彼らは一見赤の他人に見えるが、時折すれ違いざまに二言三言話す事があった為、少々気にはなっていた。
とは言えそれは、私のあずかり知らぬ事。
「山崎烝くん、屯所に戻ってください」
丁度名前を呼ばれた事だし、そろそろ行くとしよう。最後にチラリと彼らを見たが、目で何か合図を送り合っている姿を目にした私は、一応彼らの面相を覚えておく事にした。
屯所に行くと、真っ直ぐ道場に通された。どうやらまずは剣の腕前を確かめるらしい。
長物担当は、副長助勤の原田左之助。体が大きく美丈夫の彼は、人懐こい笑みを浮かべて私に近付いてきた。
「山崎は香取流棒術を嗜んでるって? 俺は宝蔵院流槍術だ。長物同士楽しもうぜ。ってなわけで早速お手並み拝見といこうか」
「お手柔らかにお願いします」
周りを見ると同じく入隊希望者たちが、各々幹部と思しき者と対峙している。私も渡された棒を構えると、「始め!」の合図と同時に渾身の一撃を繰り出した。
私も道場ではそれなりに認められていた為、そこそこ実力を認めさせることは出来るだろうと思っていたのだが――。
「……参……りました」
息の整わぬまま、私は言った。経験値の差だろうか、私の実力は彼の足元にも及ばず、悔しいと思う事すら憚られる程の差を見せつけられてしまったのだ。
「完敗です。新選組の強さを、身を以て感じさせて頂きました」
頭を下げると、原田助勤が満面の笑みを見せながら言う。
「いやぁ、お前もなかなかのもんだぜ。未だ道場でしか腕を振るった事は無いんだよな? その割には型にはまり過ぎてないし、なんつーか、実戦経験のある奴と戦った経験でもあるんじゃねーかと思わせる動きだったな。見どころあるぜ」
「ありがとうございます」
この男、やはり副長助勤と言うだけの事はある。ほんの少し刃を交えただけなのに、気付かれたのは驚きだ。
今の私の動きは、実戦経験のある『あの人』の教えが大きいから。人を斬った事は無いけれど、人を斬った経験を教え込まれてはいる。ここに来て早々、それを気取られたのは驚きであり、感心もした。
「じゃ、あとは局長達との面接な。もし良かったら待っている間、道場の端で他の奴らの試験も見てな。結構面白いと思うぜ」
「そんじゃ俺は次に行くわ~」と楽しそうに去っていく原田助勤にもう一度頭を下げると、私は言われた通り道場の端に腰を下ろした。
早速原田助勤が次の希望者と試合を始めたのを横目で見ながら、同時に他の試合にも目を向ける。どうやら長物を扱っているのは原田助勤だけらしく、他の者達は皆竹刀で戦っていた。
そんな中、幹部側の一人が異様な殺気を放っているのに気付く。割と幼い顔立ちだが、眼光鋭く一目で強いと分かる青年。彼は、その殺気に委縮している入隊希望の男に容赦なく襲いかかると、脳天に一撃を食らわせた。
きゅうっと声を上げて気絶してしまう男に、思わず目を覆ってしまう。いくら入隊試験とは言え、あの実力差は誰が見ても分かるだろう。ましてや戦う本人は全てが分かっていように、全く手加減しないとは――。
私は小さくため息を吐くと、気絶してしまった男に歩み寄った。見ると確かに強い一撃が加わってはいるが、見た目よりは威力を抑えてあったらしい。コブは出来ているものの、すぐに意識を取り戻した。
「大丈夫ですか? すぐに手拭いを濡らしてきますので冷やしましょう」
そう言って私が道場の外へ向かおうとすると、突如目の前に竹刀を突き付けられる。
「ちょっと待って下さい。未だ試合が終わっていないのに、しゃしゃり出て来て勝手な事をしないでもらえます? そもそもあなたは誰なんですか」
冷たい目で私を睨む青年の殺気が、私に向けられる。本音を言うと、血の気が引くほどの恐ろしさを感じてはいたが、何故だか命の危険は無いと分かっていた。
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