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上鳴電気×緑谷出久

興奮冷めやらぬ文化祭後、耳郎の部屋はちょいちょいAバンドのみんなが楽器を演奏しにくることが日常的になっていた。かく言う俺、上鳴電気もそのうちの一人だ。文化祭のときはじめてギターを持ったド初心者だけど、それでもみんなでバンドをやったり楽器を演奏する楽しさはいっちょ前に理解したつもりだ。
そんな俺は真新しいスコアを持って耳郎の部屋へと向かう。Aバンドの練習である程度はギターを弾けるようになったとはいえまだまだ初心者の域からでない自覚はある。だから今日も一人いそいそと自主練をするつもりだった。


 放課後、耳郎の部屋に行くと既に部屋の主は帰宅していた。

「よっす。ギター借りに来た」

「お、上鳴じゃん。いいよー」

 勝手知ったる仲とでもいうのか一言やり取りした程度でギターを拝借する。

「あ、昨日ギターとベースは全部チューニングしたからもうそのまま弾けるから」

 机に向かっていた耳郎が俺に向かって少し声を大きめにして伝えてくる。お礼を言う前に耳郎はまた机に向き合っていた。多分、今日実習訓練でダメだしされたところの反省会でもするのだろう。机の方を向いて数分もしてないのにシャーペンのお尻で頭をつつきながらうんうん唸っている。
今日持ってきたスコアを拙いながら頭から弾いてみる。このスコアは弦楽器のところはタブ譜になっているので初心者の俺でもゆっくりならなんとか弾くことができた。一小節を弾けたら二小節目を。二小節目が弾けたら一小節から連続で弾いてみる。これを続けてイントロが一通り弾けた頃顔を上げると耳郎が見たことのない生物を見たかのような心底驚いた顔でこっちを見ていた。流石に耳郎だってこれがなんの曲かわかったんだろう。

「小さな恋のうただ」
 
 まるで誰かに聞かれたら困るかのように小さな声でつぶやいた。

「ただ、新曲練習してるだけじゃないでしょ」

 真面目な声で問われる。そんなに練習してる俺ってバレバレ?そんな思いは隠して何でもない風を装って返事をする。

「なんのことかわかんねえ」

 俺の返答を聞いた耳郎は反省会はどうしたのか立ち上がってギターを抱えてる俺の隣を陣取った。

「あんた、恋してるでしょ」

「そうだよ」
 
 タブ譜とギターの弦を交互に見ては少しずつ弾いていた俺は顔もあげず答える。それは自分でもびっくりするほどまるでなんでもない、ただの日常会話のようで、照れも絶望もないたんたんとした返答だった。明日の天気は晴れらしい、そんなノリのような。
 耳郎は一気に興味を惹かれたのか俺の顔をまじまじと見つめながらじりじりと近づいてくる。

「ねぇ、その曲弾けるようになったら相手に聴かせるの?」

「聴かせるつもりも告白するつもりもないからこの曲練習して気持ちを発散させるだけだし」

 これは本音だった。自分も相手もプロヒーローを目指している同志。いつ死ぬかわからない職業に就こうとしてこの学校に入ったのだ。この気持ちを伝えたことが学業の支障をきたしたら、それはこの俺自身が許せなくなる。だから伝えるつもりはなかった。

「そんなん勿体ないよ! 相手を想って曲を練習するなら聴かせなきゃ! 聴かせてオトさないとロックじゃない!」

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか耳郎は声を荒げて否定する。

「耳郎と違ってロックを目指してるわけじゃないんですが……俺は……」

 これでお茶濁せないかなー、なんて甘い計算をしていると隣のロック野郎は急に立ち上がった。あ、やばいやつかも、と思った頃にはもう遅かった。

「もー! こうなったらAバンドで応援するしかないでしょ! ちょっと待ってAバンドのグループチャット飛ばすから!」

 話を聞かない耳郎は俺の制止も気にもとめず己のスマートフォンを机の上から取ると素早く操作をする。

Aバンドグループチャット

『上鳴が好きな人のために新曲練習してんだけど』

『それをAバンドみんなで応援したいのでみんなでその曲練習して上鳴の好きな人のためだけのライブを開きます!』

『ボーカルはもちろん私じゃなくて上鳴!』

 耳郎のチャットが一旦止むとぽこん、と通知音がする。画面を見れば八百万と常闇だった。

『素敵だと思いますわ。もちろん協力させて欲しいです』

『我も協力しよう。しかし……最後の一人は説得できるだろうか』

 この二人は言い出したらきっと賛成するとは思っていた。最後の砦は我がAバンドの何様俺様ドラマー様だけだ。コイツだけは否定してほしい。というか頷くとは思えない。でも案外気を許した相手には優しいから最後はなんだかんだいって付き合ってくれるやつだ。もしかしたら賛成する可能性もある。恐る恐る最後の通知からグループチャットの画面をみると……

