人の噂も何日続く?
その日は一番組が巡察当番だった。
情報収集も兼ねて監察も一人付ける事となり、今回白羽の矢が立ったのは山崎さん。私、沖田にとっては申し分のない人選だ。
「さて、行きましょうか」
私の声を合図に、一番組は屯所を出発する。
今日は島原界隈を回る事になっており、隊士達は少々浮足立っていた。正直私はあそこの御姐さん達よりも、山崎さんの方が良いと思うんですけどねぇ。最後尾で私の隣を歩く山崎さんは凛とした表情で、一言で言うならとてもきれいだと思う。そんな姿を見ていられるのは、結構嬉しかった。
もちろん巡察の際の気は抜いていない。何かあってもすぐに対応できるだけの緊張感は持っている。
そんな中、ふと気付いた事。
町中を歩いていれば、我々新選組は必ずと言っていい程注目の的になるのは分かる。その視線の多くは恐れや怒り、恨み、殺意であり、好意的な物はあまり無いわけで。しかし今日感じている視線の中には、いつもは存在していない物がいくつもあるように思えた。
これは一体何なのか……? 首を傾げていると、やがてその答えは向こうからやって来た。
「山崎さぁん!」
飛んできたのは黄色い声。見ると、山崎さんの所に若い娘が数人駆け寄ってくる。
「おや、これは皆さん御揃いで。こないだはおおきにな」
「いやぁ、覚えてくれてはったん?」
「もちろんや」
にっこり笑って彼女たちに応える山崎さんは、何だかいつもとは違って見えた。言うなれば、土方さんとは少し毛色の違う女誑しのような?
実際その娘たちは、頬を赤らめて目を輝かせ、山崎さんを見つめている。
「また作ったら食べてくれはる?」
「そら嬉しなぁ。こないだの煮物も美味しかったしな。屯所に持ち帰ったら皆に羨ましがられてもうて、独り占めするな言われて大変やったんやで」
「ほんなら今度はもっとたくさん作るし、もろてくれはる? そやからまたうちに来てな」
「あ、うちんとこも!」
「ほんまかいな。楽しみにしとるしな」
きゃぁきゃぁと悲鳴をあげながら走り去る娘たちを、山崎さんは笑顔で手を振りながら見送った。
それと同時に私の耳に聞こえてきた小さな呟き。
「食料確保」
「……怖っ!」
思わず言ってしまった私の言葉を、山崎さんが慌てて否定した。
「いや違うんです! その、有難いなぁって……」
「山崎さんって、そういう人だったんですね。さすがに驚いたなぁ」
これは本当に驚きだ。まさか山崎さんが若い娘たちを誑かして、食料を得ていたとは。
……ん? 誑かして……?
「今あの娘さんたち『うちに来て』って言ってましたよね。家まで押しかけて何をするつもりなんですか?」
「だから違います! 誤解しないで下さいっ!」
私の質問に、あわあわとする山崎さん。その慌てっぷりの凄さに、私は思わず吹き出してしまう。
「まさかとは思いますが、あの娘さんたちと……」
彼女は女性なのだから、ありえないとは分かっているけれど。万が一を考えて尋ねてみれば、ますますおかしな慌て方をする山崎さん。
「違っ! 私はたまたま会って、行って……痛っ!」
「舌を噛むほど慌てるなんて、よっぽどの事をしてるんじゃ?」
「だから、違うんですってば! 監察の仕事で訪ねたお屋敷のご主人に気に入られたんです。何度かお屋敷に通っていたのですが、先日初めてそこの娘さんと顔を合わせた時に、丁度お友達も来ていまして、話の流れから皆さんが作った食事を出していただきました。それを美味しいと言って食べたらえらく喜ばれて、折にまで詰めて下さって。幹部の夕食の一品にもしたんですよ」
そう言えば少し前に、いつもは出てこないような味の煮物を食べた気はする。まぁそれなりには美味しかったかな。
……山崎さんの作った物の方が、間違いなく美味しいですけど。
「懇意にしておくと後々新選組の為になるとの事で、出来る限り良い顔を見せているんですが……」
そこまで言った山崎さんの顔が、不意に暗くなる。何か困りごとでもあるのだろうか。
「良い顔をし過ぎたせいでご主人から、娘の婿に来ないかと言われるようになってしまってて」
「婿ぉっ!?」
あまりの事に大声で叫んでしまった私は、慌てて口を押えた。眉をへの字にしてコクリと頷く山崎さんは、相当困っているようだ。女だから婿になどなれるはずは無いのだが、かと言って立場上正体を明かすことも、無下に断ることも出来ない。
これはとんだ板挟みですね。
「先日娘さんと顔を合わせたのも、どうやらご主人の策略だったようで。娘さんに気に入られた事で、話がややこしくなりつつあるんです。正直逃げたい……」
助けてと言わんばかりの表情に、私も何とかしてやりたいと思いはするのだが、名案など浮かばず。
「困りましたねぇ」
と一緒になって悩んであげる事しかできなかった。
