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夏油傑×虎杖悠仁

おはようございます、こんにちわ、こんばんわ。そんな挨拶がよく飛び交う住宅街に住んでいる俺、虎杖悠仁は祖父とそれなりに生きていた。ご近所付き合いも程よく。そんな日々に新しい風が吹いたのは、小学六年生の時だった。お向かいにあるアパートの空き部屋に越してきたのは全身まっくろくろすけのお兄さんで、小学生ながらミステリアスな人がやってきたぞ!と思ったを良く覚えてる。
 なんたって引っ越し荷物がギターバッグひとつだけ。そんな身軽でやってきたお兄さんは人見知りのようでご近所付き合いが悪い。向かいの戸建てに住んでる俺たちのところには挨拶に来なかった。向かいのアパートに越してきたら、大家さんがアドバイスを送って我が家というかじいちゃんに挨拶するようになっていたはずなのだが。じいちゃんはご近所さんに挨拶ができる人に悪いやつはいない!としょっちゅう言ってるくらいだ。ここで最初の挨拶がなかったらこの地域一の頑固ジジイに嫌われてしまう。前にそういう人がいたが、段々と近隣住民にも虎杖さん家に挨拶行かなかった人、と信用されなくなりうまく行かなくなって出ていくことになってしまった。ギターバッグひとつでやってきたミステリアスなお兄さんに興味が湧いてるから、そんなすぐにいなくなられたらやだなと思う。そう思えばはあとは行動するのみ。お兄さんの部屋に突撃する事にした。

–ピンポーン

チャイムを鳴らしても出てくる気配がない。しかしいる事はわかっているんだ。だってバリバリにギターを演奏している音が聞こえるんだから。しかしギターってもっとメロディみたいなの演奏しているイメージだったけどぼーんぼーんみたいな音しかしない。演奏を聞くにしてもつまんないなって思う。しかし今日は演奏を聴きにきたわけじゃない。うちのじいちゃんに挨拶にくるように言うために来たんだ!

–ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン

五回目のチャイムで楽器の音が止み足音が聞こえてくる。よかった、出てくれる!と期待して扉の前にいると勢いよく扉が開かれた。そして聞こえてきたのは。

「ちっ……ガキかよ……」

すごくめんどくさそうな声が小さく聞こえてきた。でもここでめげる虎杖悠仁ではない。

「目の前の戸建ての虎杖です!」

「ああ、虎杖さんね。ベースの練習の邪魔しにきたのかな?」

俺の身長に合わせてお兄さんは屈んでくれたけど顔にはさっさと帰れと書いてある。そんなことより気になる単語が出てきた。

「お兄さんの楽器ってギターじゃないの?ねえどんな楽器なのそのベースって!メロデイ演奏じゃないからつまんないけど低音がかっこよかった!」

そう捲し立てると豆鉄砲食らった鳩ってこういうこと言うんだろうなっていう顔をしていた。そうして頭をガリガリかいた後、ほんの少ししか空いてなかった扉を大きく開く。

「言葉で説明するより実際に見た方がわかると思うよ」

「お邪魔していいの?!やったー!」

喜びの舞を少し踊ったあとすぐさま部屋の中へと突っ込む。それを見ていたらしいお兄さんがふはっ、と吹き出すのが聞こえた。これ、仲良くなれそうな気がしてきた!

「君、親に知らない人についてっちゃダメって教わらなかったの?」

変なこと言うな、と思いながら返事をする。

「知らない人じゃないじゃん。ご近所さんだろ!」

「なるほどね……」

妙に納得したという表情をしていた。だって本当のこと言っただけだし納得してくれたなら良かった。

1Kのアパートだから玄関からすぐに部屋が見渡せる。そこにはベースと繋がれた四角い箱以外必要最低限のものしかない、とても殺風景な部屋だった。

「ねえ、お兄さん」

「何かな」

俺は胡乱げな目と声で話しかける。

「床に直座りは腰に悪いからせめてソファ買った方がいいよ」

「ご忠告どうも。その内考えとくよ」

これ絶対買う気ないのを察知する。腰痛めるよりマシだと思うんだけどなあ。

「ところでこのベースに繋がってるこの箱なに?」

箱に近付いて恐る恐る触って見るけど別に何も起きなかった。

「ああ、それはアンプと言ってね、エレキと呼ばれるベースやギターの音を大きくする機械だよ」

「へえ!じゃあアンプがなかったどんな音するの?」

「やってみようか」

すぐにコードを抜くのかと思ったら、ボリュームらしきものを弄ったりなんだりしてからようやくコードを抜いた。なんだかちまちまやる事が多いみたいだ。早く音を鳴らしてくれ!とワクワクとお兄さんを見つめてると急に視線が合う。

「ほら鳴らすよ」

ごくっという唾を飲み込む音がお兄さんに聞こえてそうなくらい大きい音が出たけどそれくら期待しているからしょうがない。初めて見た楽器の初めて聞く生音!