『どうせ相手アイツだろ。アホ面は趣味悪ィんだよ。音で殺るからにはぜってぇオトさねぇと殺す』
 
 案外あっさりと了承が得られて拍子抜けした。しかも爆豪だけが相手をわかってる事実は耳郎にとって許せなかったらしい。部屋にいる俺に詰め寄ってくる。

「ねぇ⁈ 誰! 相手! 爆豪がわかってるとか誰それ⁈」

 言い寄られて困ってる月九の中の役者のように頬をかいて視線があっちこっちいくが結局最後はライブで呼ぶのだから今隠し通してもいつかはバレる。だったら、と俺は腹を括りスマホを弄る。耳郎一人に教えてもそのあと三人も伝えなきゃならないならもういっそのことチャットで送った方がはやい。チャット画面に素早く想い人の名前を打ち込む。この恋は重症かもしれない。
 好きな人の名前が視界に入るだけで一瞬胸の鼓動が早くなる。チャットを飛ばした、と思ったら爆豪からも飛んできた。ほぼ同時に発信された文には『緑谷』と『クソナード』が並んでいた。
チャットの通知がぽこぽこ止まらなくった。

『まあ!緑谷さんですの⁈』

『緑谷とは…………将来有望株に手を伸ばす勇気を持っていたのだな』

『ところでなんで爆豪さんは上鳴さんの想い人が緑谷さんだと分かったんですの?』

『見てりゃわかる』

 耳郎は「へぇー、緑谷ねぇ。緑谷かー! それはわかんなかった!」とまるで修学旅行の夜かと思うほど恋バナでテンションが上昇している。それをみているとなんだか冷静になり「たかが俺の恋にテンション上げすぎ」と突っ込むが相手は聞いてないようだった。
一通り緑谷かー! と言い続けた耳郎が急に黙り込むと俺の正面に立つ。いかにも今から大切なお話しますよという顔を作ってから口を開いた。

「私たちはいつ死ぬかわからない職業を目指してここにいる。今までだって誰かが命を落としてもおかしくない状況を乗り越えてきた。私たちの短くてそして最高にロックな人生に青春がなきゃそれこそダサい人生でしょ。」
 
 そう言うと今度は目を輝かした。表情がうるさ、いや豊かだなと思いながら続きを促す。

「だから私、今とっても嬉しい! 上鳴を通して今またAバンドで青春ができることが嬉しい!」

 お次は俺の肩を満足行くまで叩く。なんだか恋をしてる俺より興奮してねえか?女子ってこんなもんなの?

「きっとこれは忘れられない思い出になる。引退か殉職かわからないけど私たちがヒーローとして死んだとき、きっと大切な思い出として輝くんだ」
 耳郎の言葉が胸に刺さった。そうだ。そうだった。俺たちは引退か殉職か、どっちかを選ぶことになる。選ぶというか運命に導かれるんだ。それはどう考えたって引退の方が気持ちが良いのはわかってるがこればかりは自分では選べない。俺の想い人は所謂死に急ぎ野郎だからぶっちゃけるといつか自分の方から殉職の道を選ぶんじゃないかとひやひやしている。

「ライブをやったその先何が上鳴を待ってるかわからない。でもいつでも伝えられると思って気持ちを伝えなかったら絶対後悔する日がくる。私はそんな後悔上鳴にしてほしくない。ヒーローとして死んだとき、あの時ああしていたらってウジウジするのはかっこ悪いじゃん。ヒーローとして死ぬ時が引退であって欲しいけど、その時最高にロックでカッコイイチャージズマでいてよ」

いつものジャミングウェイではなく正式名のチャージズマが出てきたあたりこれは耳郎にとっての本音だ。本音をストレートに伝えてくるからこそどれだけ俺を気にかけてくれてるのかが伝わる。しっかりと俺の目を見て耳郎は大きく頷く。

「だから、ライブ成功させよう」






 耳郎は次の日の放課後にAバンドの面子を自室に集まるようチャットを飛ばしていた。いやいくら想いは伝えられるときに、とは言っても行動が早すぎやしないか?なんだか落ち着かない気持ちでいる俺は無視して耳郎はみんなの視線を集めるため手を数度叩いた。

「スコアは上鳴が持ってたやつコピーしたから今から配ります」

 そう言うと爆豪、常闇、八百万にコピーしたスコアを配る。もしかして学校のコピー機無断で借用したのか?案外食えないやつだよなと感心していると話題がいきなり俺に移る。

「ぶっちゃけこれ演奏する上で一番の問題点って上鳴なんだよね」

「なんで俺ェ?まあ初心者だけど……弾けそうな感じしてるんだけどなー」

 文化祭で散々シゴかれた後だしこれくらいなら練習すれば歌いながら演奏はできそうな気がしていたから何故俺がわざわざ指名されるのかがわからなかった。

「だって観客がいるんだから!」

 耳郎は声高らかにそう告げる。観客がいるのは文化祭だって同じじゃないか?

