バルチカ
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キッチンからいい匂いがした。そうか今日はバルチカが料理当番か。ハイトがひと段落ついた作業を置いて覗きに行くと、コロッケがからりと揚がっていた。
コロッケの数は6つ。3人分。いつもならそれでいいのだが、ミラーが遠征で明日の昼までいないから、本来は4つ、ふたり分で良いはずだ。しかしすぐに思考が進んで、納得した。
「今夜も指揮官さんを呼んだのか」
「イエス、コロッケ モ 指揮官ノ リクエスト」
「そう……」
このところバルチカが料理当番だと、指揮官が招かれるようになった。バルチカが誘っているらしい。基本的に家族にしか関心が無かったというのに、外にも向いたのは隊に属したからなのか、とてもよい傾向である。これを成長というのだろう。指揮官には一家でお世話になっているから、お礼ができるのはよいことだ。
しかしちょっといや別に構わないんだけど、
「……毎回呼んでないか? 最近……」
高温の油が満ちた鍋が、からころと軽快な音を奏でている。バルチカは温度を計測しながら、たくみに火加減を調節していた。
「何カ問題ガ?」
「いや、別に……」
いいんだけどさ。別に。もう僕が重度のオタクなのもお前達にフリフリエプロン着せてるのもバレバレだし。いいんだけどさ。なんなら目の前でラブラブキュンもやったしさ。いいんだけどさ。ほら?あんまりしょっちゅうお呼びしちゃかえってご迷惑じゃないかなって思ったんだ。他の人との約束もあるかもしれないし。
キッチンから出て、配膳の手伝いでもしてやるかとテーブルを片付けていた。スーパーのチラシが散らかっている。いくつかに丸がつけてある。明日にでも買いに行くんだろうか。あ、マグロンが安い、丸がついてる。
ハイトは片付けながら理由を考えた。問題提起、バルチカが最近指揮官さんをよく招くのは何故か。共通点、バルチカが料理当番の夜。いつからか?いつからだっけ。
インターホンが鳴った。即座にバルチカがキッチンから出てくる。ハイトは玄関から聞こえてくる会話を聞いていた。
「こんばんはー、わ、エプロンだ」
「料理中二 エプロン着ルノハ 当タリ前田ノクラッカー」
「めっちゃ古いよねそれ、ハイトさんそんなネタも教えてるの」
「ハイハイ 入ッテ マダ料理ノ途中デス」
「あっ、ごめん」
素早くバルチカはキッチンへと戻っていく。リビングに来た指揮官とハイトはお互い「あ」と目を合わせた。もうしょっちゅう来るからさすがにハイトも慣れた。15歳だっけ? バルチカの友人として接していたら、異性として緊張するのもおかしいか、と気付いて以降、そこまで気まずくなることもない。そもそもロリは2次元限定派である。
そういえばバルチカの精神年齢設定に近いな、と気が付いた。
「こんばんは、またお邪魔します」
「こんばんは……お構いなく」
えへえ、難しそうな話はあんまり好きそうじゃない顔で笑った。馬鹿って言ってるんじゃない、多分理屈っぽいのが苦手なだけだ。感性で生きてるタイプ。
ほどなくして食卓は整えられ、ハイトとバルチカ、指揮官が囲む。コロッケは焦げることなくサクサクに揚がっていて、油の温度管理を徹底できるバルチカのなせる技だ。
「あっつ」
「ワロス」
「ひどい」
「ハイ 水」
「ありがと」
「慌テテ 食ベナクテモ コロッケ ハ 逃ゲマセン」
「お腹すいたんだもん」
「キャペツ モ」
「食べる食べる、あ、すごーい薄い、これバルチカが切ったの?」
「フハハハ」
「………………」
ハイトは二人のやり取りを見ていた。
バルチカは外でもこうなのだろうか。自身が兵役し始めてからあまり日が経っていなくて、情報が足りないが、こう、なんというか、えっと。
「ミラーも今頃ちゃんとご飯食べてるかなあ」
「アノ島ハ 食材豊富 心配無用」
「バナナとか?」
「魚モ 釣レル」
「お魚かあ、お魚食べたいなあ、煮魚とか」
「……角煮ハ?」
「角煮?」
「明日 マグロン ガ 安イ」
「えっ」
「血合イ ハ 角煮二 スル予定」
「ち……?」
「血合イ」
「ちあ……?」
「チ、ア、イ」
「ちあい」
「……後デ 説明シマス チャント 覚エテ帰レ」
「はぁい……」
ハイトに対する態度とは違う。ミラーへの態度とも違う。別の顔だ。
知らないバルチカがそこにいた。
そんな顔するんだ。表情筋はないけれど。動作とか、会話とか、そうか、そういうふうに、なるんだ。お前は、そうなるんだ。
それは、相手がこの人だからなのか?
