山崎烝のとある一日

 私、山崎烝の朝は早い。

 隊士達より四半刻早く起きて顔を洗うと、真っ先に厨に向かう。置かれている食材から、その日の献立を考えて、お品書きをしたためておくのだ。基本的には同じ献立の繰り返しだが、時に変わり種の食材がある場合は、簡単に調理法も書き加えておく。食事当番の者はそれを見て、作業に取り掛かるというわけだ。
 最初の頃は命懸けで食事をしていたが、最近は調味料の加減程度の失敗で、とりあえずは食べられる物が出てくるようになっている。厨の主である井上さんも、楽になったと喜んでくれていた。

 それが終わる頃には起床時間が訪れるため、食事当番の者から順番に、各部屋を回って隊士達を起こしていく。同時に体調の優れない者がいないかを確認するのだ。時折寝惚けて抱きついてくる者もいるが、そういう輩はそのまま改めて深い眠りについてもらうか、いつも何故か都合よくやって来る沖田さんの稽古相手となる事が多い。

 朝餉にありつけても、気は抜けない。虎視眈々と狙われるおかずを死守すべく、神経を研ぎ澄ませてさっさとかきこまねばならない。正にそこは弱肉強食の世界。お陰で最近、少々胃のもたれを感じている。

 朝餉の後は隊務をこなしたり、非番であれば出掛けたりと、各々自由に過ごせる時間となる。
 でも実はこの時間が、一番緊張する時なのだ。何故なら私は監察だから。何気無い体を装いつつ、隊士達の動向を伺わなければならない。

 時にはやりたくない遊びに付き合い。
 時には飲みたくない酒に溺れ。
 時には床下で聞き耳を立て。
 時には天井裏で鼠と格闘し!?

 遊んでいるように見えて、実は働いているというのはなかなか気を使うものだ。これを分かってくれるのはやはり、同じ監察の者達だろう。

 夜も更けて門限になると、身を潜めて隊士の所在を確認する。
 一時は泥酔して刻限までに屯所の門に辿り着けなかった者もいたが、武田さんに介抱をお願いすると、何故か二度と同じ過ちを繰り返さなくなるので、最近では門限破りはほぼ皆無になっている。武田さんには感謝せねばなるまい。

 これらが終わると、漸く自分の時間が訪れる。人目を避けて汗を拭ってさっぱりすると、流石に疲れが出てしまう。寝床の準備もままならず部屋の隅でうつらうつらしていると、誰かしらがそっと着物をかけてくれた。
 ああ、やっぱりここは落ち着くなぁ、とそのまま微睡んでいると……。

「山崎さんって、睫毛長いですよねぇ」
「綺麗な顔してるよなー」
「俺、時々間違いを犯してしまうんじゃ無いかって、不安になるんだよな」
「あ、俺も!」
「私もです!」

 ワイワイと賑やかに勝手な事を言って、覗き込んで来る男達。でも私は決して目を開けたりしない。何故なら、近付いてくる足音に気付いているから。
 全身に殺気を纏いながら勢い良く障子戸を開け放った副長は、鬼でさえも逃げ出しそうな恐ろしい顔で叫んだ。

「誰がどんな間違いを犯すって!? くだらない事言ってねぇでさっさと寝やがれっ!!」

 ヒィッ! と蜘蛛の子を散らすように男達は私から離れ、凄まじい速さで褥に滑り込む。私は目を開ける機会を失い、寝たふりを決め込んだ。
 そんな私を見て、副長はため息を吐く。

「おい、山崎の場所は?」
「は、はい、こちらです!」

 隊士の一人が指で示すと、それを確認した副長はヒョイと私を抱き上げた。

「ったく、だらしねぇな。こんな所で寝やがって!」

 私を褥に下ろすと「今度騒いだらただじゃおかねぇ!」とクギを刺し、副長が部屋を出る。静かになった部屋で、一斉に安堵のため息が漏れた。
 そんな中、私は一人唇に手を当てる。抱き上げられた瞬間、隊士達に見えないように重ねられた唇が熱かった。

 これは私、山崎烝のとある一日の出来事。
 慌ただしくて煩くて、疲れるばかりの毎日ではあるが――私はこの暮らしを気に入っている。

~了~
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