「曲が始まってからはどんだけ手元見てもいい。でもサビだけは顔を上げてたった一人の観客を見ろ」

「観客の顔……でも手元見ずにってキツくね⁈」

 手元を観ずに演奏って難易度高くないか?そんな不安が顔に出ていたのかすぐさま宣言が飛んでくる。

「なのでギターを学校にも持ち込んで休み時間は特訓するから」

「しごかれる……」

 学校だって毎日実習訓練もあるし普通の座学だってある。その合間を縫って練習とは。
毎日くたびれてベッドに横になる自分がありありと想像がつく。そんな怖い想像は頭の隅に追いやって気になったことを質問する。

「てかいつライブすんの?」

「ああ、それは弾けるようになるまではって練習してても明確な目標がないと絶対にダレるから1ヶ月くらいを期限にしようと思う」

 目標なき鍛錬ほど無駄なものはないというのはわかるのでそれは納得する。目標がないと長続きしないのは鍛錬だけじゃなくて趣味全般において通じる話だろう。

「んでライブの日は勤労感謝の日。学校休みになるからね」

「ということは一ヶ月半が練習期限ですのね」
 
 八百万がパッと日数計算を済まして答えると耳郎はいつもそんな顔でいればいいのにと思うような満面の笑みで頷いた。

「そ。でもライブ場所どうしようか悩んでて。ライブハウス貸し切るには日が近すぎるし高いし」

「わたくしのお家の講堂借りれるか聞きましょうか?」

「俺のためにそこまでしてもらうのは申し訳ないっていうか……」

 何度か勉強会でお邪魔させてもらった八百万の豪邸を思い出すだけでぶっ倒れそうだった。ただ告白するためだけのライブであの豪邸を使うなんて贅沢すぎる。めまいを起こすんじゃないかと頭に手を当ててると爆豪の舌打ちが聞こえてきた。これは何か案があるのかもしれない。

「んなめんどくせぇこと考えなくてもいいだろ。観客一人しかいねぇんだったら練習スタジオで十分だろ」

「練習スタジオ⁈ その案いただき!」

 練習スタジオは耳郎の話でしか聞いたことないから敷居が高いという前に返事をされてしまった。

「スタジオの方は私が予約しとくから放課後は私の部屋に集まって練習すること!」
 
 止める隙もなくライブ会場は行ったこともない練習スタジオになってしまった。練習で一度も行ってないのに怒られたりしないのだろうか、そんな不安をよそに各々が担当の楽器の前に陣取っていた。やべえ、みんなマジで観客一人だけのライブやる気だ。
 それから毎日耳郎の部屋に集まっては練習する日々。なんだか文化祭再びという気分だった。初心者の俺がなんとか手元見ながらなら弾けるようになる頃には他のメンツは一通り弾けるようになっていた。そんな俺を見て耳郎は冷静にアドバイスをくれる。

「焦ると全部の演奏がおざなりになるからしっかり一つ一つやっていくしかないから」
 
 そう言われてもやっぱりあと半月しかないとくれば焦る。普段アホ面だの言われてる俺だって計画通りに行かなければやっぱり焦りが隠せなかった。焦るなとアドバイスをもらった次の日の休み時間、いつも通り音楽室に行こうと立ち上がる前に声をかけられた。クラスのムードメーカーの芦戸だ。

 「ねーねー、耳郎も上鳴も休み時間いっつも楽器持ってどっか行っちゃうけど何してんの?」
そこへ俺の机へと向かってきた耳郎が代わりに答える。

「えー、内緒」

 そんなんじゃ納得いかないよ!と言いたげな芦戸の背後からもう一人やってくる。普段よくつるんでいる赤髪。切島だった。

「爆豪も放課後、耳郎の部屋に言ってんじゃん!なになに、もしかしてまたAバンドでライブでもすんのか⁈」

 うーん流石にバレるよなあ、と思いつつ俺はまばたきをゆっくりしてから意味ありげに笑ってみせた。

「さぁ?」

「あー!絶対そうじゃん!ライブじゃん! じろー、私も呼んでよー!」

 芦戸が響く声で叫ぶと反対に耳郎は冷静に返す。

「呼ぶ客はもう決まってるからなー」

「私もその中に入れてー! てかもう入ってる?!」

「さぁー? チケットが手元にきたら来れるかもね」

「えー!いじわる!」

 埒があかないと判断したのか切島が話題の切口を変えてくる。

「じゃあせめてなんの曲やるかくらい教えろよ」

「ネタバレになるのでダーメ」

「耳郎ってそんなケチなやつだったのか!」

 切島にケチと言われても耳に入りませんと言うかのように耳郎は俺に向き合う。

「てか時間なくなる! 上鳴、音楽室行くよ!」

「ま、そゆことなんで。またあとでなー、お二人さん」

 まだギャーギャー騒いで二人を他所にギターケースを背負うと耳郎を追っかける。その所作はなかなかに素早かった。いやはやギターケースの扱いも手慣れてきたもんだと自分ながら感心した。


 音楽室についてすぐにギターケースを降ろす。ふと、さっきの会話で疑問点があることに気づいた。

「ところでさっきチケットが手元にきたらつってたけど誰がチケット作んだ?」

「んなん決まってんじゃん」

 この流れはもう聞かなくてわかる。

「俺かよ……チケットとかどう作ればいいのかわかんねぇよ」

「それは安心して! 私が行ったことあるライブのチケットを参考資料として貸してあげるから。一人だけに出すんだし手書きでいいと思うよ」

 自分で作るなら手書き以外ないと思っていたから耳郎の中でパソコンで作るという選択肢があるっぽい言い方に驚く。

「いやむしろパソコンでデザインとかできねーし……」

「あーでも地図くらいはネットから見つけたの貼ってもいいと思う。それより練習!放課後の練習終わったらチケット達渡すからデザイン悩むのはそれからにして」

 そうして今日も休み時間はギターの練習で消えていった。正直心の片隅にチケットのデザイン案を考えなければいけないことが引っかかっていたけど。いつも通り放課後、耳郎の部屋に集まると俺と耳郎以外はもう集まって何か話し合っていた。

