花に嵐

「私の顔に何か付いていますか?」
「いや、そうじゃ無いんだが……」

 綺麗な顔をしてるな、なんて事言えるはずがねぇ。

「さっきの雷の件でからかいたいのなら、別の日にお願いします」
「だからそういんじゃ無くて……」

 次第に山崎がイラついていくのは分かっていたが、さすがに今自分の中にある物を言葉にするには憚られる。っつーか、俺自身何が何だか分からねぇっての。

 そもそもこの状況が理解不能だ。何で俺は男の顎を掴んで、女をくどくような真似事をしてんだよ。しかもこの体勢はまずいだろうが。目の前に、こんなにも赤くて柔らかそうな唇があったら……。

 ゆっくりと、掴んだ顎を引き寄せる。お互いの吐息がかかりそうな程に、山崎の顔が近付いた時だった。

「報告は先程の物で全てですし、さすがに疲れてしまいました。少しでも早く部屋に戻りたいので……失礼します」

 いい加減我慢できなくなったのだろう。山崎はスイと俺の手から逃れると頭を下げ、さっさと部屋を出て行っちまった。
 パタンと障子が閉められれば、俺一人だけがもやもやとした感情と共に部屋に残される。

「何だよ、これは」

 ボンッと音が聞こえたかと思う程急激に、俺の顔は赤くなった。

「何考えてんだよ、土方歳三!」

 混乱しながら、自らに問いかける。

 ――今俺は何をしようとしていた? あれは、新選組の隊士だぞ? 男なんだぞ? そして俺は、断じて男色では無い! それなのに……。

 俺は、自らの手を見つめた。
 先程まで山崎の顎に触れていた場所は、未だ温もりが残っているようで。思わず握りしめたのは、その温もりを手放したくないから……か?

「一体どうしちまったんだよ、俺は」

 冷静になろうとすればする程、何かがおかしくなっていくのが分かる。このままではいけないと思い、

「こ、これはきっと庇護欲ってヤツだ。雨に打たれた姿が細っこくて、弱っちく見えたせいだろう。庇護欲に違いねぇ!」

と自分に言い聞かせた。
 そして頭を大きく振り、雑念を払う。

「俺は副長として他の隊士達と同様あいつを導き、守る立場にいるんだ。妙な感情に囚われちまったら、その形が成り立たなくなっちまうじゃねぇか。こういう時は、さっさと寝ちまうに限るな」

 そろそろ就寝時刻でもあるし、丁度良い。寝ちまえばこの奇妙な感情も取っ払えるだろう。朝にはすっきりいつも通りの俺が目覚めるさ。 
 さっさと寝床を整えて横になってしまえば、体は勝手に意識を手放し始める。俺はそのまま、深い眠りに落ちて行った。
 ――が。眠ったところで全てが忘れられるはずもなく。それから暫くは、山崎の顔を見る度に動揺する俺がいた。

 やがて何とか落ち着いて冷静に応対できるようになった頃。山崎のまさかの秘密を知る事になるのだが――それはまた、別の話。


~了~
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