–ぼーん


それは玄関越しで聞いた音よりショボい音だった。あまりのショボさにツボってしまい思わず笑い出してしまう。

「ベースの生音でここまで笑う奴初めてだ」

そういうお兄さんは俺に釣られたのかククッと押し殺したような笑い声を上げた。

「アンプがないとこんなショボい音なんて練習の時笑っちゃって大変じゃないの?お兄さんには」

「生音で笑うの君くらいだと思うよ。……あと、お兄さんじゃなくて私の名前はげとうすぐると言うんだ。名前で呼んでほしいかな」

「わかった!よろしくすぐる!俺は虎杖悠仁!俺のことも名前で呼んでよ!」

名前を教えてもらえた嬉しさで笑顔で答えるとすぐるは一瞬顔を背けてンンッと喉を鳴らした。唾が気管に入ったのかなと思って心配してすぐるのことを見上げてるとそのままの状態で頭に手のひらが置かれる。

「よろしく、悠仁」

「?うん!よろしく!あ、そうだアンプに繋げた音聞かせてよ!なんだったら一曲弾いてよ!カッコいいところみたい!」

と捲し立てるとまたすぐるはンンッと唸ったあと、テキパキとベースとアンプを繋げる。そのあとデジタルオーディオプレーヤーをスピーカーに繋げていた。

「なんでデジタルオーディオプレーヤーがいるの?」

「ベースの音は低音域で、なんといえば……目立つわけじゃないけど曲そのものを支えるパートだからメロディがあった方がなんの曲かわかるからね」

「ふーん」

なんだかよくわからないなと思いながら床に胡座をかいてベースを構えたので慌てて俺はその場で正座をした。デジタルオーディオプレーヤーから流れ出した曲は最近流行ってるエア弾きで有名なバンドのフラれた女の人が忘れられない、と言う曲だった。選曲が予想外でびっくりしたけどこの曲は学校の朝の歌の時間でよく流してるので知っている。そしてクラスメイトと一緒に踊りまくってるから振り付けも完璧だ。なのですぐさま立ち上がって踊り出す。この曲メロディしか聴いてなかったけどベースという低音が聞こえると途端に楽しい曲からカッコいい曲になるんだ!と驚く。

じゃんじゃんじゃじゃーんと言うメロディが流れたらこの曲は終わりだ。曲が終わった瞬間すぐるの方を見るとなんだか楽しそうな顔をしている気がした。この人無表情ぎみだから、なんとなくだけど。すぐるが顔を上げた瞬間目の前に勢いよく座る。

「すげー!スッゲー!ベースの音がはっきり聞こえるとこの曲楽しい曲じゃなくてかっこいい曲になった!すごい!しかも演奏すげーうまいじゃん!すぐるもカッコよかった!」

興奮ぎみにそう伝えると今度こそ嬉しそうな顔をしっかりしていた。

「ベースの良さを知ってもらえて光栄だよ」

そんな会話をしているとふと聞こえてきたメロディは五時をお知らせする音楽だ。

「いくら目の前とはいえ、君は帰った方がいいんじゃないか?」

「うーん、そうだね」

早く帰らないとじいちゃんがうるさいぞ、とじいちゃんのことを考えてるとようやく今日きた理由を思い出した。

「あーーーーー!そうだ、今日はすぐるに用事があったんだった!」

「へえ、何かな」

「うちに挨拶に来て!うちのじいちゃんって近所に顔が広いから引っ越しの挨拶してこなかった人、みんなご近所付き合いがうまく行かなくなって引っ越ししなきゃ行けなくなるんだ」

すぐるの腕を掴んで必死に訴えると、すぐるは何か考えたあとこっちを真っ直ぐに見てくる。

「まだ仲良くもないご近所さんにその忠告をしにきたのかい?」

「だってギター……じゃなかったベースバッグひとつで引っ越してきた面白そうなお兄さんがすぐ引っ越すのはつまんないと思って!」

それを聞くとまたもや顔を背けて吹き出していた。なんか面白いこと言ったかな。

「いやいや、ご忠告どうもありがとう。それなら近日中に挨拶に行かせてもらうよ」

「待ってるからね!」

「とは言えもう五時だ。子供は大人しく家に帰る時間だよ。またいつでも来ていいから帰るといい」

すぐるがそう言うと立ち上がり、ベースをポール見たいなものに立てかけると俺を玄関まで誘導してくれる。

「じゃーねー!またベース聴かせてね!」

ぶんぶん手を降りながら帰ると、俺が自宅の玄関に入るまですぐるは部屋に戻らなかった。

「見つけた、私の太陽」

すぐるの玄関先と俺の玄関先で距離があるから聞こえるはずもないけど何かすぐるが言ったような気がして振り返る。しかしそこにはうっすら微笑んでるすぐるが手を振ってる姿しか見えなかった。玄関入る前最後の一振りだ!と大きく手を振りかえして俺は帰宅したのだった。