「なに話してんだー? 俺たちも混ぜてくれよ」

 そう声をかけると八百万と常闇が振り返った。

「あら、上鳴さん、耳郎さん。三人で相談をしていたんですの。もう最近皆さんからAバンドでなに計画しているんだ! とよく聞かれまして……」

「話を闇へと葬るのが多少困難になってきたな、と。しかし一人でも漏れたらこのサプライズは台無しになってしまうからな」

 芦戸や切島に聞かれたことはAバンドの面子も同じだったらしい。だってまだ十代だ。面白そうなネタがあるなら誰だって気になるのは仕方ないのかもしれない。

「ううん、みんなもかあ。それはどうしようか、困ったな……」

 耳郎が頭を抱えかけると爆豪が何が問題なんだという風に口を開く。

「んなの隠そうとするからヤツら探ってくるんだろ」

「そっか! 爆豪冴えてんじゃん!隠すからみんな聞いてくるならもう宣言しちゃえばいいんだ! Aバンドで
ライブやります! って」

「いや耳郎、でもそれ緑谷にも伝わっちゃうじゃん」

「だから!誰を招待するかはさっきみたいにチケットが届いた人だけですって言っとけば誰がライブ行けるのかは謎のまんまでしょ」

 ここまで聞いて八百万もなるほどという顔をする。

「それはいい案かもしれませんわ」

「でしょ⁈」

 褒められた耳郎は嬉しそうな声をあげる。よく見ると耳先が少し赤くなっていた。照れるほどそんなに褒められて嬉しかったのか?

「んじゃ、また誰かに聞かれたらこれで行こう!よーし、じゃあ問題解決したとこで今日の練習はじめよー!」

 俺の疑問は耳郎の掛け声とともに練習に没頭していく皆に後れを取るまいと慌ててギターを取り出しているうちに忘れてしまった。
 十時ちょっと手前で今日も練習は終了となった。参考資料のチケットを受け取るため練習が終わりほかの三人が解散したあとも俺一人だけ耳郎の部屋に残る。耳郎が本棚から取り出したのは中身が詰まってることが見てわかる分厚いハガキホルダー。

「うーん、厳選してこの三冊かな」

 そう言うとハガキホルダー三冊を俺に差し出す。とりあえず一冊を手に取りページをめくるといろんなデザインのチケットが仕舞われていた。真っ黒背景に白地でタイトルが入ってるシンプルなものからカラフルでゴテゴテしたものまで。

「やばい、余計にデザインがわからなくなってきた……」

「Aバンドらしさとか気にしないでとにかく自分の気持ちをぶつけたらいーんだってば」

 自分の気持ち……本当はしまって置こうとしていた気持ちをどう表現すればいいのかまったく検討がつかない。ここで思いつかないと悩んでても問題が解決するとは思えずとりあえず今日のところは自室に帰ることにした。

「ま、とりあえずこれ借りてくな」

 差し出されたハガキホルダーを丁寧に持ち上げると俺は落とさないよう気を付けながら部屋を去った。
 
 自室に戻って真っ先にしたのはネットで初心者向けのデザイン講座を漁ることだった。講座を見れば見るほどイラストだって描かないのにデザインなんてできる自信がどんどん失っていく。初歩に帰るかと耳郎から借りたチケットたちを眺めて重大なことに気づく。チケットの中で一番大きく描かれているもの。それはライブのタイトル。練習にかまけててライブの名前なんて一ミリも考えてなかった。タイトルがなければそもそもチケットのデザインすら考えられない。ギターの手元を見ずに歌いながら弾く練習にチケットのデザインを考えてタイトルも考える。やることが多すぎる、が率直な感想だが想い人である緑谷の顔が脳裏を過ぎると身体がやる気に満ちていくのを感じてあまりの単純さに自分のことながら思わず鼻で笑いそうになった。でもそれでタイトルが思いつくわけでもなくやっぱりライブに精通した耳郎に聞くしかない。

 次の日の練習のとき真っ先に質問してみた。

「なぁ、ライブのタイトルってどう決めればいいと思う?」

「はぁ⁈タイトル考えてなかったの⁈」

 相当驚いたらしくて甲高い声が音楽室に響いた。

「おう」

「バカだとは思ってたけど今まで本当にギターの練習しかしてなかったんだ……」

「バカで悪かったな!八百万ならなんかいいアイディア浮かばねーかな。Aバンドの命名も八百万だったし」

「まあ二人でタイトル考えるより五人で考えた方がいい案でそうだし放課後にみんなに聞いてみようか」

「はー、やるべきことが多すぎる!」

 声に出すと本当にやることが多すぎると実感となり思わず伸びをしてみる。

「あんたのためのライブなんだからやること多くて当たり前でしょうが!ほら!練習するよ!」

 耳郎の掛け声で今日も練習が始まる。

 実践授業以外はタイトルとデザインを考えるので頭がいっぱいになりほとんど聞いてなかった。さすが教師と言うべきかそれを見破った相澤先生からは授業後呼び出しをくらった。

