そのほか
おなまえをおしえてね
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こどものころはまだ外がそこまで怖くなくて、家族ともうまくいっていた。ある休日にどこかの花畑に観光に行ったことがある。
あたりいちめんにさきほこる名前もわからない花たち、母は多分きれいだと言っていたし、父も満足していたと思う。僕といえば、景色を楽しむ傍ら、花の種類や寄ってきた虫たちに興味を持っていた。そんな思い出の中、顔も覚えていないガイドの、中年女性が言った言葉が、しっかり脳に残っている。
『大人になったら、自分の家族とまたおいで』
自分の家族? それは今の家族ではないのか? 当時幼かった僕にはわからなかった。
わかる頃には、『今の家族』とは、挨拶すらままならなくなっていた。
辺り一面に咲き誇る花達、その中に立つミラーとバルチカ。それを少し離れた所から見ている、ハイト。ここはキングフィッシャーとサタンが世話する花畑だ。
VRではなく本物の花に触れたい、お使いを頑張ったミラーにご褒美は何がいいか尋ねたら、そう答えられた。外出を好まないハイトが自分も家族もみんなが満足出来るようにと捻り出したVRだが、やはり、現実には勝てない。物に触れた感触、匂い、温度は、再現できなかった。輝く瞳に遠慮がちに言われては断れず、せめて人目の少ない場所に、と選んだのがこの場所だったのだ。
「この花の名前は?」
「データ無シ。オイ、ゴ主人」
「えっ? うーん、わからないな」
「ハア? 知識量ガ数少ナイ長所ナノニ知ラナイ事ガアルトカ、オワタ」
「この星の花の種類なんて網羅できないよ、増してやここじゃ……」
プネブマの生物は地球よりもさらに豊富な種に分かれている。何しろ「魔力だまり生まれ」なんて言う非理論的な存在があるのだ、突発的に発生した植物があってもおかしくない。そんな種類いちいち把握出来ないし、知ったところで種として定着するかどうかも怪しいのだから、名前なんて答えられないのも無理はなかった。
「ハイト様にもわからないことがあるのですね」
「当然、所詮は僕もただの人間だからね」
「……人間、ですか」
「うん」
「ただの人間とは、どういう意味ですか?」
「えっ?」
ミラーは知識欲が旺盛だ。こうして質問が連続することもよくある事だ。そして時々答えに困る。
ただのにんげん、
「そうだな……」
にんげんってなんだ。毛皮に覆われていなくて、魔力が無くて、羽が生えていなくて、哺乳類で、耳も尖ってなくて、頑張っても寿命は精々100年ほどの生き物。
「……僕みたいな人間のことだよ」
「ハイト様のような?」
「そう、魔法も使えない、空も飛べない、そういう人間のことだよ」
「研究や発明は、違うのですか?」
「それは、ほら、うーん」
むむむ。困った。研究や発明は努力から生まれるものだ。だけど自惚れではないが、これは誰にでも出来ることではないと自負している。自分のような粘着質な性格と、欲深さが必要だ。しかしそれをミラーに話すのは、少し躊躇いがあった。
「ゴ主人ハ タダノ人間ジャ ネーデスヨ」
無意識に俯いていた顔を上げる。バルチカが目を細めてこっちを見ていた。頭に蝶がとまっていた。
「バルチカ……」
「違うのですか?」
「……ゴ主人ミタイナ メンドクセー毒男ガ世界中ニ イタラ、人間ハ滅ビマス」
「滅んでしまうのですか?」
「おいバルチカ」
「ダッテ子孫ガ」
「バ、バルチカ! それ以上は」
「プークスクス」
笑いながらバルチカはまた少し離れた場所へ行った。ミラーは首を傾げながらあとをついて行く。
花。花。花。蝶。花。花。バルチカ。花。ミラー。花。花。
平たい土地にみっしりと咲く花。むせ返るほどの生命の力。
夢のような場所だ。
びゅう、と強い風が吹いて、花びらが舞った。花びらが舞うということは、この無数に咲く花のどれかから、花びらが千切れて取れたということである。それは花の終わりを意味する。一枚一枚散っていって、丸裸になって、花ではなくなる。