あの後、本当にすぐるは包んだ蕎麦と共に挨拶にきた。営業スマイルってこれのことかあと思いながらすぐるの顔に張り付いてる笑顔をじいちゃんの隣で見ていた。しかしじいちゃんはちゃんと手土産を持って挨拶に来たすぐるを気にいったらしく、音楽活動頑張れよ、とまで言っていた。これですぐるの今後も安心できる!と思うとニコニコする顔を止められなかった。


ご近所付き合いがこの地域では重要と気が付いたのかすぐるは挨拶されればきちんと返す好青年になっていた。そんなすぐると俺は九歳ぐらい歳が離れている。初めて会った時は大学生だったのに五年も経てば大学を卒業している。なんとすぐるは大学のサークルで組んだバンドがそのまま人気になり大学卒業後インディーズだけどデビューしていた。大学生という人生の夏休みをバンド活動で謳歌した生活は卒業後も対して変わっていない。

ライブにレコーディングに作曲に日々の鍛練とそれなりに忙しそうだったけど、俺がお邪魔しに行けば今度やる曲なんだと言って生演奏を聞かせてくれるのも変わりなかった。

「悠仁の方はどうなんだい」

「運動部の助っ人やったりしてる!」

「そのまま運動部に入ればいいのに」

そんな冷たいこと言うんだ!すぐるは!と俺は嘘泣きし始める。

「よよよ、そんな冷たいこと言うんだ……せっかく早く帰ってすぐるの演奏聞きに来てるのに!」

そう言うとお得意の顔を背ける仕草をする。そしてなんだか震えてるな、と見守っていると急に背筋がシャキンと伸びてこっちを振り返る。

「じゃあ今度の土曜日、ライブくる?実は次のライブで歌うんだよね」

「いくーーーーーーー!行くに決まってんじゃん!歌うって決まってるならもっと早く言ってよ!」

ベースを支えてない方の腕、右腕を掴んでぶんぶん振り回す。最大の抗議のつもりだ。
ああ、そういえばこの五年で変わったことがひとつある。すぐるの家が一人暮らしらしい家具や荷物で増えたことだ。絶対買う気がないだろうと思ったソファもなんと買っていた。いつだか床に座るのは腰が辛い!って騒いだ翌日には設置されていた。今も2人してソファに座っている。

「いやいや、話を聞いてると部活動の英雄になっているみたいだからライブなんて行ってる暇なんかないかと思ってね」

「それとこれは話違くない?!絶対行くから!チケットちょうだい!」

「はいはい」

ベースのストラップを肩からかけたまま立ち上がるとバンド関連のものを仕舞っている引き出しからすぐにチケットが出てきた。すぐに出てきたってことは本当に元々俺に渡す気があったのかと思ってニコニコするのが止まらなくなる。

「いつも通り小さいハコだから人にもみくちゃにされないようにね。まあ悠仁なら大丈夫だろうけど……」

「まっかせとけって!」

そう返事をするとしわくちゃにならないように制服のポケットに突っ込んだ。
これから土曜日までライブの打ち合わせ等で家を開ける事が多いから部活動の助っ人でもしてなよ、と言われながら俺は帰った。すぐるが歌うってなに歌うんだろ。バンドメンバーのわがままちゃんが選曲することが多くて、たまにアニソン弾いたり、洋楽弾いたりとジャンルがバラけてるから予想がつかないな。そんなことを考えながらも運動部の手伝いをして土曜日が来るのを待った。

ついにきた土曜日、なぜだか俺が緊張してきた。おかしいな、と思いつつライブの始まる時間に合わせて電車に乗り込む。辿り着いたライブハウスの前には人だかりができていた。すぐるが所属するバンドのボーカルが例のわがままちゃんなのだが銀髪青目の羨ましいほどのイケメンなため女性ファンの層が厚い。でも唯一の女性メンバーがいるのだがそこに男性ファンがいるので女性ばかりのライブというわけではない。
二時間ほどのライブだけどすぐるはいつ歌うんだ……?セトリだけでも聞いてれば良かった……!と反省していると入場が始まる。最前のドセンターを狙って移動する。こういうときガタイがよくて良かったと思う。
曲が始まれば腕を上げて、グッズのタオルを回したりしてノリノリで楽しむ。でも心のどこかでいつすぐるの出番なんだろうとソワソワしているせいか何だか今日はいまいちノリきれなかった。