それは、
「ハイトさん」
「………………へっ?」
「さっきから箸が進んでないですけど大丈夫ですか?」
「えっ、あ、ああ…………」
「イラナイナラ 私ガ モラッチャイマッセ」
「食べる食べる、こら、行儀悪い!」
笑顔、のバルチカが箸を伸ばしてくるので、その手をぺちんと叩いて慌ててコロッケをかじった。あーおいしい。じゃなくて。
バルチカ、お前は、お前が料理当番の度に招くのも、チラシのマグロンに丸をつけたのも、僕のコロッケを狙う顔とは違う顔をするのも、そんな振る舞いするのも、全部、それは、
「……でね、試したのね、そしたら焦げたのね」
「指揮官ハ 火加減ッテ ゴ存知?」
「ご存知!」
「ドーセ イキナリ 強火デ 燃ヤシタンデショ」
「燃やしてないよ!焦げたけど!」
「フライパン ハ」
「コナさんに教わって焦げはとれた」
「……フーン」
可能性は…無いわけじゃないとはいえど。いや、邪推だ、やめよう。何より指揮官さんに失礼だ。アニメの考察じゃないんだ、生身の人間なんだ。ハイトは思考をやめた。晩御飯のコロッケはおいしい。明日はハイトが料理当番だ。マグロンを買ってくると言うし角煮を一緒に作って、刺身にしようかちらし寿司にしようか。
3人の夕食はそうして進んでいき、空になった皿はやがてシンクに重ねられた。今夜もそろそろお開きだ。
「ハイトさん、また今晩もご馳走になりました」
「ああ、いえ、またどうぞ」
「はい!」
バルチカは、ちゃっかりお土産に持たされたコロッケのタッパが入った袋をさげて玄関に立つ指揮官を見送りに行った。リビングにも声が聞こえてくる。
「タダ飯 板二付イタナ」
「バルチカが誘うからじゃん」
「今日 コロッケ食ベタイ ト 言ッテタノハ 誰ダッケ」
「誰だっけ?」
「ハァ?」
「うん?」
「指揮官 記憶障害ノ 診断ヲ受ケタ事ハ アリマセンカ」
「ありませんよ!?」
ぱたん。
玄関の扉は閉まり、指揮官は帰って行った。夜だが、町はまだ明るい。さほど危険な帰り道でもないだろう。
ハイトは、コーヒーの入ったカップを持って立ち上がった。今夜はさすがに早めに寝ようかな。明日はミラーが帰ってくるから、元気に迎えてやりたい。あ、でも寝る前にあれとこれとそれの確認を……
「……?」
バルチカが戻ってきた。いつもならすぐにキッチンに向かっていって皿を洗うのに、突っ立っている。
「……」
「……」
「……バルチカ?」
「……」
「……ど、どうした?」
「……」
「……」
「……フライパン ノ 焦ゲ」
「……へ?」
「……落トシ方 ノ 知識 ハ」
「……うん」
「私ニモ アル」
「……?」
バルチカはそう言うとキッチンに引っ込んだ。
焦げ?
…………………………。
「………………………あっ?」
あっ、えっ、そういうこと。
ハイトの手の力は抜けて、持っていたカップが斜めに傾きコーヒーが滝になり床に池を作った。取っ手が親指に引っかかって落とすことは免れている。
「え」
えええ。
ええ。
ハイトはバルチカが引っ込んだキッチンを見て、玄関に通ずる廊下を見て、もう一回キッチンを見た。
「ええ……」
やっぱり、やっぱりそうなのか。そういうことなのかバルチカ。自覚はあるのか。ないのか。僕はどうしたらいいんだ。生まれて3年、まさかこんなに早く、えっ。ええっ。
「ええ……」
残念ながら今ハイトが履いているスリッパは死んだ。
(焦げには重曹がいいよ)