それぞれの話
おなまえをおしえてね
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
わたしね、旦那がいたのよ、齢83歳の元地球人はそう言って、ゆっくりゆっくり花冠を編んでいた。
わたしね、旦那がいたのよ。10年前に亡くなってね。真面目で融通のきかないところもあったけど、いい人だったのよ。突然風呂場で倒れてね。よくあることなのよ、よくあること。真冬の風呂場でね……語りながら、ゆっくりゆっくり編まれていく、小さな花を集めた花冠。
「ねえ、おじいちゃん」
「なんだい、お嬢さん」
「わたし、多分ね、もうすぐ死ぬの」
「…………そうかい」
「たのしかったわ、プネブマでの暮らし」
「それはなによりじゃのう」
「……ねえ」
わたし、死んだら、あの人のところへ行けるのかしら?
こんなところに来てしまって、もうあの人には会えないんじゃないかしら。
それだけが、それだけが怖いのよ。
ゆっくりゆっくり編まれていく花冠、一本を握る手は、少し震えている。
プネブマでは、いのちは全て星から生まれ、そして星に還る。そう言われている。ここに来てしまった彼女は、きっと、きっと。
キングフィッシャーは頭を地面に付けて、彼女に寄り添った。
「……お花になるとええ」
「お花に?」
「そう、君が死んだら、お花を植えてあげよう。きっときれいな花が咲く」
「でも、それは……」
「お花は、何度も咲くんじゃ。知っとるじゃろ? 枯れてもまた種から生えてくる。それは何度繰り返しても、君の花じゃ」
「……」
「そうして何度も何度も繰り返したら、そのうち、その花を見に、来てくれるさ」
「そうかしら」
「地球とプネブマは繋がっとるんじゃ、きっとそうじゃよ」
「そうかしら」
「わしがちゃんとお世話をしてあげるから、安心するとええ」
老いた美女は微笑んだ。
「……そうね、きっと。きっとね」
それがさいごの会話になった。
翌日彼女は倒れ、数日後、意識の戻らないまま、星に還った。
約束通り、彼女の遺体を埋めた花畑には、新しい花の種を撒いた。華やかな薔薇にしようか、いいや、静かな野の花がよい。名もわからぬような穏やかで慎ましい花がよい。月日が巡ると彼女の場所からは、控えめな花が次々と咲いた。嵐から守り、水を与え、種をまた埋めて、それを何年も、何年も、何年も、繰り返した。
「ここにその人がいるのねっ」
「そうじゃよ、綺麗な花じゃろう」
「うんっ! おれっちもお世話手伝うっ!」
「おお、ありがとう、サタンちゃん」
小さな友達が来るようになってからは、一緒に世話をした。彼女は花冠を編むのが上手でのう、そう話すとサタンは張り切って編み出した。彼女とは真逆、歌いながら踊りながら、大きくて鮮やかな花を選んで編んでいく。それは花冠というより、花輪であった。
花は何度も咲く。枯れては咲いて、枯れては咲いて、散っては芽生え、散っては芽生えを繰り返す。
キングフィッシャーにとって、花も他者の命も、同じであった。ひとつとして同じ色の花はないが、あっという間に愛でる暇もなく散っていく。そして悲しむ暇もなく、新たな花がやってくる。
今、ごきげんに歌う小さな友達も、いつか。
ひとりの青年がやってきたのは、空の青く晴れた昼下がり、一段と花が開いた季節のことであった。突然花畑に湧いた魔力だまりを調べに来たのだという。こんなことはしょっちゅうなのに、マメなことだと思った。
「おや、こんにちは」
「こんにちは、あなたが……キングフィッシャーさん?」
「そうじゃよ。お主は確か、地球から来たという信託の指揮官、だったかの」
「はい、ご存知だったんですね」
「わしも近々入隊しようと思っててのう。もしよかったら、お主の隊に入れておくれ」
「それは是非、エルピダでも指折りの実力者だと伺っていますので」
「いやいや、照れちゃうのう」
青年は爽やかな美男子であった。真面目そうな、そう、真面目そうな青年であった。
青年は、広がる花畑を見渡して微笑んだ。
「素晴らしい場所ですね」
「そうじゃろ、わしが毎日お世話しとるんじゃよ」
「魔力だまりは、あちらに?」
「うむ、まあよくあるやつだからのう、大して危険もないと思うが」
「よくあることなんですね……不思議だな」
「もしかしたら、新しく何かが生まれるかもしれんのう」
花を踏まないように、彼は足をゆっくりと進ませた。花の良く似合う男だ。色男とか、そういうことではなくて。例えるなら、そう、あの穏やかで慎ましい野の花が似合いそうな、
「……、……?」
彼は、足を止めて、ある場所をじっと見下ろした。
彼女が咲く場所だ。
「……ここは……」
「おお、そこはな、古い友人が眠っているんじゃよ」
「友人……?」
「地球から来たお嬢さんで、」
そこから先は言葉を飲みこんだ。
青年の済んだ瞳から、陽の光を反射してきらめく涙が次から次へとこぼれていったのだ。
「…………」
「…………あれ、どうして……」
「……」
「……どうして、こんな……」
「……」
「す、すみません」
「……、……いいや、いいんじゃよ」
「……僕は、」
「……いいんじゃよ、いいんじゃ、いくらでも泣いていいんじゃよ」
「……でも、」
「ここは」
「……はい」
「君のために守ってきたんじゃよ」
花は風に揺れていて、彼の涙はぽたぽたとその花弁を濡らした。
彼は静かに静かに、しばらく長い間泣いた。どこを見つめていたのだろう。花か、花の生えている土か、その土の下か、それとも。そうしてキングフィッシャーは、何も言わずに青年をずっと見ていた。待ち侘びていたのだ。この瞬間を。慰めに紡いだ空虚な言葉が現実になったのだ、長い間を生きてきても、このようなよろこびは滅多にない。
黄昏時になり、花が黄金色に染まる頃ようやく青年は涙を拭った。泣き腫らして真っ赤になった目であったのに、鼻声であるのに、彼は凛としていた。
「任務に戻らなければ」
「……おお、そうじゃのう。なんじゃったかのう」
「魔力だまり、を、」
「…………」
青と黄昏色の混じる空、その方向に、魔力だまりはあった。そこに、影があった。
「…………」
ゆっくりゆっくり、花冠を編むように、細い何かが束になって、それは人の形をつくっていった。花びらが混じる、ゲルのからだ。
青年が駆け寄っていく。キングフィッシャーはそれをゆっくり追いかける。危険なものなんかではない。あれは、そう、
(輪廻)
3/3ページ