バルチカ
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端末を貸してもらった。黒い外装のタブレット。
「いいの?」
「コレガアレバ、遠征先カラノ報告ガ ヨリ スピーディー 二 送信デキマス」
「確かにハトより速いね」
「私ハ直接受信デキル ノデ 連絡事項 アッタラ 活用シヤガレクダサイ」
「しやがります」
「……遊ンジャ ダメヨ」
「写真は撮っていい?」
「OKファーム」
バルチカをリーダーにした遠征隊、行先はプネブマ山。牛車で3日はかかる場所。そのまたさらに山頂だから、結構な日数出てもらうことになる。過酷な環境にも耐えられるよう、体が丈夫で訓練もしっかり受けた隊員を選んだ。
遠征って砦防衛戦とはまた違った大変さがある。今回は特に山だ、大変に決まっている。着いていけないのがもどかしい。多分着いていっても足手まといになるだけだろうけど。
「寒いだろうからあったかくしてね」
「私ハ アンドロイド デスヨ、多少ノ寒サ ハ モーマンタイ」
「多少かなあ」
「超激レア素材拾ッテ来テヤルカラ 首ヲ洗ッテ待ッテイヤガリマセ」
「いやがります」
ほどなくして、隊は出発した。
晩ご飯は出勤前のエルディンガーさんと行くことになった。同伴出勤を避けるためらしい。夜の仕事って大変だ。
「は〜、今日さあ、めんどくさいお客が来るんだよね」
「来る前からわかるの?」
「予約したから休まないでね♡だって」
「うわあ」
「尻とか触ってくるから嫌なんだけどさあ、金払いはいいし…劇場主にツテがあるから無下にできないんだよねぇ」
ミネストローネに浮かぶベーコンをつつきながら、エルディンガーさんは客商売の悲哀を語る。ストレスだらけで胃に穴が空いたりしないんだろうか。禿げたり……
「あーもー、ストレスで禿げそう!」
「やっぱり!?」
「やっぱり?」
「あ、や、あの、やっ…やっぱりここのハンバーグ美味しいですよね!」
くるしい。くるしいから食べることに集中した。エルディンガーさんと食事に来ると辛い話をよく聞くけれど、彼の愚痴を聞いてあげるのも指揮官としては仕事のうちなのかな、と思う。
そういえば今夜のバルチカは何を食べているんだろうか。
昼間の間、細々とした報告は届いていた。魔物の様子とか、野営地に必要なもの、山の状態、隊員達の体調。詳細かつわかりやすいレイアウトで送られてくるので、頭の弱い人でも理解出来るのがありがたい。多分普段からポンコツだのなんだの言ってるから、レベルを合わせてくれるんだろうな。ありがたいな。ありがたいのか?
バルチカはアンドロイドだから、何もエネルギー補給は食事だけに限らない、と言っていた。なんだっけ、魔力? エネルギーが? えっと? えーっと。
「チーズリゾットです」
「あ、はい」
「エルディンガー、ここで飲みすぎると仕事がキツイぞ」
「あーそうだったー! ビールおかわり」
「やめとけ」
リゾット。おもむろに端末を向けた。カメラ、カメラ。どこだっけ。あった。カメラマークのアイコンをタップする。できたてで湯気の立ちのぼる、とろとろのチーズと絡むライス。上に散らされたパセリの粉。実は少しだけとろけるイグロが入っているらしい。端末画面下部の丸いところを叩いた。
「何してんの?」
「写真撮ってます」
「しゃしん……ああ、絵が残るやつ」
「そうそう」
「なんで?」
「バルチカに送ろうと思って」
「バルチカ?」
「今遠征中だから」
「ふーん」
画像の添付ってどうするんだっけ。まずメッセージ欄を開いて、ここか、そして、写真を選んで、うわなんだこの写真、あーあーミラーのこんな写真なんて外で開けない、ハイトさんえっこれうわっ誰が撮ったの!? あった。
写真だけ送るのも味気ない。エルディンガーさんにもカメラを向けた。
「はーいポーズ」
「えっなになに? 写真? ちょっと待ってよ化粧してないのに」
「バルチカに送るだけなんで大丈夫ですよ」
「リップだけ塗らせて」
「はい」
「……はいおっけ」
「いきまーす」
ぴーす。何やかんや言いながらすぐにキメ顔が作れるエルディンガーさんは、やっぱりプロだ。自分が一番綺麗に見える角度を知ってる。写真に慣れてないのにすごい。こちとら友達と写真撮るときだってあとで見返してお布団に引きこもるのに。
文書はどうしよう。えーと。
