花に嵐
元治元年(1864)春。
その日俺は一通りの仕事を終えると、一人で屯所を出た。この後、馴染みの情報屋と顔を合わせる算段になっている。日は傾きかけ、雲行きが怪しい事もあって、俺は傘を持って出かける事にした。
案の定、暫くしてポツポツと雨が降り始める。初めの内は小雨だったのだが、次第に雨足は強くなり、更には雷まで鳴り出しやがった。
「ちっ、面倒だな」
ぼやきながらも足を速める。既に日は落ち、辺りは暗くなってしまったが、約束の場所まであともう少しだと思った時だった。
ピカッと激しく空が光り、ドーン、という大きな音が響き渡る。その直後に、バリバリと大きく裂けるような音も聞こえてきた。
「こいつは木にでも落ちやがったか?」
光と音の時間差を考えると、落ちた場所は目と鼻の先ではなかろうか。辺りを見渡すと、暗いながらも真っ二つに割れた木と、民家の軒先に人影のような物が見えた。
「まさか雷に打たれちゃいねぇだろうな?」
俺は急いでその人影に向かって走る。
「おい、大丈夫だったか?」
やがてその人影がはっきりと視認出来るようになり、顔を見た瞬間、それが知り合いだった事に驚いてしまう。
「……って、お前、山崎か」
そこにいたのは、監察の山崎だった。
新選組の中では新参者の方だが良く気が回り、京や大坂の土地勘もあるため重宝している。俺も近藤さんも一目置いていて、入って数か月で役を与えちまった程の人間だ。
「雷が落ちた方向に人影が見えて来てみりゃ……隊務中だったのか?」
「はい。屯所に戻る途中でこの雷雨にあってしまいまして……」
俺を見てほっとしたような顔を見せる山崎は、見事に全身ずぶ濡れだった。そりゃぁ傘を持たずにいりゃ、こうなっちまうよな。
しかし……なんつーか前々から思っちゃいたが、ほんとに華奢な体つきをしてやがる。雨のせいで着物が体に張り付いているせいか、いつも以上に線が細く見えちまって、下手すりゃ女と間違えそうだ。
まぁ隊の中にはこいつのように華奢だったり、女顔の奴はちょこちょこいるからな。隊士として新選組にいるからには、もう少し太るなり筋肉を付けるなりして欲しいもんだ。
「そうか。傘が無きゃさすがにここからの距離は遠いな。この調子じゃ暫く止みそうもねぇし、俺と戻るか」
この姿を見たら、何となく一人で置いておくわけにはいかない気がして。俺はそう声をかけた。
「しかし、何かご用があったのでは?」
俺の言葉に不安そうな顔で見上げてくる姿は、普段キビキビと隊務をこなしている山崎とは違った印象を受ける。
雨に打たれたせいで、体調を崩しかけたりしてんじゃねぇだろうな? だとしたら、余計に早くこいつを屯所に戻らせるべきだ。情報屋もこの雨じゃ、引き上げちまってるだろうしよ。
「別に急ぎじゃねぇし、これだけ激しく雨に降られちまうと、目的地に着いても帰るのが厳しくなる。今日は諦めるさ」
「……ありがとうございます」
山崎の表情が更に柔らかくなったのを見て、無意識に俺は笑みを浮かべちまった。
何でかなんて、理由なんざ、俺にも分からねぇがな。
「よし、じゃぁさっさと戻るか。またさっきのような雷に落ちられちゃたまんねー」
俺は、山崎が入りやすいように傘を傾け、中に入るよう促した。
「はい」
そして山崎が素直に返事をし、足を踏み出した瞬間……!
目の眩むような光と共に、腹の底まで響くような音がして、地面が揺れた。
その日俺は一通りの仕事を終えると、一人で屯所を出た。この後、馴染みの情報屋と顔を合わせる算段になっている。日は傾きかけ、雲行きが怪しい事もあって、俺は傘を持って出かける事にした。
案の定、暫くしてポツポツと雨が降り始める。初めの内は小雨だったのだが、次第に雨足は強くなり、更には雷まで鳴り出しやがった。
「ちっ、面倒だな」
ぼやきながらも足を速める。既に日は落ち、辺りは暗くなってしまったが、約束の場所まであともう少しだと思った時だった。
ピカッと激しく空が光り、ドーン、という大きな音が響き渡る。その直後に、バリバリと大きく裂けるような音も聞こえてきた。
「こいつは木にでも落ちやがったか?」
光と音の時間差を考えると、落ちた場所は目と鼻の先ではなかろうか。辺りを見渡すと、暗いながらも真っ二つに割れた木と、民家の軒先に人影のような物が見えた。
「まさか雷に打たれちゃいねぇだろうな?」
俺は急いでその人影に向かって走る。
「おい、大丈夫だったか?」
やがてその人影がはっきりと視認出来るようになり、顔を見た瞬間、それが知り合いだった事に驚いてしまう。
「……って、お前、山崎か」
そこにいたのは、監察の山崎だった。
新選組の中では新参者の方だが良く気が回り、京や大坂の土地勘もあるため重宝している。俺も近藤さんも一目置いていて、入って数か月で役を与えちまった程の人間だ。
「雷が落ちた方向に人影が見えて来てみりゃ……隊務中だったのか?」
「はい。屯所に戻る途中でこの雷雨にあってしまいまして……」
俺を見てほっとしたような顔を見せる山崎は、見事に全身ずぶ濡れだった。そりゃぁ傘を持たずにいりゃ、こうなっちまうよな。
しかし……なんつーか前々から思っちゃいたが、ほんとに華奢な体つきをしてやがる。雨のせいで着物が体に張り付いているせいか、いつも以上に線が細く見えちまって、下手すりゃ女と間違えそうだ。
まぁ隊の中にはこいつのように華奢だったり、女顔の奴はちょこちょこいるからな。隊士として新選組にいるからには、もう少し太るなり筋肉を付けるなりして欲しいもんだ。
「そうか。傘が無きゃさすがにここからの距離は遠いな。この調子じゃ暫く止みそうもねぇし、俺と戻るか」
この姿を見たら、何となく一人で置いておくわけにはいかない気がして。俺はそう声をかけた。
「しかし、何かご用があったのでは?」
俺の言葉に不安そうな顔で見上げてくる姿は、普段キビキビと隊務をこなしている山崎とは違った印象を受ける。
雨に打たれたせいで、体調を崩しかけたりしてんじゃねぇだろうな? だとしたら、余計に早くこいつを屯所に戻らせるべきだ。情報屋もこの雨じゃ、引き上げちまってるだろうしよ。
「別に急ぎじゃねぇし、これだけ激しく雨に降られちまうと、目的地に着いても帰るのが厳しくなる。今日は諦めるさ」
「……ありがとうございます」
山崎の表情が更に柔らかくなったのを見て、無意識に俺は笑みを浮かべちまった。
何でかなんて、理由なんざ、俺にも分からねぇがな。
「よし、じゃぁさっさと戻るか。またさっきのような雷に落ちられちゃたまんねー」
俺は、山崎が入りやすいように傘を傾け、中に入るよう促した。
「はい」
そして山崎が素直に返事をし、足を踏み出した瞬間……!
目の眩むような光と共に、腹の底まで響くような音がして、地面が揺れた。
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