それでもこの花たちはみんな役目を果たすのだ。種を作り次の世代を生み出すということを。魔力だまりから生まれた花があるとすれば、それは、どうなるかわからないけれど。
「……」
ふと、あの言葉を思い出した。おとなになったらじぶんのかぞくと、おばさん、僕は今大人になって、自分で「作った」家族と、別の花畑に来ています。
あのときの子供は夢を見た。大人になる前に夢を見た。ただの人間としての幸せを夢見た。あまりにも遠かったからだ。全て自分から招いたのだけれど、それでも苦しかったし、だからこそここに来てしまったのだと思う。
バルチカとミラーは花を見ている。背中が遠く遠くにある。僕の作った家族、僕の作った背中。
ミラーが不意に振り向いた。
「ハイト様、いもむしがいます」
どれどれ、と歩いていく。僕が自分が作った居場所、家族、縋って生きるのは幸せなのだろうか。今こうして彼らに注ぐ気持ちであるとか、話す時に浮かぶ笑顔であるとか、それらは全部ごっこ遊びで、虚無で、夢の中ではないのだろうか。
今を決して否定したくない。しない。けれど。僕が見ている、僕に都合の良い夢であったり、しないのだろうか。
「バルチカ、子供たちの所へ行ってきます」
「今日ハ 何ノ話ヲ?」
「キングフィッシャー様の花畑のお話を。今度皆で行こうと思います」
「遠足ニハ丁度イイ、キングフィッシャー 二 乗レバ 移動モ 安全カツ楽」
「昔は私たちもよくあそこに行って、勉強になったでしょう? 子供たちにも同じ事をしてあげたいのです」
「メッチャ 古イ 記憶ダナ……マア、実地学習モ大切デス。話ヲ通シテ オキマショウ」
「よろしくお願いします」
にっこり笑ってミラーは出て行った。ひと月に何回か、子供たちに勉強を教える「ミラー先生」は、今や国の人気者だ。かつての天才学者ハイト博士が生み出したホムンクルスは、父と慕うその人のあとを立派に継いで、研究の傍ら学問を広めている。
研究所の留守を任されることが多くなったバルチカは、ミラーを見送ったあと掃除をすることにした。研究室はきちんと片付いていて、綺麗にするところなんてほとんどないのだが。
「ア」
ふとテーブルの花瓶を見た。データ無し。名前のわからない花が萎れている。結局ハイトはプネブマの植物のほとんどに名前をつけられないままだった。まあ仕方ないか、ただの人間なのだろう?
「買ッテクルカ……」
それとも別のものを飾ろうか。うるさく面倒なことを言う男はもういないのだし。花瓶の中の花を捨てようと手を伸ばした時、インターホンが鳴った。
出るとそこには子供たちがいた。
「バルチカせんせい! あのね!」
「先生ジャネーヨ、何?」
「ミラー先生の所に行く途中で見つけたんだけど、これなんて言う花?」
「……アー……」
ミラーが教えたことをきちんと守って、子供たちは花を周りの土ごと持ってきていた。惜しいのはそれが手のひらの中にあったことである。小さな手のひらでは土を全て運ぶことは出来ず、おそらくぼたぼたと黒い道を敷いてきたはずだ。
手のひらの上で揺れていたのは、見覚えのある花だった。名前のわからなかった花。
「……データ無シ」
「えっ! そうなの!? じゃあ新種!?」
「発見ノ記録ハ アリマス」
「あるの?」
「……」
この花を見た時のアイツの顔は、データに残っている。ミラーと同じキラキラした目だった。この子供たちのように。
バルチカは花を持っている子供の頭をわしわしと撫でた。
「ミンナデ 考エマスカ、コノ花ノ名前」
「この花の名前、決めていいの?」
「第一発見者二 ソノ権利ガ アリマス」
「わあ!」
「すごい!」
「ミラー先生にも聞こう!」
子供たちは走って行った。
「……ヘッ」
ザマーミロ毒男、オ前二 デキナカッタコト、ツイニ ヤッチャウゾ。バルチカは発声はしなかったが、内部記録に書き込んでおいた。
(なかったことになんてなってないよ)
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