このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

踏んだり蹴ったり

「ああ、なんだってんだ! こんなものが!」
男はその苛立ちを表現するかのように足下にある大きめの小石を蹴る。
「ああ、畜生が!」
 まあ、そんなもので彼の苛立ちが収まるわけはなく、怒りは今だ萎えることはない。
「こんな、刺青で……! 俺の人格を決められてたまるかよ!」
 手の甲を憎々しげに睨み付けながら彼はそう言う。確かにそこにはぎらついた獣の牙が、描かれている。
 この国ではそれを神にいただいた運命を記す刺青であると言われ時に敬われ、時に嫌悪される。
 どうやら彼は嫌悪される側の人間のようでいつも通りこうして愚痴愚痴と文句を呟いているわけだ。
「こんな、こんなものでっ!」
 この時の彼は相当に苛立ちを露にしていた。何せ、今度こそはと意気込んで参加した武術大会。
 荒れくれ者が多く、彼のような人から嫌われている刺青を持っていようとなんらかの職につける何て事例は多くあり、今回もその類いだろうと参加した彼だったが、今回の大会はとあるお姫様の家の護衛人を決めるための大会だった。
 そのため、決定権はそのお姫様にあったわけだ。
『そんな不浄なものをぶら下げた野蛮人を私のそば付きにしたくはないわ』
 などと言って男の優勝は無視され準優勝だった優男に賞品は奪われた。
 そこまではいつも通り、我慢はできないが我を忘れることはなかったであろう。
 問題は周りの声。あれほどに人が集まると言うのも稀なものでほとんどが屋敷内とか道場内とか関係者立ち入り禁止で行われる武術大会。
 そのため一般人には珍しい見せ物だ。
 そして綺麗も汚いもわからないでいた彼等にとってそのお嬢様の言葉は一つの情報。上の者は男のようなものを綺麗な存在ではないと示したのような形になる。
「ああ、なんだってんだ! 俺が何をしたってんだ!」
 そのせいで彼は店に行けば注文すらできず追い出され、道を歩けば嫌に露骨な嫌悪の眼差しで見られ、挙げ句の果てには長屋を追い出される始末。踏んだり蹴ったりな最悪な日となった。
「ああ、今日はどこで寝れば良いんだ……」
1/1ページ
    スキ