人の噂も何日続く?
その後屯所に戻り、この件は終わった事として過ごしていたのだが……数日後、山崎さんが顔を真っ赤にしながら副長室に飛び込んできた。丁度土方さんをからかいに来ていた私は、危険な雰囲気を察知して部屋を出ようとする。しかし、
「沖田さんも聞いて下さい!」
と凄まじい剣幕で怒鳴られ、慌ててその場に正座した。
「ちょ、ちょっと落ち着け。一体どうしたってんだ?」
少し引き気味に言う土方さんに、山崎さんの鋭い視線が飛ぶ。勢いに押される土方さんなんて、滅多に見られませんよ。それ程までに激しい怒気を纏いながら、山崎さんは土方さんに詰め寄った。
「町には出てないんですか?」
「町? 俺はここ数日屯所に篭りきりだったが……」
「じゃぁ、誰からも報告すら無かったんですか? 私なんて、どこを歩いてても好奇の目で見られるわ、ヒソヒソ噂されるわでもうとてもじゃないですが仕事になりません!」
「はぁ? 噂がどうしたって……あ!」
土方さんと同時に、私も気付く。どうやら先日の件は、思っていた以上に大事になっているらしい。『人の口に戸は立てられぬ』とはよく言ったもので、山崎さんが言うには、無駄に話が膨らんだ状態で噂は広がっていた。
「新選組の鬼の副長が部下に懸想して、挙句の果てには人前で口吸いしてかっさらっていけば、そりゃぁ皆面白がって噂も広げますよねぇ。でもまぁ言うじゃないですか、『人のうわさも七十五日』って。すぐに忘れますって」
どうせ一時的なものだろうと思ってあっけらかんと言ったのだが、これがまさか火に油を注ぐことになるとは思いもよらず。
「……随分軽く言ってくれますよねぇ。誰のお陰でこの話が大きくなったと思ってるんですか? 沖田さんが私達を『そういう仲だ』と言ったって裏付けが取れてるんですよ!」
「そ、それは……!」
まさかあの時の娘さんへの返事が後押ししていたとは。これってひょっとして、私も悪かったことになるんですかね。
「総司、お前のせいだったのか!」
って、土方さん。さりげなく私に全てを押し付けるような事を言わないで下さいよ。山崎さんが私の方を向いた隙に、いつの間にか部屋から出ようとまでしていますし。
でも、さすが山崎さん。そこは見逃さないようですね。
「副長! 逃げない!」
「げっ!」
何とも滑稽で恐ろしいこの状況に、私はもちろん土方さんも逃げられないと観念し、おとなしく正座する。
結局私達はその後、噂を耳にして驚いた近藤さんがやってくるまで、山崎さんの説教を受ける事となったのだった。
その際山崎さんが近藤さんに駆け寄り「副長がとんでもない事を……っ!」と泣きついたのだが、近藤さんが慰めようと山崎さんの頭を撫でていても、そこには怪しげな雰囲気など何一つ存在していなかった。
それなのに、土方さんが山崎さんの隣に並んだだけでその場の空気が変わってしまうのは何故なのだろう。二人の人間性の違いなのか、それともやはり……。
ちなみに京で次々と起こる事件のお蔭で、噂自体はひと月ほどで消えてくれた。土方さんが必死になってあの娘さんに良い縁談を見つけ、話をまとめた事も、噂が早く消えた一つの理由だろう。
だが残念な事に、山崎さんに植え付けられた土方さんへの警戒感は全く薄れる気配が無く。『琴尾』さんの時は知らないが、『山崎烝』の時は常に一定の距離を保つようになってしまった。
「副長は、一間以上必ず離れていて下さい! それ以上近付いたら……」
と苦無を構える始末で。さすがの土方さんも、口には出さないが傷付いているようだった。ま、自業自得ですから私は知りませんけどね。
とにもかくにも一件落着。本日も、京の町は平和なようです。
~完~
「沖田さんも聞いて下さい!」
と凄まじい剣幕で怒鳴られ、慌ててその場に正座した。
「ちょ、ちょっと落ち着け。一体どうしたってんだ?」
少し引き気味に言う土方さんに、山崎さんの鋭い視線が飛ぶ。勢いに押される土方さんなんて、滅多に見られませんよ。それ程までに激しい怒気を纏いながら、山崎さんは土方さんに詰め寄った。
「町には出てないんですか?」
「町? 俺はここ数日屯所に篭りきりだったが……」
「じゃぁ、誰からも報告すら無かったんですか? 私なんて、どこを歩いてても好奇の目で見られるわ、ヒソヒソ噂されるわでもうとてもじゃないですが仕事になりません!」
「はぁ? 噂がどうしたって……あ!」
土方さんと同時に、私も気付く。どうやら先日の件は、思っていた以上に大事になっているらしい。『人の口に戸は立てられぬ』とはよく言ったもので、山崎さんが言うには、無駄に話が膨らんだ状態で噂は広がっていた。
「新選組の鬼の副長が部下に懸想して、挙句の果てには人前で口吸いしてかっさらっていけば、そりゃぁ皆面白がって噂も広げますよねぇ。でもまぁ言うじゃないですか、『人のうわさも七十五日』って。すぐに忘れますって」
どうせ一時的なものだろうと思ってあっけらかんと言ったのだが、これがまさか火に油を注ぐことになるとは思いもよらず。
「……随分軽く言ってくれますよねぇ。誰のお陰でこの話が大きくなったと思ってるんですか? 沖田さんが私達を『そういう仲だ』と言ったって裏付けが取れてるんですよ!」
「そ、それは……!」
まさかあの時の娘さんへの返事が後押ししていたとは。これってひょっとして、私も悪かったことになるんですかね。
「総司、お前のせいだったのか!」
って、土方さん。さりげなく私に全てを押し付けるような事を言わないで下さいよ。山崎さんが私の方を向いた隙に、いつの間にか部屋から出ようとまでしていますし。
でも、さすが山崎さん。そこは見逃さないようですね。
「副長! 逃げない!」
「げっ!」
何とも滑稽で恐ろしいこの状況に、私はもちろん土方さんも逃げられないと観念し、おとなしく正座する。
結局私達はその後、噂を耳にして驚いた近藤さんがやってくるまで、山崎さんの説教を受ける事となったのだった。
その際山崎さんが近藤さんに駆け寄り「副長がとんでもない事を……っ!」と泣きついたのだが、近藤さんが慰めようと山崎さんの頭を撫でていても、そこには怪しげな雰囲気など何一つ存在していなかった。
それなのに、土方さんが山崎さんの隣に並んだだけでその場の空気が変わってしまうのは何故なのだろう。二人の人間性の違いなのか、それともやはり……。
ちなみに京で次々と起こる事件のお蔭で、噂自体はひと月ほどで消えてくれた。土方さんが必死になってあの娘さんに良い縁談を見つけ、話をまとめた事も、噂が早く消えた一つの理由だろう。
だが残念な事に、山崎さんに植え付けられた土方さんへの警戒感は全く薄れる気配が無く。『琴尾』さんの時は知らないが、『山崎烝』の時は常に一定の距離を保つようになってしまった。
「副長は、一間以上必ず離れていて下さい! それ以上近付いたら……」
と苦無を構える始末で。さすがの土方さんも、口には出さないが傷付いているようだった。ま、自業自得ですから私は知りませんけどね。
とにもかくにも一件落着。本日も、京の町は平和なようです。
~完~
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