『エルディンガーさんとごはん』
シンプルかな。でもほかに浮かばない。リゾットとエルディンガーさんの写真を添付して、送った。
「それ、買ったの?時々お客が持ってるんだよね」
「バルチカに借りました」
「へー?」
「遠征中でも連絡が取れるように、って」
「鳩より速いし便利だよね」
「いろんなデータが来るので助かるんですよ、私にはよくわかんないけど」
「指揮官それでいいの?」
「えっと、勉強中で」
ぴろん。返事が来た。案外早い。
『此方は携帯食と焼き鳥。隊員の栄養状態は良好』
コロナさんがとてつもなく楽しそうに鶏を焼いている写真がついていた。彼がいるならとりあえずたんぱく質は約束されたようなものだ。
『寒くない? 寝る時はみんな気を付けてね』
返信。エルディンガーさんがこっちを見ている。人といるのに端末に夢中になるのはよくないことだ、すぐにテーブルに置いた。
「みんな今夜は焼き鳥らしいです」
「コロナがいるもんね」
「すごいですよねあの情熱」
「すごいっていうかヤバくない? バドがいないと会話にならないんだもん」
「バドさんがすごいですよね」
「ほんと。あ、さっき俺の写真撮ったでしょ? 見せて」
「どうぞどうぞ」
画像を表示して画面を向ける。エルディンガーさんはそれなりに満足そうだった。
「いいね、プライベートって感じ」
「撮られ慣れてますよね」
「たまにお客が撮るんだよね〜、踊ってるところとか。ついサービスしちゃうの」
「プロだ〜」
「プロよ〜」
ひとしきり食事と談笑をして、店を出た。空は星がいっぱい。これからエルディンガーさんはこの星空の下を歩いて、自分の舞台へ向かう。
「ありがとね、また愚痴聞いてもらっちゃったなあ」
「いえいえ、禿げないためにはこれくらい」
「禿げ?」
「禿げ」
「……うん、ああ……気をつける、うん」
「うん? はい」
ぴろん。また返事が来ていた。画像が添付されている。開くと、町よりも遥かに星の多い空が映っていた。
「わあ!」
「えっ、何?」
「これ! プネブマ山の夜空らしいです」
「これもバルチカが?」
「はい! 綺麗だな〜すごいなあ」
「……ふーん……」
エルディンガーさんは、ひとつ伸びをした。
「ねえ」
「はい?」
出勤前の彼でも、綺麗な顔は夜空に良く似合う。
「あんたたちさ、付き合ってるの?」
うっかり端末を落としそうになった。いけない、落としたら壊れる。多分。顔が熱い。変な汗が出た。
「へっ、へっ?」
「よくふたりっきりで話してるし、よく家にご飯食べに行くんでしょ? 今夜だってこんな、星空って報告とか関係ないじゃない」
「へっ」
「ねえねえ、どうなの? アリなの? いいなあ〜若いふたりの瑞々しい恋愛! 俺そういうの大好き!」
「へぇっ」
「あっ時間だ、ねっ、じゃあ今度たっぷり詳しく聞かせてねっ」
「へっ」
「じゃっ!おやすみ〜」
「へぇ………」
力なく手を振ってエルディンガーさんを見送った。
ぴろん。また着信した。メッセージだ。
『あんまり食べすぎないように 気を付けやがりませ』
つき、とか、ねえ、あの、それは、いや、バルチカ、あの、ほら、どう、その、あのね、今ね、エルディンガーさんにね、言おうとした。言おうとしたけれど、やめた。文字にすると、はっきりとそこに存在してしまう関係性が、圧を放つ。
空にカメラを向けた。かしゃ。震えていたせいで若干ブレているが、綺麗に撮れた。プネブマの、夜空にみっちり詰まった星空よりかは割とまばらな、町の星空。
『もうお店出たよ。こっちも星が綺麗!』
メッセージに添えて星空を送る。いつ帰ってくるんだっけ。まだしばらくだから、そう、大丈夫、気持を落ち着かせるには、時間があるから大丈夫、大丈夫。
「そん、な、ね、ちが、ね」
よくわからないものが、ぶわりとみぞおちのあたりから湧き上がって、吹き上がって汗になる。出られなかったそれは熱になって全身を駆け巡った。思わず、端末を抱きしめる。
「ち、ちがう、もんね」
その夜は走って帰った。
星空。星座の位置。同じ星座がひとつふたつみっつ。方角、角度。若干の手ブレ。
『もうお店出たよ。こっちも星が綺麗!』
簡潔で語彙力の乏しい一文。よく見る町の夜空。
「バルちゃーん、コーヒー飲む?」
「イタダキマス」