「なにAバンドで企んでんのか知らんがお前らは学生の身。学業はしっかりやれ」

「あれ、活動やめろとか言わないんすね」

「まあ、な。青春できるのも今のうちだからな。やれることはやれるうちにやっとけ」

 クラス名簿で俺の頭を軽く叩いたと思ったら相澤先生はさっさと去ってしまった。告白するためにライブする、まではバレてないと思いたいけどこれは応援されてるのか?先生の許可を得たことは放課後みんなに報告すべきだろう。
 はやく先生公認になったと報告しようと放課後ちょっと早歩きで耳郎の部屋の扉を開けるとドラムの爆音が聞こえる。

「おー、おー、やってんねぇ!」

「おめぇはもっと早くこいや」

 そう言うと爆豪はもう俺に興味を失ったのかまたドラムで爆音を刻みはじめる。というか見渡すと部屋の主がまだ来ていない。呼び出しをくらった俺より遅いとはなにごとだ?

「あれ、耳郎は?」

「耳郎さんなら図書室に寄ってからくると仰ってましたわ」

 キーボードから離れて俺の方へと近寄りながら八百万が説明してくれる。

「図書室ゥ?」

「なので、先に皆さんで練習を初めておいて欲しいと言ってましたので上鳴さんも練習始めてはいかがですか?」

「そういうんならはじめるかぁ」

 各自自主練を初めてから三十分ぐらいしてから扉がいきなり開いた。ノックなしで入ってきたのだから誰なのかは明白だった。そんな無礼をできるのは部屋の主だけだ。

「おーす! やってる?」

 お前はおでん屋の暖簾をくぐるオッサンか、と突っ込みたくなったが耳郎も案外乙女なのでこういう弄りは機嫌が悪くなる。ぐっと堪えてなんで遅れたのか聞くことにした。

「練習サボって何してたんだ?」

「あれー?そんなこと言っていいのかなー?あんたのために初心者向けのデザインに関する本借りてきたのになー?」

 まさかそんな計らいをしているとは思わず床にひれ伏す。

「ははーっ! 神様仏様耳郎様!」

「もっと崇めるが良い」

 耳郎がふんぞり返って気を良くしたあと咳払いをひとつした。

「このバカがライブのタイトル一切考えてなかったとかぬかすから今日はみんなでタイトルの案だししたいと思います」

 お行儀悪く指さしで俺を示しながら耳郎が提案する。バカとはなんだといいたいがこの期に及んでタイトルのこと一切考えてなかったのは自分だ。否定はできなかった。
 耳郎が背の高い八百万の方を向く。なんかこうしてみると恋する乙女と告白されてるイケメン、みたいな図だなと思う。いや恋する乙女も告白待ちイケメンも二人が聞いたら否定しそうだし、自分でもなに考えてんだ?と思うけど。

「こういうのはヤオモモが得意分野かな、と思ったんだけどなんかいい案ない?」

「たくさんのお客様を相手にするわけではないのですしシンプルなタイトルが良いと思いますけど……」

「シンプルなものは苦手分野だ。これはほかのメンバーに任せよう」

 常闇はそう言うと黙りこくってしまった。これに対して八百万も、困ってしまいましたという表情を浮かべている。そんな中耳郎は思いつきました! と言わんばかりにはっとした顔になる。

「シンプルか。どストレートにいけばいいってことだよね。だったらアイラブユーライブとか?」

「それもうチケットで告白してんじゃん!サプライズの意味ねーじゃん!」

 速攻で俺が突っ込むといつだかはやったてへぺろの顔文字そっくりの表情をする。

「あ? バレた?」

「くそぉ! 耳郎も使いもんなんねぇ!」
 
 反省の色が見えない耳郎を見たあと頭を抱えてみるがただのポーズで、案なんてものは一切浮かばない。まあしかしもらった八百万のアドバイスだけは参考になりそうだ。だいぶふわっとしたアドバイスだけど。

「八百万、アドバイスサンキューな! あとは自分で考えてみるわ」

「でも上鳴さん、今日呼び出しされていたでしょう。あんまり考えすぎも良くないですわ」

「あ、それで思い出した!相澤先生に呼び出しくらったときに、青春できるのも今のうちだーって言われたからこれ先生の許可降りたってことだよな!」

「まじで!」

「まあ!」

 耳郎と八百万が声を揃えてあげる。そのあと二人でやったー公認だねなんてきゃっきゃしている会話を繰り広げていた。二人の楽しそうなきゃっきゃを見届けていると一人練習していたから聞いてないと思っていた爆豪がドラムの音を止める。ただでさえキツイ視線がさらにキツくなったところで唸るような声をあげた。

