桜ノ色ハ血ノ色(アスラン)【全38P完結】
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早く、早くと自分をせかし、言われた荷物を抱きかかえる。多分それはほんの数秒のこと。
だが、2階から飛び降りるようにして再びリビングへと戻ってきたアスランの目に映ったのはーー。
とてつもなく広さを感じる、冷たい空間。
「母……上……」
ソファにただ一人座っているレノアに声をかける。
ゆっくりとアスランの方を向いたレノアの表情に、アスランは全てを察した。
「サラは!? 母上、サラは……」
「……本当はね、昨日で契約は終了していたの」
レノアが、アスランへと手を伸ばす。ふらふらとよろめくように近付くアスランを、レノアは優しく抱きしめた。
「今日は無理を言って、顔を出してもらったのよ。……危険を覚悟で」
「危険? サラが危険なのですか? 何で!?」
「それは貴方が知るべき事ではないわ。私も詳しいことは聞いていないの」
「でも……どうして! サラ……俺、サラにお別れを言ってない! こんな……こんな形で別れるのは……嫌だっ!」
叫ぶと同時に、アスランの手の中にあった包みが落ちる。はらりと開いた中から出てきたのは、小さな写真立てだった。
それは数日前に4人で撮った、最初で最後の写真。一緒に入っていたメッセージカードには、ただ一言
『ありがとう』
と書かれていた。
初めて見るサラの手書きの文字は、意外にも可愛らしい丸文字で。別れの時を察してすぐに用意したのだろう。たった5つの文字ではあるけれど、込められた想いは計り知れない。
それを見た瞬間、このまま別れてしまってはいけないとアスランは強く思った。
「アスラン、分かってあげて。これはサラちゃんが望んだことなのよ」
「嫌だ……俺は嫌だっ!!」
「アスラン!!」
レノアの制止も聞かず、アスランは家を飛び出した。ちらちらと雪の舞い散る中、コートも羽織らずに。
ほんの少し前にサラが付けたであろう足跡を見つけ、必死に追いかける。走って、走って、走り続けた。もしかしたら追いつけるかも知れない。途中何度か立ち止まった形跡を残した足跡を、懸命に辿る。
「サラーーっ!」
もっともっと、話をしたかったのに。
もっともっと、サラの事を知りたかったのに。
短い時間の間に目にした、くるくると変わるサラの表情が浮かんでくる。
笑顔も拗ねた顔も、真剣な顔も好きだった。
悲しそうな顔ですら、大切な記憶として残しておきたい程で。
「サラーーーーっ!!!」
力の限り叫ぶ。
こだまする自分の声に、返事をする者はいない。次第に降り積もる雪が、先を行く足跡を消し始めた。
終いには影も形もなくなってしまった、足跡があったであろう場所を見つめながら、アスランは叫ぶことしかできない。
「サラーーーーっ!!」
頬を伝う温かい滴が足下の雪を小さく溶かし始めた頃には、もうサラを探す手立てを失っていた。
数分後、慌てて追いかけてきたレノアに抱きしめられながら家に戻ったアスランは、放心状態で。ぽろぽろと流れ続けている涙は、止まるところを知らない。
「アスラン……」
濡れた髪を拭いてやる。されるがままのアスランを見ながら、レノアの心に浮かぶのは別れ際のサラの姿だった。
アスランが階段を上り始めたと同時に、小さく発せられたサラの言葉が、今でも耳に残っている。
「もう会えないと思うけど……お二人のこと忘れません。私……アスランに会えて本当に良かったです」
こんなにも幼い少女が浮かべるには未だ早すぎる、切ない表情と声。我が子への想いを気付かされずにはいられない程に、深く悲しい感情の表れ。
「サラちゃん……本当に良いの?」
「はい。ちゃんと挨拶したら、別れるのが辛くなっちゃうし」
