人の噂も何日続く?

「山崎さん!」
「沖田さん……? 副長も、どうなさったんです?」

 まさか付けられていたとは思っていなかったようで、驚きで目を丸くしている山崎さんに近付いて行く。

「いやだなぁ、土方さんとの約束を忘れてたんですか?」
「はい?」

 訳が分からず首を傾げる山崎さん。その姿を、屋敷の娘が訝しそうに見ている。
 だがこの娘、意外と気が強いらしく、山崎さんの腕を掴んで言った。

「山崎はん、こちらの方たちとなんぞ約束してはったん?」
「いえ、そのような覚えは……」

 ありましたっけ? と不安そうにこちらを見る山崎さんに、私は小さく頷いてやる。だがもちろん約束などした覚えの無い山崎さんは、私に肯定された事で頭の中が混乱してしまっているようだ。
 そんな山崎さんの姿を見て、代わりに娘が強気に攻めてきた。

「覚えてはらへんのやったらきっと、約束なんぞしてないんや。だって前々から、今日はうちのために時間を空けるいう約束をしとってんから。きっとそちらさんの約束は記憶違いやし、お引き取り下さい」

 グイと山崎さんの腕に抱きつき、まるで敵を見るような視線を私達に向ける娘に私は驚いた。
 女子って、好きな人の為ならこんなに強くなれるんですねぇ。大人の男相手に、多分15、6と思しき娘が威嚇する。これってよほど勇気が無いと出来ない事じゃないでしょうか。こいつは一筋縄ではいかないか。そう思った時だった。

「そんじゃ、お言葉通り引き取らせてもらうとするか。帰るぞ! 山崎」
「はいっ!?」

 それは、一瞬の出来事。気が付くと、いつの間にか山崎さんの体は土方さんの腕の中にあった。

「……え? 嘘っ、いつの間に?」

 抱きついていたはずの腕が一瞬で消え去り、しかも目の前にいる土方さんの腕の中へと移動していた事に、驚きを隠せない娘が叫ぶ。それは移動した山崎さん本人も同様で、目をパチクリとさせていた。

「副長?」

 土方さんの腕に体を固定されたまま、見上げた山崎さんに重なる影。それは……。

「……っ」

 恥ずかしさに思わず顔を赤くした私は、手で口元を覆った。人の唇が重なる瞬間を間近で見るなど、初めての経験だ。しかも身近なこの二人となると、衝撃度合いも尋常では無くて。

「ちょっ、土方さん、何もそこまでしろとは……」

 そうは言ったものの、動揺のあまり声は小さく、きっと土方さんの耳には届いていない。興が乗ったのかは知らないが、角度を変えて何度も深く口付けるその姿に、私はそれ以上言葉を発する事は出来なかった。
 どうやらそれは娘も同じだったようで。二人が口付けを交わす姿を凝視したまま、その場に立ち尽くしていた。

 やがてハッとしたように土方さんが唇を離すと、力が抜けたのか膝から頽れる山崎さん。その体を受け止めてしっかりと抱きしめた土方さんは、少し頬を紅潮させながら娘に言った。

「ま、そういうわけだ。悪いがこいつはあんたの所にはやれないんでね。他を当たってくれ」

 にやりと笑い、軽々と山崎さんを抱き上げると、踵を返して歩き出す。

「あ、土方さん、待って下さいよ!」

 私も慌てて追いかけようとしたが、娘が未だ立ち尽くしているのに気付き、一声かけた。

「すみませんね。鬼の想い人を奪うのは、あなたには荷が重すぎますのであきらめて下さい。それでは」
「あ……あのっ!」

 私の言葉に正気を取り戻したのか、娘が言った。

「土方はんと山崎はんは、どういうご関係なんやろか? 男はん同士って事はその……」

 頬を赤らめる娘に、どう説明したら良いものか。

「まぁそういう仲、ですかね?」

 我ながら「どういう仲だ!」と突っ込みたかったが、他に言葉が思いつかず。更に頬を赤く染める娘を見て、これ以上ここにいてはどんな追及があるかも分からないという危険を察知した私は、頭を下げると小走りに土方さんの所へと向かった。
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