モリッツが持参したコーヒーを、焚き火を囲んで飲む。隊員全員が喜んでいる。何度か挑戦しているが、この味がなかなか出せない。更なるデータ集積が必要。
体が温まって、ソフィエロは真っ先に寝た。続いてサタンも電源が切れたように倒れた。コロナは弓矢の手入れをしてから緩慢に寝袋に入った。コナは入浴できない代代わりに丁寧にブラッシングをしてから就寝した。
「モリッツ 寝ナイノデスカ」
「腰が痛くてねえ、もうちょっと起きてるよ」
「ソレハソレハ」
各センサーをレベル3感度に設定。敵襲撃に備える。モリッツの腰をスキャン。腰椎骨盤の若干のズレを確認。矯正を推奨。
空を見上げる。星。星。瞬く星。ひとはこれを綺麗という。だから綺麗なものだと判断。指揮官、あさひも恐らく好むもの。先程の返信からも想像出来る顔。
「いやあ、こういう場所はロマンチックでいいねえ。素敵な恋人と一緒に来たいな〜」
「コウイウ場所、トハ?」
「雄大な自然と満天の星空!肩を抱いて見上げたら、まるで世界にふたりっきりみたいじゃない?」
「ナルホド、星空ノ下ハロマンチック。記憶シテオキマス」
「おっ? もしかして誰か誘いたいの?」
「ゴ主人カラハ コノ手ノ情報ハ 入手不可」
「あ〜なるほどね……奥手っぽいよねえ」
モリッツはハイトと正反対である。恋愛経験豊富。願望もリアル。メンタルが強い。非常に貴重な情報源。
「そういえば指揮官ちゃんには連絡した?」
「先程 夕食風景ト 星空ノ データヲ 送リマシタ」
「星空?」
「国内デハ 見ラレナイ風景デス」
「そうねえ…」
星空だけではない。ゲル質な地面、漂う空気の組成成分、足元をうろつく幼いアエリオ、イグロ、ペトラ。この情報は記録しておかなければならないし、帰ったら教えなければならない。
彼女は滅多にここに来られないから、
「指揮官からは返事は来たの?」
「町ノ夜空ガ 送ラレテキマシタ。見慣レテルッチューネン」
「お返ししたかったんだよ、きっと」
「オ返シ? 何故?」
「それはさあ」
あー、うーん、いやこれは俺から言うことじゃないなあ、モリッツは言いかけた言葉をどうにかしてしまった。
「……」
「……」
モリッツがこちらを見ている。バルチカは空を見ている。同じ星座。あの写真と、今頭上に瞬く星座は同じ。当たり前のことだ、空はひとつしかない。
今あさひは見ているのだろうか、それとももう家に帰ったのだろうか。今夜はエルディンガーと一緒だった。ひとりで食事もできないのだろうか。やっぱり彼女はポンコツなので、自分がついてやらないと、
「あのさぁ」
モリッツが不意に口を開いた。
「気になってたんだけどね」
「ハイ?」
「あさひちゃんとバルちゃん、……付き合ってるの?」
「ハ」
イ?
思考停止。理解不能な言語。再確認を要する。
「モウ一度オ願イシマス」
「あさひとバルチカは付き合ってるの?」
「理解不能」
「いやいや理解してよ」
「ハー?」
何言ってんだこの色ボケじじい。音声再生しそうになったが中断できた。
「何故?」
「だってさあ、よくふたりで仲良さげ〜に話してるし、しょっちゅうお宅でご飯食べてるんでしょ? ていうかねえ、星空の写真なんて送っちゃうんだからもう、これはどっちかって言うとバルちゃんの方が」
「バルチカフラッシュ」
「わーっ!!」
バルチカフラッシュを発動。モリッツを黙らせることに成功。そのまま永遠に黙りやがれ。ソフィエロが身動ぎしたが問題ない。全員眠っている。
付き合ってる? 私とあさひが? 確認。今までのあさひとの記憶を再生。…………………………。
一般的に交際と呼ばれることは大方している気がする。しかしだからといってイコールではない。はずである。
「ああーちょっと、まだ目がチカチカする〜」
「自業自得 death」
「やめてお迎えきちゃうから」
「マダ早イ ダロ」
「で、どうなの?」
両目をおさえながらモリッツは笑っていた。
「好きなの?」
許されるのならこの場でこいつをカリカリに焼き上げてやりたい。
『一日お疲れ様でした。みんなちゃんと眠れる? おやすみなさい』
送信。ベッドに突っ伏した。忘れよう忘れよう忘れよう。普通普通普通。でもこの前熱を出した時におかゆと切り干し大根を持ってきてくれたね。思い出しちゃったね。無理だね。うわあ、うわあ〜、
「どうしよう……」
今夜は眠れそうにない。そう思って瞼を閉じたら3秒でおちた。
(おせっかいおじさん×2)