桜ノ色ハ血ノ色(アスラン)【全38P完結】
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薄紅色の花びらが、風に舞っている。その淡い色は人の心を和ませ、優しい気持ちにさせてくれた。
だが、人々は気付いていた。その美しい色の元となっている物の真の姿を。悲しいほどに艶やかなその色の意味を。
【 桜ノ色 ハ 血ノ色 】
桜の木の根元に埋まっているのは、死体。桜はその血で色付いているのだ、という説が流れ始めたのは、一体いつの時代の事だろう。コーディネーターという存在が、まだ欠片もなかった頃であるのは確かなのだが。
風に舞っている大量の花びらに包まれながら、アスランはぼんやりとそんな事を考えていた。
桜に良い思い出はない。この色を見る度に思い出すのは、数年前に離ればなれになった幼なじみの泣きそうな顔。自分が作った鳥のロボットを抱え、言葉もなくただ自分を見つめていた大切な幼なじみとは、もうあれ以来会ってはいなかった。
「キラ……」
見事に満開となった桜の木を見上げながら、アスランは呟いた。
「どうしてプラントに来ないんだ?」
約束したのに……と、眉間にしわを寄せる。ドンッと木の幹を叩いた握り拳は、色が変わるほどに固く握りしめられていた。
「ユニウスセブンが破壊された今、激しい戦争が起こるのは必死。早く来てくれよ、キラ……でないと俺は……」
この春からアスランは、ザフトに配属が決まっていた。これからは、軍人として戦う日々を送るのだ。
決して戦争をしたいわけではない。だが、ナチュラルに虐殺された多くのコーディネーター達の中に、大切な人がいたから。
唯一無二の、愛する人がいたから――。
戦わなければ、更なる犠牲者が生まれてしまう。だからこそ、本当の気持ちを押し隠して決心した。しかし不安を拭うことなど出来はしない。
「キラ……もしお前が今ここにいてくれたら、俺はきっと強くなれるのに……」
それは甘えだと分かっていても、どうしても心が落ち着かなくて。ずっと自分の側にいてくれた幼なじみを求めてしまう。
「キラ……」
アスランの目が潤み始める。と、その時だった。
「悪いけど、そこどいてくれる?」
不意に聞こえてきた声に、アスランは驚いて思わず後ずさった。慌てて辺りを見回すが、人影はない。今のは一体? と首を傾げていると、
「あ~、そこじゃだめ。もっと下がって」
再び声が聞こえてきた。――上から。
「誰だ!?」
飛び退くように下がりながら、アスランが叫ぶ。
「え~? 私?」
声が落下してくる。それと同時にアスランの目の前に落ちてきたのは――。
「桜の精でっす」
緑の黒髪とダークブラウンの瞳の少女。
見事な着地を決めた少女は、呆気にとられて自分を見ているアスランを見て、頬を膨らませた。
「何よその顔。桜の精じゃ不満なの? じゃぁ桜の女神だったら良い?」
「……いや、そういう問題じゃないんだが……」
「そんじゃ、桜の天使?」
「……」
「あぁ、もう分かりました。私が悪かったって。普通に名前を言わせていただきますよ。はい」
心底呆れた表情のアスランを見てバツが悪そうに言った少女は、落下時に乱れた髪を整えると
「私はサラ。サラ・フユツキ。宜しくね」
と言ってにこりと微笑みながら手を差し出した。
アスランが反応に困っていると、サラは無理矢理アスランの腕を引っ張り、その手を掴む。
「挨拶するときは握手。これ、仲良くなれるおまじないなんだよ」
サラは嬉しそうにぶんぶんと腕を振り回した。お陰でアスランは、半ば振り回されるように握手を交わす形となる。
だが、何故かアスランの口元には笑みが浮かんでいた。意識の上の笑みではなく、自然にこぼれた笑みが。
突如現れた少女の笑顔は、アスランの心に不思議な温もりを与えていたようだった。
「おまじない……ね。俺は……」
「知ってる。アスラン・ザラ。でしょ?」
「何で俺の名前……」
たった今出会ったばかりの少女に自分の名前を知られていて、さすがに驚いてしまう。だがサラはというと、別に大した事など無いと言うように笑っていた。
「言ったでしょ? 私は桜の精だって。桜は何でもお見通しなの」
「はぁ? 何だよ、それ」
