傷の向こうに(イザーク)
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傷を消した。
戦いの最中に受けた、顔の傷。ストライクを撃破するその日まで、残しておこうと決めていたのだが……。
気が付けば戦争も締結され、俺の生活も一変していた。あの時俺に傷を付けた張本人と同じ空間を共有している今となっては、あんなに躍起になっていた自分が滑稽に見える。
だから、俺は願いを別の物へと変えていた。そしてその願いは、今日叶う。
3日前に手術をし、今日包帯がはずれた。
あれだけ深かった傷が、こんなにもあっさりと簡単に消せてしまえるこの時代。まだうっすらと跡は残っている物の、数日もすれば跡形もなく消えるだろうと医者に言われた。
この傷と共に死線をくぐり抜けてきた俺にとっては、少し複雑な気分ではあったが、それでももう今の俺に、あの忌まわしい傷に願を掛ける必要は無いのだ。
無いと思わなければーー。
「これで良かったんだ。これで……」
俺はそう呟くと、病院を出た。
「雪……」
自動ドアが開くと、突如吹き込んできた冷たい風に、身を竦めた。よく見ると、雪がちらほらと舞い落ちている。それはこの冬初めての雪だった。
「さむ……」
コートの襟を立て、外気に晒されていた首を覆う。出来ることならこのまま直ぐ帰りたいのだが、今日はこれから行かねばならない所があった。
消してしまった傷が叶えてくれた願いを無下にはできない。
それは、母上の釈放。
停戦条約が結ばれた日、拘束された母が今日やっと釈放されるのだ。俺はこれから母を迎えに行かなくてはならないのだから。
包帯を付けている間は運転が出来なかったため、病院へはエレカで来ている。まずは一旦家に車を取りに戻ろうと、エレカを拾うためにメインロードへと歩き出した。すると……。
「イザーク!」
不意に後ろから声をかけられた。
こんな所で俺を呼ぶ奴がいるなんて。誰かと思い、声のした方向を向くと、そこにいたのは……。
「サラ!」
幼い頃から家族ぐるみで付き合いのある、同い年の少女、サラ・フユツキ。
サラは、鼻を赤くして身を竦めながら立っていた。
「サラ……何で貴様がここにいる?」
慌てて近付くと、少し息を切らしているのが分かった。どこかから走ってでも来たのだろうか。
「これからおばさまを迎えに行くんでしょ? 私も行く」
「はぁ? 貴様には関係ないだろうが」
「関係あるよ。私だっておばさまの事大好きだもの」
サラの母親は、まだ俺達が幼い頃に他界していた。だからサラは、俺の母を本当の母親のように慕っている所がある。
だがーー。
「今日は……駄目だ」
「どうして?」
「駄目なものは駄目なんだ」
「おばさまが戦犯扱いだから?」
「……」
俺は反論しない。
戦争中は、あれだけもてはやされていた母。だが、今となっては悪の象徴でしかあり得ない。
母の近くでおべっかを使っていた者達は、停戦と同時に手のひらを返したように母を糾弾した。何も知らない民間人達は、それ見たことかと冷たい反応を見せた。
コーディネーターを。
仲間を守ろうとして必死に戦った結末が、これ。
母との待ち合わせの場所には、そんな冷たい反応を見せる者達ばかりがいるのだ。そこへサラを連れて行くわけにはいかない。
「イザーク」
ふわり。
母の事を考えている内、思わず暗くなってしまった俺の首に、何かがかけられた。
「これは……マフラー?」
「今夜は冷えるってニュースで言ってたから、持ってきたの。イザークの瞳の色をイメージして作ってみました~」
「サラが作ったのか?」
「そうだよ。ほら、ここにはおばさまの分もあるの。皆色違いのお揃いなんだよ」
かけられたマフラーを見ると、とても細かく丁寧な編み目で。これだけの物を編むには、かなりの時間がかかっただろうと思わず感心してしまった。
「ちゃんと巻き付けなきゃ、首元が冷えるでしょ?」とサラが俺の手からマフラーを取り上げ、首に巻き付けてくれる。
その暖かさと柔らかさが、心地よかった。
「イザークは『性格とは反対に』肌が繊細だからね。良い糸使ってるのよ~。大事にしなさいよね」
「俺は性格共々繊細なんだ!……貰える物は貰っておくさ」
「素直じゃな~い」
「知るかっ」
拗ねるサラに、俺はにやりと笑みを浮かべる。そんな俺を上目遣いにじっと睨み付けていたサラだったが、ふっと小さく笑うと言った。
「ほら、早くおばさまを迎えに行こう? 直ぐ近くに車を止めてあるから」
「聖が運転してきたのか? お前、免許なんて持ってなかったはずじゃ……」
「うん、取り立て」