「先公にもバレてんならクソナードオトせなかったときはコロスぞ」

「うわ、プレッシャー倍増しじゃん……」

「まーまー、先生の許可とれて安心できたところで練習しよ!」

 爆豪によってプレッシャーをひとつ増やされ、どうしようか固まっていたが他のメンバーは固まる俺の事なんか視界に入らないかのように各自練習をはじめてしまった。
 Aバンドってもしかして俺に対して冷たいのか?とAバンドと俺の立ち位置なんかを今更振り返ってると耳郎に小突かれる。いかんいかん今や一分一秒たりとも無駄にできないんだ。両頬を叩いて気合いをいれるとみんなに習って俺も練習をはじめた。それから練習の時間以外はタイトルで悩む日々だったそんなある日さあ寝るか、とベッドに横になったとき突如閃いた。シンプルでどストレートなタイトル。緑谷出久オンリーライブ、なんてどうだろうか。捻りが無さすぎるがそもそも緑谷だけに届けばいいんだからもうこれしかない!
 思い付いたら早かった。寝るつもりだったはずが耳郎が借りてきたデザインの本と睨めっこしながらチケットの下書きを完成させた。寝ようとした頃にはもう四時で明日も相澤先生に呼び出しくらうかもしれないと怯えつつ横になる。
 その日の放課後練習はチケットを完成させることを約束してパスさせてもらい、図書室でレタリングの本を借りていそいそと自室へと帰る。


緑谷出久オンリーライブ


 チケットの表面にはタイトルと日時と場所を書く。裏面にはネットでみつけた地図を印刷しそれを貼ったのとプロヒーローになったときに、と考えていた自分のサインを書いた。
あとは渡すだけだ。


勝負はもう始まっている!


 完成したチケットをAバンドチャットに写真で送ってみんなにお披露目すると常闇から味わいがあるといわれた。これは褒められてるんだよな?
 そして通話がかかってきたと思ったら耳郎からで、手書きのチケットを渡すのはもちろん誰か分かってるよね? と耳郎強い語気で言われてそれはもう情けないほどの弱々しい声で、俺です、と答えた。でも本人に渡す勇気なんて持ち合わせているんだろうか。高校生活で散々敵連合と鉢合わせして度胸はついたつもりだったけどライブチケットひとつ渡せるかも怪しかった。でもライブまでもう日がない。渡すなら早いほうがいいだろう。出来立てほやほやを渡すべくチャットアプリで朝礼前に緑谷を呼び出した。






 恋って素晴らしい。朝があんなに弱い俺でも早朝に目が覚めてしまい呼び出しの一時間前から待機していた。そんなに心臓早くしてたら早死にするんじゃないかってくらい鼓動がバクバクうるさかった。正直もう緑谷が約束にこなくてもいい気がしている。いやでも来てほしい気もする。そんな押し問答を一人心の中でやってると約束の時間十分前に緑谷はやってきた。

「あれ⁉︎ 僕、約束の時間より早めにきたつもりだったんだけどもしかして待たせちゃった?」

 まるで遅刻してきたかのような慌て具合だったので思わず笑ってしまった。

「だいじょうぶ。俺も今きたとこ」

 大嘘もいいところだ。でも緊張して早起きしたので一時間前からいます、なんてかっこ悪くて口が裂けてもいえなかった。

「そ、そう? ならよかった。ところで渡したいものってなに?」

「緑谷、これ。よかったら来て。いや、よかったらというか絶対来て欲しいんだけど……」

 無理やりチケットを手渡すと風が起きるほど素早く後ろを向いた。去り際に大切な部分は言っておく。

「場所とかそれに書いてあるから! んじゃな!」

 チケットを渡す時顔が見れなかった。後からどんな顔しているか見とけばよかったと後悔が襲う。でも渡す度胸すらないんじゃないかと不安だったからまあ渡せただけ上出来だろう。そうであってほしい。







 手書きのチケットを渡された。これは電気くんの字だ。普段あんなにおちゃらけたキャラクターだが書く文字は案外整っているのだから不思議だ。緑谷出久オンリーライブって書いてあるけどどういうことだ?日付は十一月二十三日、勤労感謝の日だ。この日は学校も休みだし丁度予定が入ってない。チケットに書かれた場所は聞いたことも無い名前だったけど後ろにスタジオ、とついてるからにはライブハウスみたいなものだろうか。休み時間にスマートフォンで調べてみるとバンドマン向けの練習スタジオらしい。練習スタジオ?
 クラスの噂のAバンドがまたライブを企画してるらしいというやつは本当だったみたいだ。でもライブやるならライブハウスとかじゃないんだろうか。なんで練習スタジオなんだろう。他にもこのチケットを受け取った人はいないか聞いて回ったけど誰ももらっていなかった。

「どうすればいいと思う?轟くん……」

思わず轟くんに相談してみた。彼はいつでも冷静沈着だから何かいいアドバイスがもらえることを期待して。

「どうもこうも、チケットに緑谷出久オンリーって書いてあんだから観客はお前だけなんだろ。その字は上鳴っぽいが何考えてんのか俺にはさっぱりわからねえ」

「だよね……でもどんな顔していけばいいんだろう。僕、練習スタジオなんて行ったことないよ」

「そりゃお前は招かれた側なんだから堂々としてればいいだろ」

 轟くんの話は何か妙な説得感があってその場ではなるほど、と頷いた。だけど結局のところ自分の心の準備はできなかった。
 できるわけなかった。上鳴くんの手書きチケットだけでも嬉しいのにライブに招待って僕、当日倒れたりしないだろうか。それだけがただただ不安だった。