情報収集も兼ねて監察も一人付ける事となり、今回白羽の矢が立ったのは山崎さん。私、沖田にとっては申し分のない人選だ。
「さて、行きましょうか」
私の声を合図に、一番組は屯所を出発する。
今日は島原界隈を回る事になっており、隊士達は少々浮足立っていた。正直私はあそこの御姐さん達よりも、山崎さんの方が良いと思うんですけどねぇ。最後尾で私の隣を歩く山崎さんは凛とした表情で、一言で言うならとてもきれいだと思う。そんな姿を見ていられるのは、結構嬉しかった。
もちろん巡察の際の気は抜いていない。何かあってもすぐに対応できるだけの緊張感は持っている。
そんな中、ふと気付いた事。
町中を歩いていれば、我々新選組は必ずと言っていい程注目の的になるのは分かる。その視線の多くは恐れや怒り、恨み、殺意であり、好意的な物はあまり無いわけで。しかし今日感じている視線の中には、いつもは存在していない物がいくつもあるように思えた。
これは一体何なのか……? 首を傾げていると、やがてその答えは向こうからやって来た。
「山崎さぁん!」
飛んできたのは黄色い声。見ると、山崎さんの所に若い娘が数人駆け寄ってくる。
「おや、これは皆さん御揃いで。こないだはおおきにな」
「いやぁ、覚えてくれてはったん?」
「もちろんや」
にっこり笑って彼女たちに応える山崎さんは、何だかいつもとは違って見えた。言うなれば、土方さんとは少し毛色の違う女誑しのような?
実際その娘たちは、頬を赤らめて目を輝かせ、山崎さんを見つめている。
「また作ったら食べてくれはる?」
「そら嬉しなぁ。こないだの煮物も美味しかったしな。屯所に持ち帰ったら皆に羨ましがられてもうて、独り占めするな言われて大変やったんやで」
「ほんなら今度はもっとたくさん作るし、もろてくれはる? そやからまたうちに来てな」
「あ、うちんとこも!」
「ほんまかいな。楽しみにしとるしな」
きゃぁきゃぁと悲鳴をあげながら走り去る娘たちを、山崎さんは笑顔で手を振りながら見送った。
それと同時に私の耳に聞こえてきた小さな呟き。
「食料確保」
「……怖っ!」
思わず言ってしまった私の言葉を、山崎さんが慌てて否定した。
「いや違うんです! その、有難いなぁって……」
「山崎さんって、そういう人だったんですね。さすがに驚いたなぁ」
これは本当に驚きだ。まさか山崎さんが若い娘たちを誑かして、食料を得ていたとは。
……ん? 誑かして……?
「今あの娘さんたち『うちに来て』って言ってましたよね。家まで押しかけて何をするつもりなんですか?」
「だから違います! 誤解しないで下さいっ!」
私の質問に、あわあわとする山崎さん。その慌てっぷりの凄さに、私は思わず吹き出してしまう。
「まさかとは思いますが、あの娘さんたちと……」
彼女は女性なのだから、ありえないとは分かっているけれど。万が一を考えて尋ねてみれば、ますますおかしな慌て方をする山崎さん。
「違っ! 私はたまたま会って、行って……痛っ!」
「舌を噛むほど慌てるなんて、よっぽどの事をしてるんじゃ?」
「だから、違うんですってば! 監察の仕事で訪ねたお屋敷のご主人に気に入られたんです。何度かお屋敷に通っていたのですが、先日初めてそこの娘さんと顔を合わせた時に、丁度お友達も来ていまして、話の流れから皆さんが作った食事を出していただきました。それを美味しいと言って食べたらえらく喜ばれて、折にまで詰めて下さって。幹部の夕食の一品にもしたんですよ」
そう言えば少し前に、いつもは出てこないような味の煮物を食べた気はする。まぁそれなりには美味しかったかな。
……山崎さんの作った物の方が、間違いなく美味しいですけど。
「懇意にしておくと後々新選組の為になるとの事で、出来る限り良い顔を見せているんですが……」
そこまで言った山崎さんの顔が、不意に暗くなる。何か困りごとでもあるのだろうか。
「良い顔をし過ぎたせいでご主人から、娘の婿に来ないかと言われるようになってしまってて」
「婿ぉっ!?」
あまりの事に大声で叫んでしまった私は、慌てて口を押えた。眉をへの字にしてコクリと頷く山崎さんは、相当困っているようだ。女だから婿になどなれるはずは無いのだが、かと言って立場上正体を明かすことも、無下に断ることも出来ない。
これはとんだ板挟みですね。
「先日娘さんと顔を合わせたのも、どうやらご主人の策略だったようで。娘さんに気に入られた事で、話がややこしくなりつつあるんです。正直逃げたい……」
助けてと言わんばかりの表情に、私も何とかしてやりたいと思いはするのだが、名案など浮かばず。
「困りましたねぇ」
と一緒になって悩んであげる事しかできなかった。
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