「俺が運転する!」
「駄目~。私の車だもん。私が運転するの」
「貴様の運転する車なんかに乗れるか!」
「何よそれ~! ここまで来れたんだから大丈夫よ!」
「そんなの偶然だ! これ以上貴様が運転してると、何が起こるか分からん!」
「ひっど~い!!」
先ほどまでのしんみりした空気はどこへやら。だがいつもと同じ、顔を合わせるたびにしている小競り合いは、どんな状況でも変わらず俺に接してくれていたサラの姿を象徴しているようで。
ーー嬉しかった。
「もう、埒があかないわ!」
突然サラはそう言うと、俺の手を握った。
「なっ!?」
「こんな所で言い合いしてても埒があかない。こうなったら体で実感して貰うわよ。私の運転の安全性!」
「はぁ?」
「行くわよ! イザーク!!」
「ちょっ……待て! サラ!!」
強引に俺の腕を引っ張り、車へと急ぐサラ。
引っ張られながら悪態を付いていた俺だったが、少しずつ地面を白く塗り替えていく雪の冷たさを忘れるほどに、温かいマフラーと。
繋いだ手から伝わってくる聖の温もりと。
本当は気付いていた、さりげないサラの気遣いに、俺は感謝していた。
「ねぇ、イザーク。」
助手席に乗り込んだ俺を、サラが呼んだ。
「何だ?」
「おばさまより先に言って良いかな?」
「何をだ?」
いきなりの言葉にわけが分からず首を傾げる俺の顔に、サラの指が近付いてくる。
その指は、そっと俺の眉間から頬をなぞった。
丁度、傷のあったその場所を。
「……お帰りなさい。イザーク。」
オカエリナサイ
唐突に紡がれたその言葉は不可解な物。だが俺は、そこに秘められた意味に気付く。
それはまだ傷をもらう前の……サラといつも一緒にいた頃の俺への言葉。
「……ただいま」
俺がそう答えると、サラは優しい微笑みを見せた。
その微笑みに、俺は確信する。
傷を消してーー
「良かった」
「え? 何? イザーク」
「何でもない」
「変なの」
「変で悪かったな」
ムッとしながら、サラの体をぐいと引っ張ってやる。
「きゃっ! イザー……!」
サラが悲鳴をあげ、直後言葉を失う。
ーー俺のキスに驚いて。
「……待たせたな」
小さく耳元で囁く。照れくささを隠すために。
そんな俺に、サラは顔を真っ赤にしながら答えた。
「待ってた……ずっと。お帰りなさい」
〜FIN〜
戦いの最中に受けた、顔の傷。ストライクを撃破するその日まで、残しておこうと決めていたのだが……。
気が付けば戦争も締結され、俺の生活も一変していた。あの時俺に傷を付けた張本人と同じ空間を共有している今となっては、あんなに躍起になっていた自分が滑稽に見える。
だから、俺は願いを別の物へと変えていた。そしてその願いは、今日叶う。
3日前に手術をし、今日包帯がはずれた。
あれだけ深かった傷が、こんなにもあっさりと簡単に消せてしまえるこの時代。まだうっすらと跡は残っている物の、数日もすれば跡形もなく消えるだろうと医者に言われた。
この傷と共に死線をくぐり抜けてきた俺にとっては、少し複雑な気分ではあったが、それでももう今の俺に、あの忌まわしい傷に願を掛ける必要は無いのだ。
無いと思わなければーー。
「これで良かったんだ。これで……」
俺はそう呟くと、病院を出た。
「雪……」
自動ドアが開くと、突如吹き込んできた冷たい風に、身を竦めた。よく見ると、雪がちらほらと舞い落ちている。それはこの冬初めての雪だった。
「さむ……」
コートの襟を立て、外気に晒されていた首を覆う。出来ることならこのまま直ぐ帰りたいのだが、今日はこれから行かねばならない所があった。
消してしまった傷が叶えてくれた願いを無下にはできない。
それは、母上の釈放。
停戦条約が結ばれた日、拘束された母が今日やっと釈放されるのだ。俺はこれから母を迎えに行かなくてはならないのだから。
包帯を付けている間は運転が出来なかったため、病院へはエレカで来ている。まずは一旦家に車を取りに戻ろうと、エレカを拾うためにメインロードへと歩き出した。すると……。
「イザーク!」
不意に後ろから声をかけられた。
こんな所で俺を呼ぶ奴がいるなんて。誰かと思い、声のした方向を向くと、そこにいたのは……。
「サラ!」
幼い頃から家族ぐるみで付き合いのある、同い年の少女、サラ・フユツキ。
サラは、鼻を赤くして身を竦めながら立っていた。
「サラ……何で貴様がここにいる?」
慌てて近付くと、少し息を切らしているのが分かった。どこかから走ってでも来たのだろうか。
「これからおばさまを迎えに行くんでしょ? 私も行く」
「はぁ? 貴様には関係ないだろうが」