「シルフィア……」
「この子がそれで良いって言ってるんだもの。気を遣ってくれてありがとう、レノア。それじゃ……」
挨拶もそこそこに、シルフィアが踵を返す。許されていた時間は、当の昔に過ぎているのだ。
「さよなら」
シルフィアを追って踵を返したサラの顔が、一瞬くしゃりと歪んだことをレノアは見逃さない。
あっという間に姿を消した二人に、レノアは呟いた。
「せっかく芽生えたのに……私たちはその芽を摘むことしかできないの?」
と。
「アスラン」
相変わらず呆然としているアスランに、声をかける。
「私たちはもう、サラちゃん達とは会えないわ」
「そんな……」
「でもそれは『多分』であって、『絶対』じゃない。だから……」
「だから?」
「今の気持ちを忘れないで、覚えておこうね」
「気持ち……?」
「そう、気持ち」
まだ焦点の合わないうつろな表情を、レノアに向けるアスラン。そんな我が子の顔を、レノアはそっと両手の平で包む。
「サラちゃんと別れてしまって寂しい気持ち。悲しい気持ち。でもそれ以上に愛しい気持ち」
「愛しい……」
「貴方には初めての体験なのね」
「え……?」
「涙を流すほどに恋い焦がれる存在。今の貴方にとって、それがサラちゃんなんでしょう?」
「恋い焦がれる……?」
「初恋、だったのね。アスラン」
「初……恋……?」
レノアの言葉に、戸惑いを覚える。
確かにサラとの別れは寂しかった。悲しかった。胸が痛くて苦しくて、溢れ出る涙を止めることが出来なかった。
だがそれを『初恋』という言葉に結びつけるには、まだアスランは幼すぎたのかも知れない。
「初恋……」
「サラちゃんの事が、本当に好きだったのね。」
目の前の母の顔に浮かぶ、寂しい笑顔。
「俺は……俺、は……っ!」
それは、自らの想いを自覚した瞬間。大粒の涙を浮かべながら嗚咽を漏らすアスランを、レノアはぎゅっと抱きしめた。
もう何も言わない。
ただただ泣きじゃくる我が子を、静かに抱きしめていた。
だが、2階から飛び降りるようにして再びリビングへと戻ってきたアスランの目に映ったのはーー。
とてつもなく広さを感じる、冷たい空間。
「母……上……」
ソファにただ一人座っているレノアに声をかける。
ゆっくりとアスランの方を向いたレノアの表情に、アスランは全てを察した。
「サラは!? 母上、サラは……」
「……本当はね、昨日で契約は終了していたの」
レノアが、アスランへと手を伸ばす。ふらふらとよろめくように近付くアスランを、レノアは優しく抱きしめた。
「今日は無理を言って、顔を出してもらったのよ。……危険を覚悟で」
「危険? サラが危険なのですか? 何で!?」
「それは貴方が知るべき事ではないわ。私も詳しいことは聞いていないの」
「でも……どうして! サラ……俺、サラにお別れを言ってない! こんな……こんな形で別れるのは……嫌だっ!」
叫ぶと同時に、アスランの手の中にあった包みが落ちる。はらりと開いた中から出てきたのは、小さな写真立てだった。
それは数日前に4人で撮った、最初で最後の写真。一緒に入っていたメッセージカードには、ただ一言
『ありがとう』
と書かれていた。
初めて見るサラの手書きの文字は、意外にも可愛らしい丸文字で。別れの時を察してすぐに用意したのだろう。たった5つの文字ではあるけれど、込められた想いは計り知れない。
それを見た瞬間、このまま別れてしまってはいけないとアスランは強く思った。
「アスラン、分かってあげて。これはサラちゃんが望んだことなのよ」
「嫌だ……俺は嫌だっ!!」
「アスラン!!」
レノアの制止も聞かず、アスランは家を飛び出した。ちらちらと雪の舞い散る中、コートも羽織らずに。
