人の噂も何日続く?

 二人の姿が見える所まで追いついた時、そこはまさに修羅場と化していた。

「ほんまにもう、何してくれはるんや! 人前であないな事したら誤解されてまうやろ。新選組の評判が地に落ちてしもたらどないすんねん」

 顔を真っ赤にしながら土方さんに説教する姿は、まるで尻に敷かれている旦那が気の強い嫁に叱られているように見える。言葉が地に戻ってしまう程に山崎さんの剣幕は凄まじく、さすがの私も遠巻きに見ているしかない。

「あの屋敷のモンに取り入れ言うたんは、副長ですやろ? せっかくあそこまで入り込めたんに、副長自らその繋がりを壊してしもたら元も子もありまへん」

 本気で困っているのか、頭を抱える山崎さん。だがそんな山崎さんを見ながらも、意外に土方さんは冷静だったようだ。

「お前が困っているから助けてやれと、総司に言われたんだ。部下を助けるのは上司として当然だろう」

 平然と言い放つ土方さんに、山崎さんは大きなため息を吐く。

「そらそやけど、やり方ってもんがありますわ。あーもう……どないして取り繕うたらええか……」
「別に良いじゃねぇか。このままで」
「は?」

 山崎さんが、間の抜けた声を出す。聞いていた私も、思わず声を上げそうになったが、慌てて口を押えた。

「このままでええて……そない阿呆な事」
「新選組の副長と懇ろって事にしておきゃぁ、お前さんを狙う輩は減るだろうが。そうでなくともお前は……」

 何故か土方さんが言い淀む。その表情から真意を読み取った私は、つい悪戯心を出してしまった。スタスタと二人の側へと歩いて行き、土方さんの言葉の続きを言う。

「つまりですね、土方さんは妬いてるんですよ。山崎さんが女性にモテているという事実にね」
「はぁ?」

 突如現れた私の言葉に、訝しげな顔を見せる山崎さん。ああ、これだけじゃ伝わらないみたいですね。この人にはやはり、直接的な説明をする必要があるみたいだ。

「要するに、あなたを誰にも渡したくないって事ですよ。ちなみに気付いてました? あなたって女性はもちろんですが、男性にも結構狙われてるんですよ。今まで何もなかったのは土方さんが……」
「てめぇ、総司! 黙りやがれ!」

 声が聞こえたと同時に慌てて飛び退けば、つい今しがたまで私がいた場所で土方さんの拳が空を切る。

「っぶないなぁ、土方さん。私じゃ無かったら当たってましたよ」
「当てようとしてたんだってーの! 余計な事を言ってんじゃねぇよ」

 鬼の顔で私を見る土方さんだったが、その顔は赤い。
 これは相当恥ずかしい思いをしているという事ですね。もちろんそうなるように仕向けているのは、私なんですが。

「まぁとりあえず、今後の事は土方さんに任せておけば大丈夫ですよ。それにしても私は『山崎さんが困っているから、あの娘さんの気持ちを別の場所に向けるよう仕向けて下さい』と言っただけなんですけどねぇ。それがどうしてああいう行動になっちゃったんだか」

 堪えきれないニヤニヤとした笑みを向けて言えば、再び土方さんが拳を握りしめる。

「あ、でもあんな情熱的で恥ずかしい姿を大っぴらに見せられたら、確かに諦めて他の人を探しますよね。さっすが土方さん……」

 言い終わらない内に再び襲い来る拳を避け、山崎さんの後ろに逃げ込んだ。そして、山崎さんの背中を土方さんに向けて押す。

「うわっ!」

 突然の事に倒れそうになった山崎さんは、綺麗に土方さんの腕の中に吸い込まれた。

「ほんと、あんな姿を見せられたら……」

 私だって、山崎さんを憎からず想っているんですけどね。諦めなきゃいけないと思うじゃないですか。
 ――それが出来るかどうかは別問題ですが。

「からかいたくなって当然でしょう?」

 土方さんに抱き留められて真っ赤になる山崎さんは、先程の娘さんの何倍も恋をしている顔だった。
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