「桜にまつわる何らかの過去を持っている人は、皆桜に見守られてるの」
「桜にまつわる過去?」
「最近よくここに来てたでしょ?」
「……っ!」
――そんな事まで知られていたのか。
別に悪い事をしたわけでもないのに、何故か後ろめたさと恥ずかしさ、そして驚きで顔が朱に染まる。
「そんなに驚く事じゃないわよ。私も毎日ここに来てるんだもん。ただそれだけ」
「毎日? だが今日まで一度も君の姿は……」
「だっていつも木に登ってるもん。今日だって私が降りてこなかったら気付かなかったでしょ?」
確かにそうだと納得させられてしまう。が、それと同時に気付いた不可思議な事。
アスランは、アカデミーでは優秀な生徒だった。そんな彼が、木の上とはいえ、全く人の気配を感じ取る事が出来ていなかったというのは……。
「君は一体……」
ただの少女では無いという事だけは分かる。だからこそアスランは、答えを聞かずにはいられなかった。
「何者なんだ?」
まだ繋がれたままの手に、力が加わる。アスランの手はしっかりとサラの手を握りしめていた。
「だ・か・ら! 何度も言ってるじゃない。桜の精だって」
「そんな答えじゃなくて!」
「……私はサラ、だよ。それ以外の何者でもない」
握手をしている手とは反対の手が、そっとアスランの腕に触れる。強く握りしめられていたサラの手は、するりとアスランの手から抜け出した。アスラン自身はまだ離すつもりなどなかったのに。
「サラ・フユツキ。それが私。そこから先は……そのうち分かるよ。きっと」
「どういうことだ?」
「その答えもそのうち分かる。そんじゃ私はこの辺で失礼しまっす」
まるで無理矢理打ち切るように、サラは話をまとめた。
「おい、お前……っ」
まだ話は終わってないと身を乗り出したアスランだったが、彼女を引き留める事は叶わず。満面の笑みを向け「じゃぁまたね。アスラン!」と手を振ったサラは、踵を返して走り出した。
「あ、ちょっと!」
投げかけた声は、サラまで届くことなく風に攫われる。
花びらが覆い隠したかのごとく、瞬く間に走り去ってしまったサラ。
「何なんだ? あいつは……」
暫くの間、アスランは呆然としながらその場に立ちつくしていた。
だが、人々は気付いていた。その美しい色の元となっている物の真の姿を。悲しいほどに艶やかなその色の意味を。
【 桜ノ色 ハ 血ノ色 】
桜の木の根元に埋まっているのは、死体。桜はその血で色付いているのだ、という説が流れ始めたのは、一体いつの時代の事だろう。コーディネーターという存在が、まだ欠片もなかった頃であるのは確かなのだが。
風に舞っている大量の花びらに包まれながら、アスランはぼんやりとそんな事を考えていた。
桜に良い思い出はない。この色を見る度に思い出すのは、数年前に離ればなれになった幼なじみの泣きそうな顔。自分が作った鳥のロボットを抱え、言葉もなくただ自分を見つめていた大切な幼なじみとは、もうあれ以来会ってはいなかった。
「キラ……」
見事に満開となった桜の木を見上げながら、アスランは呟いた。
「どうしてプラントに来ないんだ?」
約束したのに……と、眉間にしわを寄せる。ドンッと木の幹を叩いた握り拳は、色が変わるほどに固く握りしめられていた。
「ユニウスセブンが破壊された今、激しい戦争が起こるのは必死。早く来てくれよ、キラ……でないと俺は……」
この春からアスランは、ザフトに配属が決まっていた。これからは、軍人として戦う日々を送るのだ。
決して戦争をしたいわけではない。だが、ナチュラルに虐殺された多くのコーディネーター達の中に、大切な人がいたから。
唯一無二の、愛する人がいたから――。
戦わなければ、更なる犠牲者が生まれてしまう。だからこそ、本当の気持ちを押し隠して決心した。しかし不安を拭うことなど出来はしない。
「キラ……もしお前が今ここにいてくれたら、俺はきっと強くなれるのに……」
それは甘えだと分かっていても、どうしても心が落ち着かなくて。ずっと自分の側にいてくれた幼なじみを求めてしまう。
「キラ……」
アスランの目が潤み始める。と、その時だった。
「悪いけど、そこどいてくれる?」
不意に聞こえてきた声に、アスランは驚いて思わず後ずさった。慌てて辺りを見回すが、人影はない。今のは一体? と首を傾げていると、