ほんの少し前にサラが付けたであろう足跡を見つけ、必死に追いかける。走って、走って、走り続けた。もしかしたら追いつけるかも知れない。途中何度か立ち止まった形跡を残した足跡を、懸命に辿る。
「サラーーっ!」
もっともっと、話をしたかったのに。
もっともっと、サラの事を知りたかったのに。
短い時間の間に目にした、くるくると変わるサラの表情が浮かんでくる。
笑顔も拗ねた顔も、真剣な顔も好きだった。
悲しそうな顔ですら、大切な記憶として残しておきたい程で。
「サラーーーーっ!!!」
力の限り叫ぶ。
こだまする自分の声に、返事をする者はいない。次第に降り積もる雪が、先を行く足跡を消し始めた。
終いには影も形もなくなってしまった、足跡があったであろう場所を見つめながら、アスランは叫ぶことしかできない。
「サラーーーーっ!!」
頬を伝う温かい滴が足下の雪を小さく溶かし始めた頃には、もうサラを探す手立てを失っていた。
数分後、慌てて追いかけてきたレノアに抱きしめられながら家に戻ったアスランは、放心状態で。ぽろぽろと流れ続けている涙は、止まるところを知らない。
「アスラン……」
濡れた髪を拭いてやる。されるがままのアスランを見ながら、レノアの心に浮かぶのは別れ際のサラの姿だった。
アスランが階段を上り始めたと同時に、小さく発せられたサラの言葉が、今でも耳に残っている。
「もう会えないと思うけど……お二人のこと忘れません。私……アスランに会えて本当に良かったです」
こんなにも幼い少女が浮かべるには未だ早すぎる、切ない表情と声。我が子への想いを気付かされずにはいられない程に、深く悲しい感情の表れ。
「サラちゃん……本当に良いの?」
「はい。ちゃんと挨拶したら、別れるのが辛くなっちゃうし」
「シルフィア……」
「この子がそれで良いって言ってるんだもの。気を遣ってくれてありがとう、レノア。それじゃ……」
挨拶もそこそこに、シルフィアが踵を返す。許されていた時間は、当の昔に過ぎているのだ。
「さよなら」
シルフィアを追って踵を返したサラの顔が、一瞬くしゃりと歪んだことをレノアは見逃さない。
あっという間に姿を消した二人に、レノアは呟いた。
「せっかく芽生えたのに……私たちはその芽を摘むことしかできないの?」
と。
「アスラン」
相変わらず呆然としているアスランに、声をかける。
「私たちはもう、サラちゃん達とは会えないわ」
「そんな……」
「でもそれは『多分』であって、『絶対』じゃない。だから……」
「だから?」
「今の気持ちを忘れないで、覚えておこうね」
「気持ち……?」
「そう、気持ち」
まだ焦点の合わないうつろな表情を、レノアに向けるアスラン。そんな我が子の顔を、レノアはそっと両手の平で包む。
「サラちゃんと別れてしまって寂しい気持ち。悲しい気持ち。でもそれ以上に愛しい気持ち」
「愛しい……」
「貴方には初めての体験なのね」
「え……?」
「涙を流すほどに恋い焦がれる存在。今の貴方にとって、それがサラちゃんなんでしょう?」
「恋い焦がれる……?」
「初恋、だったのね。アスラン」
「初……恋……?」
レノアの言葉に、戸惑いを覚える。
確かにサラとの別れは寂しかった。悲しかった。胸が痛くて苦しくて、溢れ出る涙を止めることが出来なかった。
だがそれを『初恋』という言葉に結びつけるには、まだアスランは幼すぎたのかも知れない。
「初恋……」
「サラちゃんの事が、本当に好きだったのね。」
目の前の母の顔に浮かぶ、寂しい笑顔。
「俺は……俺、は……っ!」
それは、自らの想いを自覚した瞬間。大粒の涙を浮かべながら嗚咽を漏らすアスランを、レノアはぎゅっと抱きしめた。
もう何も言わない。
ただただ泣きじゃくる我が子を、静かに抱きしめていた。