君が紡ぐ名の下で
「以前肩を撃たれてちょっとばかり弱気になっていた時、山崎くんに言われたんだ」
――副長は、局長がいないとからっきしダメな人なんです。局長がいなくなってしまったらきっと言いますよ。『近藤さんがいない新選組はもうおしまいだ! 俺がここにいる意味も無くなっちまった……』なんてね。ですから必ず最後まで局長として戦って生き延びて下さい。もし死ぬなら、副長より後にお願いしますね。
「ってな。さっきのお前の言葉を聞いて、さすがに彼女は歳の事をよく分かっていたんだなと感心したよ。しかし俺が悩んでいる時に、お前の心配をするとはなぁ。もちろん俺の事も気遣ってくれてはいたが」
「あいつ……」
「愛されてたんだな」とにやにや笑いながら言う近藤さんに「馬鹿野郎!」と返し、背を向ける。喜びと寂しさの綯い交ぜになった感情が溢れそうになり、手で口元を覆った。
――近藤さんはもちろんだが、琴尾……お前だって俺にとってどれだけ必要な存在だったのか、気付いて無かったのか? 一人で先に逝っちまいやがって……
声にならない想いを飲み込むと、堪えきれなかった涙が一粒零れ落ちる。
そんな俺の涙に敢えて気付かないふりをしながら、近藤さんが言った。
「俺はな、歳。山崎くんを初めとする今までに死んでいった者達の為にも、新選組の近藤勇であり続けたいと思う。『大久保』の名は確かにありがたいが、やはり俺は『近藤』と呼ばれる方が嬉しいよ」
そして「わはは」と大きく笑った近藤さんは、俺の背中をトンと軽く小突く。
「お前だって『土方歳三』と呼ばれたいよな。山崎くんがお前を呼ぶ度に紡いできた大切な名だ。隊務中は仕事と割り切りながら、俺達二人の時だけでもお互いの名を呼び合おう。……忘れない為に」
それだけ言うと近藤さんは、部屋を出て行った。後に残された俺は、一人立ち尽くす。
「んっとに過保護なんだよな、あの人は」
口を覆っていた手を懐に移して巾着を握りしめると、不思議な温かみを感じてホッとした。
「しかも回りくどいんだっての」
要するに近藤さんは気付いていたのだろう。偽名に変える事で俺が、琴尾との繋がりを断ち切られたような気がしていた事を。
「琴尾もあんたも、どうしてこう腹が立つくらいに俺を理解してんだろうな。腹の底まで見透かされてるようでむず痒いじゃねぇか」
それでも悪い気はしなかった。自分を思ってくれる人間が側にいるというのは、とても心強い。
「ありがとよ、近藤さん」
既に姿の無い近藤さんに向かって、俺は小さく頭を下げた。
そして自分に誓う。
「ウジウジしてても始まらねぇ。今の俺は甲陽鎮撫隊の内藤隼人だ。けどな、鎮撫が終われば再び新選組副長の土方歳三として胸を張って生きてやる」
巾着を握りしめて目を瞑った。瞼の裏に浮かぶのは、琴尾の笑顔。
「だがお前を思い出す時だけは、いつだって俺は『土方歳三』だ。これから更に名を変える事があったとしても、お前が何度も紡ぎ、幸せを与えてくれたこの名はお前と共にある。『土方歳三』だけが、俺の真の名だ」
――歳三はん
聞こえるはずの無い声が、優しく耳をくすぐる。
ゆっくりと目を開けると、瞼の裏に映っていた琴尾が一瞬目の前に現れた気がして、手を伸ばしかけた。だが、手の中の巾着の感触が、すぐに現実へと引き戻す。
「ああ……分かってるさ」
そう言って、俺は巾着を懐に入れた。外から軽く叩いて所在を確認すると、優しい温かみを感じる。
「見ていてくれよ、琴尾」
しっかりと前を見据えた俺をきっと、琴尾は喜んで見ていてくれるだろう。そう確信した俺は、これからの話をすべく幹部達の集まる部屋へと足を運ぶのだった。
~了~
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