「あ~、そこじゃだめ。もっと下がって」
再び声が聞こえてきた。――上から。
「誰だ!?」
飛び退くように下がりながら、アスランが叫ぶ。
「え~? 私?」
声が落下してくる。それと同時にアスランの目の前に落ちてきたのは――。
「桜の精でっす」
緑の黒髪とダークブラウンの瞳の少女。
見事な着地を決めた少女は、呆気にとられて自分を見ているアスランを見て、頬を膨らませた。
「何よその顔。桜の精じゃ不満なの? じゃぁ桜の女神だったら良い?」
「……いや、そういう問題じゃないんだが……」
「そんじゃ、桜の天使?」
「……」
「あぁ、もう分かりました。私が悪かったって。普通に名前を言わせていただきますよ。はい」
心底呆れた表情のアスランを見てバツが悪そうに言った少女は、落下時に乱れた髪を整えると
「私はサラ。サラ・フユツキ。宜しくね」
と言ってにこりと微笑みながら手を差し出した。
アスランが反応に困っていると、サラは無理矢理アスランの腕を引っ張り、その手を掴む。
「挨拶するときは握手。これ、仲良くなれるおまじないなんだよ」
サラは嬉しそうにぶんぶんと腕を振り回した。お陰でアスランは、半ば振り回されるように握手を交わす形となる。
だが、何故かアスランの口元には笑みが浮かんでいた。意識の上の笑みではなく、自然にこぼれた笑みが。
突如現れた少女の笑顔は、アスランの心に不思議な温もりを与えていたようだった。
「おまじない……ね。俺は……」
「知ってる。アスラン・ザラ。でしょ?」
「何で俺の名前……」
たった今出会ったばかりの少女に自分の名前を知られていて、さすがに驚いてしまう。だがサラはというと、別に大した事など無いと言うように笑っていた。
「言ったでしょ? 私は桜の精だって。桜は何でもお見通しなの」
「はぁ? 何だよ、それ」
「桜にまつわる何らかの過去を持っている人は、皆桜に見守られてるの」
「桜にまつわる過去?」
「最近よくここに来てたでしょ?」
「……っ!」
――そんな事まで知られていたのか。
別に悪い事をしたわけでもないのに、何故か後ろめたさと恥ずかしさ、そして驚きで顔が朱に染まる。
「そんなに驚く事じゃないわよ。私も毎日ここに来てるんだもん。ただそれだけ」
「毎日? だが今日まで一度も君の姿は……」
「だっていつも木に登ってるもん。今日だって私が降りてこなかったら気付かなかったでしょ?」
確かにそうだと納得させられてしまう。が、それと同時に気付いた不可思議な事。
アスランは、アカデミーでは優秀な生徒だった。そんな彼が、木の上とはいえ、全く人の気配を感じ取る事が出来ていなかったというのは……。
「君は一体……」
ただの少女では無いという事だけは分かる。だからこそアスランは、答えを聞かずにはいられなかった。
「何者なんだ?」
まだ繋がれたままの手に、力が加わる。アスランの手はしっかりとサラの手を握りしめていた。
「だ・か・ら! 何度も言ってるじゃない。桜の精だって」
「そんな答えじゃなくて!」
「……私はサラ、だよ。それ以外の何者でもない」
握手をしている手とは反対の手が、そっとアスランの腕に触れる。強く握りしめられていたサラの手は、するりとアスランの手から抜け出した。アスラン自身はまだ離すつもりなどなかったのに。
「サラ・フユツキ。それが私。そこから先は……そのうち分かるよ。きっと」
「どういうことだ?」
「その答えもそのうち分かる。そんじゃ私はこの辺で失礼しまっす」
まるで無理矢理打ち切るように、サラは話をまとめた。
「おい、お前……っ」
まだ話は終わってないと身を乗り出したアスランだったが、彼女を引き留める事は叶わず。満面の笑みを向け「じゃぁまたね。アスラン!」と手を振ったサラは、踵を返して走り出した。
「あ、ちょっと!」
投げかけた声は、サラまで届くことなく風に攫われる。
花びらが覆い隠したかのごとく、瞬く間に走り去ってしまったサラ。
「何なんだ? あいつは……」
暫くの間、アスランは呆然としながらその場に立ちつくしていた。
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