沖田慕情

「琴尾~~っ!」

 悲痛な声が、富士山艦の甲板に響き渡った。
 それは艦内の者達の耳にまで届く程で。私はその時初めて、彼女が死んだ事を知った。

 痛む胸を押さえながら船室を出た私は、丁度同じく土方さんの声に驚いて出てきた近藤さんと一緒に甲板へと向かった。
 そこには、山崎さんを抱きしめてむせび泣く土方さんがいて。幼い頃からずっと彼を見てきていたけれど、こんな風に声を上げて泣く土方さんを見るのは初めてだった。

「歳……山崎くんは……」

 近藤さんが声をかけても、土方さんは首を横に振るばかり。決して山崎さんを手離そうとはせず、誰にも触れさせようともしなかった。
 私は、そっと山崎さんの顔を覗き込む。その表情はとても穏やかで、痛んだであろう傷の苦しみを欠片も感じさせないものだった。

「土方さんの腕の中で、逝ったんですね……」

 きっと、彼女は幸せだっただろう。愛する人に見取られて。愛する人を守りきって。でも……。

「貴女は酷い人だ」

 死んでしまった貴女は満足かもしれないけれど、残された私達は? 貴女がいなくなったら、土方さんは立っていられなくなるんですよ? 貴女がいないと、私の労咳は誰が診てくれるんですか?

「私に全部押し付けないで下さいよ!」

 なんて事を言われそうだけれど、貴女にしか出来ない事なんです。貴女は生きなきゃ駄目だったんだ。

 土方さんの泣く声で、次第に人が集まってくる。その中の誰一人、土方さんを笑う者はいなかった。

 この時初めて山崎さんが女子だと知った者もいたが、どうして新選組に女子がいたのかと口にする事も無い。ただ、悲痛な面持ちで皆立ち尽くすばかりだった。

 シミひとつ無い真っ白な布に包まれた貴女を戸板に固定し、別れの時を迎える。その時にはもう、土方さんの目に涙は浮かんでいなかった。
 貴女を知る人が皆、涙しながら海の波間に沈みゆく姿を見ていたのに。土方さんだけは、その波に揺蕩う泡沫を真っ直ぐ見つめていたんだ。その手には、可愛らしい巾着が握られていた。

「それは何ですか?」と尋ねたら、「琴尾の形見だ」とだけ返ってきて。
 結局中身は分からないままだけど、とても大切に扱っていた。

「お前は嘘つきだな……俺には聞こえねぇよ」

 そう呟いた意味も分からない。でも間違いなく土方さんは貴女を誰よりも想い続け、縛られていくのだろうという事だけは分かった。

 ねぇ、山崎さん。死んだら何も残らないはずなのに、どうして貴女の存在はこんなに強く皆の心に残っているんでしょうね。
 諦めたはずの私の中にまで、貴女は刻み込まれている。
 ……ズルいですよ。
 私だってもうすぐ死ぬのに。貴女のように何かを残せる自信が無いです。
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