鬼滅の刃

 炭治郎を見るカナヲの表情が豊かになったと感じたのは、些細なことがきっかけだった。
 しのぶが炭治郎に、仕事のことで耳打ちしていた時、後からやってきたカナヲが苛立ちを見せたのだ。その後いつもと変わらぬ態度のカナヲだったが、怒りのにおいを発していたのだろう。理由も分からぬまま、カナヲに語りかけ続ける炭治郎に、やがてカナヲの機嫌は直っていった。

「炭治郎くんになら、安心してカナヲを任せられますね」

 未だ芽生えたばかりの、多分本人すら気付けていない恋心は、きっと成就する。カナヲの怒りの理由を察していたしのぶは、何故かそう確信していた。

「若いって良いですねぇ」

 二人の初々しい姿を見ながら呟く。すると、カナヲと共にやって来ていた冨岡が言った。

「お前も十分若いと思うが」

 その淡々とした物言いは、しのぶを苦笑いさせる。

「年齢をどうこう言っているわけじゃなくて……単なる言葉の綾ですよ」
「……意味が分かりかねる」
「深い意味なんてありません。ただ……」
「ただ、なんだ?」

 口ごもるしのぶに冨岡が尋ねれば、少し寂し気な笑みを浮かべてしのぶは言った。

「思い人が目の前にいるのって、幸せだろうなぁと思いまして」
 
 未だお互いが片思いであろうとは言え、特別な思いを抱く相手と楽し気にしている姿は、しのぶの心を揺さぶっているようだ。そんなしのぶの胸の内を知ってか知らずか、冨岡はすました顔で言った。

「幸せで当然だろう」

 当たり前のように言われた言葉が、しのぶには自分をバカにしているように聞こえてムッとする。

「何で貴方にそんなことが分かるんですか?」

 思わず突っかかると、冨岡はまっすぐにしのぶを見つめた。そのままゆっくりと手を伸ばし、しのぶの頬に触れる。

「俺が幸せだからな」
「……っ!」

 そう言ってしのぶを見つめる冨岡の顔には、普段は決して見る事の出来ない、柔らかな笑みが浮かんでいた。

「冨岡さんはズルいです」

 頬を包む、硬くて大きな手の温もりに、しのぶの頬が染まる。

「そんな風に言われたら……私まで幸せみたいじゃないですか」

 そう言ってしのぶは、冨岡の手にそっと自分の手を重ねたのだった。

〜了〜
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