 ライブ当日はちょっとしか眠れなかった。元々ライブなんて行くようなタイプじゃないから練習スタジオに一人で行くってだけで緊張もんだ。ライブの時間は夕方からだけどもう何も手につかなくて寝れてない分身体を休めるためただひたすらベッドに横になっていた。
 出かける支度を始めないといけない時間にかけたアラームが鳴って身体を起こす。ライブらしい恰好した方がいいのかなと悩んだけどそもそもライブに合うような服なんてもってなかったと気づきいつも通りのカジュアルな服装になった。
 ライブ会場は雄英から最寄りの電車を二駅乗った先にある。マップアプリでブックマークしていたページを素早く開きアプリのガイドを開始する。地図を見てみると結構奥まったところにあるらしく開場時間までに着くか不安だった。でもアプリのガイド通り行くとすんなりたどり着いた。Aバンドの人たちを待たせずに済むことに胸をなでおろす。
 たどり着いたはいいけど練習スタジオの扉を開ける勇気がわかず店前を十分ほどうろうろしていると扉の方から勝手に開いた。驚いていると店員らしき人が顔を覗かせる。

「君、もしかしてAバンドのお客さん?」

「そ、そそそそ、そうです!」

 やばい、緊張して舌が回らない。

「練習スタジオくるの初めてなんだってね? 入りづらいよね、Aバンドの人待ってるから入りな」

 ちょっと年上くらいの年齢であろう店員さんは気さくに手招きをする。待ってる、と聞いたらもう迷ってる場合じゃない。入るしかない。勇気を振り絞って扉をくぐるとそこは初めて見る世界が広がっていた。




 







 





 遂にこの時が来てしまった。 店員に連れられた緑谷がおずおずとスタジオに入る。緑谷のためだけのライブが始まる。いつもはマイクスタンドの前に経つのは耳郎だけど今日だけは俺だ。中央にいる俺を見て緑谷が驚いているようだった。店員も去って緑谷が落ち着いたころを見計らってマイクのスイッチを入れる。

「えー、この歌を緑谷出久さんに捧げます」

 たった一人の観客をまっすぐ見据えて曲名を告げる。

「モンゴル800で小さな恋のうた」

 爆豪のスリーカウントが響く。それは高揚感をともに連れてきた。
 耳郎に言われたこと。曲が始まってからはどんだけ手元見てもいい。でもサビだけは顔を上げてたった一人の観客を見ろ。大丈夫、あんだけ練習したんだから手元を見ずに弾ける。まあもし失敗してもこれで合ってるような顔をすればいい。ただ歌に乗せた気持ちを想い人、緑谷に届ける。
こんな恥ずかしいことするんじゃなかったと黒歴史になったとしても今この瞬間だけは臭いほど、涙が思わず出てしまうほどの青い春を君とそしてAバンドのみんなと満喫したい。きっとやりきったら思いが通じなかったとしてもスッキリすると思うから。でもやっぱり通じて欲しいんだこの気持ち。

 雄英で出会った人。緑谷出久、あんたなんだ。そばにいた、大切な人は。
一サビも二サビも前を、緑谷を見て歌えた。でも

 あんだけ観客の顔を見ろと言われたのにCメロ前の間奏から顔が上げられなかった。背中から刺さる視線が鋭くなったような気がする。ごめん、みんな。もう俺顔あげる勇気なくなっちゃった。でも最後まで歌うから。どんな顔してる?見たい。でも見たくない。もしそこに拒絶の顔があったら。
 不思議な感じだ。ずっとこのまま演奏が続けばいいのに、と思う自分ともう早く終わらせて欲しい自分がいる。一体どっちなんだって思うけど終わったら結末がわかってしまうから。ザコいよな。結末が怖くて逃げたい、だなんて。カッコわりぃ、ビビってんだ。緑谷のことになると臆病になる癖、いつか治るのかな。この歌の返事を聞きたい。君から、この思いが通じた、と。最初告げる気がないって言ったくせに。片思いでいいと思ってたくせに報われたいんだ。

 この歌が終わって顔をあげたとき、緑谷が笑顔だったらいい。










響け、こいのうた。







 最後のフレーズを歌い上げるのと同時に楽器の音が止む。まるで世界がすべて真っ白になってしまったかのように無音で視界が真っ白になる。
 気がついたらマイクを握りしめて立ちすくんでいた。どれくらいそうしていただろう?ふと我に返ったのは誰かの鼻をすする音がしたからだ。
 その音がした方は俺の前方。たった一人の観客である緑谷出久。思いを告げるためにライブするなんて、とドン引きされたのかもしれない。引かれたんだ、と頭が真っ白になってるとドドン! とドラムの音が鳴る。びっくりして真後ろを振り迎えるといつものイラついた顔の爆豪が右手のスティックで緑谷を指していた。意図がわからず、そのまま黙ってると貧乏ゆすりの替わりかのようにバスドラムを鳴らす。

「テメェ、ここまでお膳立てしてやったんだから言うこと言わねぇとしまんねえだろうが!」

 それではっとなる。そうだ、最後は自分の言葉で伝えないと。歌だけに頼っちゃだめだよな。気合いを入れるようにゆっくりと前を向く。
 止まらない涙を手でごしごし拭いてる緑谷を見たら、今度は何故か安心した。今ならこの気持ちが通じる、そんな気がする。深呼吸をしたあと最後に大きく息を吸う。いきなり大きな声を出したせいかマイクが嫌な音をたてるが気にしてられるか!

