人の噂も何日続く?

 そのまま私達は予定通り島原方面へと向かい、ぐるりと巡察をして回る。結局道中には何も思いつかず、ついでに何の収穫も無いまま屯所に戻ってしまった私達は、副長への報告を山崎さんに任せて解散した。

「山崎さんも苦労してるんだなぁ」

 しみじみと、呟く。
 まぁ確かにあれだけ綺麗な顔をしているし、基本物腰柔らかで優しいとくれば、土方さんとはまた違った意味で女子にモテるだろう。
 しかし残念な事に、本人自身が女なのだ。いくら女にモテた所で、何の得にもならない。

「こういう事を考えるのは苦手なんですよね。気の毒ですが、隊務として割り切って頑張ってもらうしか……」

 そんな事を一人で呟きながら、屯所内を歩いていた時だった。
 副長室の前を通る際、部屋の中から聞こえてきたのは、新選組の屯所には不似合いな甘い囁き。私の気配に気付いてすぐに静かになったけれど、その声が誰の物かはすぐに分かってしまった。

「本当にこの人達は……」

 相変わらずだな、と思う。だがこれが、私の中に一つの案を生み出した。

「何とかなるかもしれませんね。山崎さんを助けて私も楽しめる方法、見つけちゃったかも」

 山崎さんに出会う前までの土方さんは、女扱いが確かに巧くはあったけれど、あんなに甘ったるい声で囁きかける事はなかった。それがどういう事なのか、昔を知っている私には嫌と言う程よく分かっている。

「この仕事は、土方さんにしかできませんよね」

 複雑な思いを抱きながらも、私は自らの頭に浮かんだ考えを実行する事にした。



 それから数日が経ち。山崎さんが例の屋敷に呼ばれたという話を耳にした私は、山崎さんが屯所を出たのを確認した後、土方さんを強引に引きずり出した。

「おい、一体何事だ? 総司!」

 訳の分からぬまま山崎さんを追跡する羽目になった土方さんに、歩きながら事の経緯を簡単に説明する。更には、私の計画をも伝えた。

「何で俺が……」

 心底嫌そうな表情の土方さんだったが、それでも屯所に戻らず山崎さんを追いかけるのは、やはり相手が気になるのだろう。私は真剣な表情で、でも心ではほくそ笑みながら一緒に山崎さんを尾行した。
 やがて屋敷の近くまで行くと、到着を待ちきれなかったのか、先日の娘が門の前に立っていた。

「山崎さぁん!」

 嬉しそうに駆け寄ってくる娘に、困りながらも笑顔を見せる山崎さん。興味が無いのなら受け流してしまえば良いのにと思いながらも、あの人にそんな事は出来ないだろうなとも思ってしまう。

「あれか?」

 その姿を見て、憮然とした態度で言ったのは土方さん。相手は女子とは言え、思っていた以上に馴れ馴れしい態度で山崎さんに纏わりついている姿は、土方さんにとって気分の良いものでは無かったようだ。

「ええ、山崎さんのお嫁さん候補だそうです。可愛いでしょう? 見る限り、本気で山崎さんに惚れているようですね」
「女同士が夫婦になんざなれるかよ」
「でも無下に扱ってしまったら、新選組としてはまずいお相手なんでしょう? お父様は会津藩とも繋がりのあるお大尽のようですし」
「ちっ。やっかいな相手に好かれやがって」

 苦々しげに言う土方さんから、本気の苛立ちが感じられる。これは誰に対しての苛立ちなんでしょうね。

「今こそ私の名案を実行する時ですよ、土方さん! 上手くいけば皆が幸せになれます」
「いや、だがあれは……」

 山崎さんは何とかしたいが、私に言われた事はやりたくない、とまぁそんなところのようですが。土方さんの我儘を聞く気なんぞ毛頭ないわけですよ、私は。

「さぁ、行きますよ。本来なら屋敷の中まで行かなきゃいけないと思っていたのに、わざわざ外に出てくれているんです。この好機を逃しちゃダメですよ」

 そう言うと私は、嫌がる土方さんの袖を引っ張りながら山崎さんの所へと向かった。
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