「関係あるよ。私だっておばさまの事大好きだもの」
サラの母親は、まだ俺達が幼い頃に他界していた。だからサラは、俺の母を本当の母親のように慕っている所がある。
だがーー。
「今日は……駄目だ」
「どうして?」
「駄目なものは駄目なんだ」
「おばさまが戦犯扱いだから?」
「……」
俺は反論しない。
戦争中は、あれだけもてはやされていた母。だが、今となっては悪の象徴でしかあり得ない。
母の近くでおべっかを使っていた者達は、停戦と同時に手のひらを返したように母を糾弾した。何も知らない民間人達は、それ見たことかと冷たい反応を見せた。
コーディネーターを。
仲間を守ろうとして必死に戦った結末が、これ。
母との待ち合わせの場所には、そんな冷たい反応を見せる者達ばかりがいるのだ。そこへサラを連れて行くわけにはいかない。
「イザーク」
ふわり。
母の事を考えている内、思わず暗くなってしまった俺の首に、何かがかけられた。
「これは……マフラー?」
「今夜は冷えるってニュースで言ってたから、持ってきたの。イザークの瞳の色をイメージして作ってみました~」
「サラが作ったのか?」
「そうだよ。ほら、ここにはおばさまの分もあるの。皆色違いのお揃いなんだよ」
かけられたマフラーを見ると、とても細かく丁寧な編み目で。これだけの物を編むには、かなりの時間がかかっただろうと思わず感心してしまった。
「ちゃんと巻き付けなきゃ、首元が冷えるでしょ?」とサラが俺の手からマフラーを取り上げ、首に巻き付けてくれる。
その暖かさと柔らかさが、心地よかった。
「イザークは『性格とは反対に』肌が繊細だからね。良い糸使ってるのよ~。大事にしなさいよね」
「俺は性格共々繊細なんだ!……貰える物は貰っておくさ」
「素直じゃな~い」
「知るかっ」
拗ねるサラに、俺はにやりと笑みを浮かべる。そんな俺を上目遣いにじっと睨み付けていたサラだったが、ふっと小さく笑うと言った。
「ほら、早くおばさまを迎えに行こう? 直ぐ近くに車を止めてあるから」
「聖が運転してきたのか? お前、免許なんて持ってなかったはずじゃ……」
「うん、取り立て」
「俺が運転する!」
「駄目~。私の車だもん。私が運転するの」
「貴様の運転する車なんかに乗れるか!」
「何よそれ~! ここまで来れたんだから大丈夫よ!」
「そんなの偶然だ! これ以上貴様が運転してると、何が起こるか分からん!」
「ひっど~い!!」
先ほどまでのしんみりした空気はどこへやら。だがいつもと同じ、顔を合わせるたびにしている小競り合いは、どんな状況でも変わらず俺に接してくれていたサラの姿を象徴しているようで。
ーー嬉しかった。
「もう、埒があかないわ!」
突然サラはそう言うと、俺の手を握った。
「なっ!?」
「こんな所で言い合いしてても埒があかない。こうなったら体で実感して貰うわよ。私の運転の安全性!」
「はぁ?」
「行くわよ! イザーク!!」
「ちょっ……待て! サラ!!」
強引に俺の腕を引っ張り、車へと急ぐサラ。
引っ張られながら悪態を付いていた俺だったが、少しずつ地面を白く塗り替えていく雪の冷たさを忘れるほどに、温かいマフラーと。
繋いだ手から伝わってくる聖の温もりと。
本当は気付いていた、さりげないサラの気遣いに、俺は感謝していた。
「ねぇ、イザーク。」
助手席に乗り込んだ俺を、サラが呼んだ。
「何だ?」
「おばさまより先に言って良いかな?」
「何をだ?」
いきなりの言葉にわけが分からず首を傾げる俺の顔に、サラの指が近付いてくる。
その指は、そっと俺の眉間から頬をなぞった。
丁度、傷のあったその場所を。
「……お帰りなさい。イザーク。」
オカエリナサイ
唐突に紡がれたその言葉は不可解な物。だが俺は、そこに秘められた意味に気付く。
それはまだ傷をもらう前の……サラといつも一緒にいた頃の俺への言葉。
「……ただいま」
俺がそう答えると、サラは優しい微笑みを見せた。
その微笑みに、俺は確信する。
傷を消してーー
「良かった」
「え? 何? イザーク」
「何でもない」
「変なの」
「変で悪かったな」
ムッとしながら、サラの体をぐいと引っ張ってやる。
「きゃっ! イザー……!」
サラが悲鳴をあげ、直後言葉を失う。
ーー俺のキスに驚いて。
「……待たせたな」
小さく耳元で囁く。照れくささを隠すために。
そんな俺に、サラは顔を真っ赤にしながら答えた。
「待ってた……ずっと。お帰りなさい」
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