ライブが始まってから一時間ほどしてMCが入る。ボーカルが喋り倒している中、すぐるの方を見ると目が合う。すると特別ファンサービスなのか微笑まれた。ライブ上で目があった時のすぐるはいつだって初めてベースを聞かせてくれた日のような顔をする。すると周りのすぐるファンだろう人たちが悲鳴を上げた。まあ、そりゃそうなるだろうな、と思うけどあの微笑みは俺に向けてなんだよなあと思うと優越感みたいなのを感じる。

ステージ上のボーカルと唯一の女性ドラマーが急にファンサすんなと怒り始める。そこから急にボーカルがニヤニヤし出して、今日のラストは傑の歌で締めるからなー?と言い出す。うそ最後なの?!最後までこっちが緊張しっぱなしじゃん。
MCが終わりラストに向けて大盛り上がりしている中俺はどこか上の空だった。しかし演奏が止み、ステージのライトが落ちるとようやく我に帰った。これ、もしかしてラストなんじゃ!

暗闇の中、ステージ上で立てていた足音が止むとスポットライトがまた輝き出す。しかし光源はそのスポットライトしかないのだからどこか暗さも感じる。なのに。ステージの中央に立つすぐるが眩しくて直視できない。俯いていると曲が始まる。眩しいとわかってるのに思わず顔をあげる。

その歌は君は道を照らす空だから心を捧げるよ、という歌だった。その歌い方は流し目で気怠げで、簡単に言えばセクシーだった。歌声を聞いた瞬間思ったことは恋に落ちる音ってこんな歌声なのかもしれない、だ。ライブの熱で変なこと考えてんなと他人事のように思う。

スポットライトが落ちてライブハウスが明るくなるまで立ち尽くしていた。人混みが減って行くのに気づいて慌ててカウンターに近づく。ライフハウスでは五百円ほど支払って飲み物をもらうのがマナーだからだ。とりあえず水のペットボトルをもらうと、それを片手に飲みながら帰った。帰ったのはいいけど、どうやって帰ったのか覚えていない。夢遊病のように無意識に足が動いていて気がついたら自室にいた。でもなんだかそわついて寝れないので走り込みに行こう!とジャージに着替える。

早朝のランニングはいつもしてるけど、あの気怠げに歌うすぐるが頭から離れない状態で走るのは初めてだ。頭の残像を振り払うように軽く5キロ走って家に戻ってくると玄関にはベースバッグを背負う人の姿が見える。今、どんな顔して会えばいいのか分からないけどここで反対方向にまた走り出したら、すぐるの機嫌が悪くなるのが目に見えてるから諦めて近づく。

「すぐる、も帰ったんだね」

キョロキョロと目線も合わず挙動不審な俺に対してすぐるは落ち着いていた。

「そう言えば、感想聞きそびれたな、と思ってね」

今日じゃなくてもいいだろ!としどろもどろに視線を彷徨わせるとすぐるの手にあるペットボトルには小学生男児みたいな落書きがしてあった。大体犯人わかってるけど、思わず笑いそうになるとそれに気づいたすぐるがペットボトルを持った腕を顔の高さまで持ち上げる。

「悟のやつ、いつまで経ってもこの落書きやめないんだ。まあ水なんてみんな一緖だから目印は必要なんだけれどね」

そして腕を下ろすと、真剣な顔つきに戻る。

「で、どうだった?私の歌は」

まるで追い討ちをかけるみたいにライブの時のような流し目で俺を見てくる。思わず歌ってる時の色っぽいすぐるを思い出して顔が赤くなるのがわかる。

「え、あっ、あっー!かっこよかった、です……」

なんとか振り絞って感想を伝えると、まじまじとこちらを見てきた。

「フゥン、なるほどね……」

なるほどとはどういう意味だ?とすぐるの目を見るとにっこり笑う。何か嫌な気配がするなと構えてるとすぐるが喋り出す。

「そんなに良かったらなまた来てくれないか?今度は楽屋に呼ぶよ」

パチン、という音がしそうなウィンク付きで言われた事を理解した頃には赤い顔がさらに赤くなる。

「は、はひ」

楽屋に呼ばれたら何があるんだろうと顔を赤くしたり真っ青にしてると、百面相の原因である男は高笑いをしながらアパートへと消えてった。

どうしよう、今日、寝れないかも。
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