君が紡ぐ名の下で

「俺は……そんなに切ない表情をしていたのか……」
「ああ、見ている方まで悲しくなるくらいに、な。山崎くんは、お前にとってかけがえのない、とても素晴らしい女性だったんだろう?」

 近藤さんが俺の肩に手を乗せて言ったその言葉は、何故か俺の心を締め付ける。

「お前を『鬼の副長』から『バラガキの歳』に戻してしまうくらいに、彼女の存在は大きかったんだからな」
「何だよそれ」

 もう『ガキ』なんて年じゃねぇよと苦笑いしたが、近藤さんは至って本気だった。

「山崎くんが側にいる時のお前は、いつだって生き生きしていたよ。窮屈な鬼の副長の面を外した、ただの『土方歳三』の顔を見せていた。彼女が女子であり、お前の想い人だと知るまではそれがずっと不思議で仕方なくてな。……実はちょっと妬いてたんだぞ。何で山崎くんは俺より歳を歳らしくさせてやれるんだ!? ってな」

 そう言って近藤さんは、笑いながらバンバンと俺の肩を叩いた。この人はいつも素直に感情を表す。そこに嫌味は無く、心の底からの言葉だという事がよく分かった。

「っんだよ。気持ち悪ぃな」
「気持ち悪いとは心外だな。それだけ俺もお前が大好きなんだぞ。試衛館の頃からどれだけお前を見て来たか……!」
「いや、それが気持ち悪いんだっつーの!」

 落ち込んでいる俺を元気付けようとしているのが分かるからこそ、この茶番に乗ってみせる。近藤さんの場合、少々過剰ではあるんだがな。
 しばしじゃれ合っていると、やがて近藤さんが俺の首に腕を回して羽交い絞めにしてくる。俺の頭をわしわしとかき回す近藤さんに「いい加減にしろよ」と軽く拳を繰り出すと、即座に反応して受け止めた。そのまま体勢を崩す事無く、近藤さんが言う。

「なぁ、歳。俺達は何があろうとも新選組の局長と副長だ。俺は近藤勇であり、お前は土方歳三だからな」
「あん? 何だよいきなり」

 俺が目だけで近藤さんを見上げると、そこには何かを決意しているかのような強い眼差しがあった。何故か妙な胸騒ぎを覚えて近藤さんの腕から抜け出そうとしたが、首に回された腕の力は想像以上に強い。

「一体どうしたってんだ? あんたらしくねぇ」

 抜けだす事を諦めて尋ねると、近藤さんはフッと小さく笑った。

「俺らしくない……か。そうかもしれないな」

 拳を捕えていた手を再び俺の頭に置き、今度は軽くポンポンと叩く。近藤さんの腕から解放された俺の目に映ったのは、いつもの満面の笑み。だがその直前、一瞬だけ悲しそうな表情をしていたのを俺は見逃してはいない。

「近藤さん……?」
「俺の亡き後、新選組の全てはお前に託すからな」
「ば……っ! 何おかしな事言ってんだよ! あんたがいなくなったら新選組はおしまいだ! 局長のあんたは、新選組を最後まで見届ける義務があるんだぞ。そんな弱気になってもらっちゃ困る!」

 俺が本気で怒鳴りつけると、弱ったなという顔をする近藤さん。この構図は昔から変わらないなと思うと共に、迫りくる終焉の予感に身震いした。

「俺はいつだって近藤さんの下にいる。あんたを持ち上げて支えるのが俺の仕事なんだ! あんたがいなくなったら、俺の存在意義も無くなっちまうんだぜ? それを分かって言ってるのかよ!」

 局長が弱気では、組全体にもその影響が出てしまう。俺は何としてでも近藤さんを奮起させたかった。
 しかし俺の言葉が呼び起こしたのは『気力』ではなく『笑い』で。何かを思い出したかのように吹き出した近藤さんに、俺は眉を潜めた。

「何だよ近藤さん。俺は真剣に……!」
「いや、すまない。悪気は無いんだ」

 悪気があるなら尚の事困るんだが。それにしても、この笑いの理由は一体?

「本当にすまんな。お前の言葉を聞いて思い出したんだよ」
「思い出した?何をだよ」

 訝しげな表情をする俺に苦笑いを見せながら、近藤さんは言った。
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