「俺! 上鳴電気は! 緑谷出久のことが好きです!」

 一瞬緑谷のすすり声すらも止む。心臓がこれ以上ないってくらいに爆速で音を立てて、一言も言えない状態になった時助っ人が入った。

「では、返事を聞かないとならないな」

そう切り出してくれたのは常闇。常闇が俺の横まで来てスタンドにセットしてあったマイクを取るとマイクを持ったまま緑谷の隣まで移動する。

「返事、聞かせてもらえるだろうか」

 常闇は静かにマイクを緑谷に握らせた。
 泣いたせいで込み上げたしゃくりを二回ほどすると緑谷は深呼吸をした。そして俺と同様大きく息を吸うと片手で持っていたマイクを両手で握りしめる。またマイクが嫌な音を響かせた。でも緑谷はそれに負けじと叫ぶ。

「ぼっ、僕で良かったら! よろしくお願いします!」

 その返事を聞いた俺はかっこ悪いが思わず座り込んでしまった。背中から喜びのファンファーレ替わりにそれぞれの楽器をデタラメにかき鳴らす。メロディを演奏する気のない、本当に思うままにそれぞれがかき鳴らしていた。なんとその中にはドラムの音もあった。あれお前ってジャズやるんだっけと聞きたくなるほど優しいリズムを刻んでいる。なんだかその音は無償に泣きたくなる音を奏でていた。緑谷出久という人間を小さい頃から知ってる人に認められたという喜びの涙だろうか。さすがにこれ以上かっこ悪いところは見せられなので両手で顔を覆った。もしかして今日が人生で一番幸せな日なのかもしれない。
 一通りみんなが満足するまでかき鳴らし終わると急に静まり返った。ふと、背中の方へと顔をあげるとヤオモモがうっとりとした表情を浮かべていた。

「なんというのでしょうか?まるでおとぎ話のようですわ!」

「ロックバージョンの?」

 耳郎がすかさず聞く。

「そう! ロックバージョンのおとぎ話ですわ! おとぎ話といえば最後はお決まりですわね? 上鳴さん、もう一肌脱いで、男気見せてくださいまし!」

 どこでスイッチ入ったのか八百万も興奮しているみたいだ。まさかな。

「チューか」
「接吻か」

 耳郎と常闇の声が重なってやっとこれはマジで言ってることに気付く。いやいや、告白したその日にキスってはやくね どうお茶を濁そうか悩んでいると耳郎がキスコールを始める。え、と思ったときにはもう遅かった。常闇も八百万もそれに乗って一緒にキスコールをしてくる。しかも三人のキスコールに合わせて爆豪がリズムを刻む。爆豪、お前まで……⁉︎
 緑谷はさっきまで泣いてたのもあって可哀想なくらいの赤面だった。ここまでお膳立てされて逃げるようでは男が廃ると決意すると ギターをスタンドに立てかけて恥ずかしいのを誤魔化すために頭をかきながら緑谷の前に立つ。
 緑谷が手にしていたマイクを奪い取ると振り返りAバンドの面子に向き合う。

「お前らー! 煽ったんだからしっかり目に焼き付けろよ!」

 そう叫んだ後マイクのスイッチをオフにして床に投げる。たった一人の観客に向き合うと緑谷はマイクを両手で握りしめてた時のポーズのまま固まっていた。

 両肩を抱いて耳元に囁く。

「目、つぶって」






 俺と緑谷のシルエットが重なったとき背後からデタラメにかき鳴る楽器が俺たちを祝福した。















アフターコミュニケーション

 くっついた二人を先に帰し、残りの面子で後片付けをした。くっついたお祝い金として今日のスタジオ代は四人で分け合うことに。
 幼いころから両親とお世話になってるスタジオだから店長と話してから帰りたいと皆に告げるとそれぞれ帰宅していった。店長と思い出話に花を咲かせたあとスタジオを出るとそこには爆豪が突っ立っていた。どうやら私に話があるらしい。でも私の方にだって聞きたいことはある。

「ね、爆豪はいつ気づいてたの?両思いだって」

「は?んなもん一学期の頃には気づいてたに決まってんだろうが」

 即答だった。さすが幼馴染というか、すごいよく見ていたんだな。それとも才能マンは人の感情にも機敏なのだろうか?
 次は俺の番だと言いたげな爆豪が口を開く。

「お前、アホ面に後悔してる姿みたくないっていったらしいな。なら次はお前がしないとと格好がつかねぇだろ。俺はウジウジモジモジしてるやつが嫌いだ。だからお前らも、とっとウジウジモジモジじゃなくなんならまたライブしてやっていいぜ。キーボードがいないバンドなんてごまんといるんだからAバンドもいっぺんはキーボード抜きもありだろ」

 なんだ、私のこともお見通しだったらしい。でも上鳴に影響されてもし私がやるならって想像はたくさんした。そしてやる曲ももう決まっていた。

「もし私がヤオモモオンリーライブやるなら曲はあいみょんの君はロックを聞かない、かな!」
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