きらきらのおくりもの
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
炉の中の薪がぱち、ぱち、と爆ぜる。夜の時間が始まって、空に星々が瞬き始めたあとも、僕はひたすらにガラスと向き合っていた。
最新の試作品は、少しだけ歪んでいる。
「惜しい……!」
悔しい気持ちを抑えて、自作の椅子に座る。座面に体重を預けると、疲労がどっと襲ってきた。
作業机の上には、透明で歪んだなにかがいくつも転がっている。口からため息が漏れた。
途中から数えるのをあきらめたが、試作品の数はゆうに百を超えている。こんなに作っても、頭の中にある理想には少しずつしか近づかない。
僕に、できるのだろうか。こんなに作ったのにだめなら、いっそアイデアごと捨ててしまおうか。
ふと、薪の燃える音に混じってかすかな足音が聞こえた。顔を上げると、長身の誰かがこちらに歩いてきているのがわかった。
炉の炎に、その顔が照らされる。
「もう遅い時間だ、メノウ。明日にしたらどうだ」
「金狼!」
夜の見張りをしている金狼が、僕の作業の明かりに気づいたのだろう。槍を片手に険しい顔をして、僕の目の前で立ち止まった。
「ルールはルールだ。今の時間は、普段のメノウならもう寝ている時間だろう。早く寝た方がいい」
「ご、ごめん……でも、もうちょっとだけ起きてたいの」
このもやもやを抱えたまま、眠りたくなかった。
諦めたくないのに諦めてしまいたい、そんな気持ちを抱えたままでは、寝ようとしたところで夜通し悩み続けてしまうだろう。
考えていても変わらない、それは重々承知の上で、この相反する気持ちも許してくれる夜の時間に、ただ背を預けていたかった。
彼は僕の返答に悩んでいるようだったが、少しののち眉間のしわをほどいてうなずいた。
「……わかった。周りは見張っておく」
立ったままの金狼に椅子を勧めると、首を横に振って「あくまで見張りなのだ、休みにきたわけではない」と言う。長い時間仕事をして疲れているはずなのに、相変わらず彼は真面目だ。
金狼が机の上の試作品に気づく。てんでばらばらに置かれた、いくつもの小さなガラス。
僕にとってはもう向き合いたくないものだったが、彼は興味津々といった様子だった。
「これ、触ってみてもいいか?」
「……どうぞ」
出てきたのは低く小さな声で、自分でもその声色に驚く。ネガティブな感情をにじませてしまった。いけない、と笑顔を取り繕う。
彼はそれを一つつまんで、白い月にかざしている。月光が透明なガラスに反射して、きらきらと光っていた。
感嘆の声を漏らす金狼のそばで、手持ち無沙汰な僕はばらばらに転がっていた試作品を作った順番に並べる。コト、コト、とガラスが木の机にあたる音がする。
こうして見ると、最初の頃よりずっと上手になっている。それなのに、完成までの道のりは明かりのない真っ暗な夜のようだった。この道を歩んでいてよいのだろうか、という重たい不安が僕の中で渦巻く。
頭が黒一色に支配されてしまったころ、彼の声が降ってきた。
「とてもきれいだな……これはガラスか?」
「うん。そうだね」
「おお、やはりそうなのか! こんな小さなものまで作れるのか……メノウはとても器用だな」
「あ、ありがとう……」
せっかく彼が褒めてくれているというのに、目の前の試作品のことが頭から離れない。ぎこちない笑みを返すことしかできなかった。
ことん、と作業机に試作品が置かれる音がした。作業机に視線を落とすと、並んだそれらが僕を見つめている。
「なぁ、メノウ」
声のした方向に顔を上げる。彼は僕のことをまっすぐに見つめていた。
心配している。そんな感情がにじんだ顔だった。
「落ち込んでいるだろう。俺の前まで無理しなくていい」
隠していた暗い感情に、彼は気づいていた。その観察眼に驚きつつ、知られてしまっているのなら仕方ない、と不安な気持ちを隠すのを諦める。
すると、視線は勝手に下を向き、取り繕わない口は素直に「……うん」と落ちたトーンの声を出す。
「……全然、理想に近づかないの。このまま続けていてもいいのか、わからなくて」
頭の中でとどまっていた黒い不安は、逃げ場を見つけたと言わんばかりにすらすらと口から出ていく。
すると、ぎりぎりのところで押しとどめていた本音が、歪んだ姿を現した。
「こんなアイデア、形にしなければよかったんだ。どうせ、できっこないよ」
真っ黒な気持ちを吐露する。
口を閉じたあと、響かせてしまった音を反芻する。あまりにもどろどろとしたものを吐き出してしまったことにはっとなって、恐る恐る相手の顔をうかがう。
黒く濁った本音を耳にしても、彼は嫌な顔一つしていなかった。なにかを口にすることもなく、静かに僕の顔を見つめている。
いたたまれなくなって、目をそらした。
「落ち込むのも当然だ」
降ってきた声に、思わず顔を上げる。金狼は僕に共感するかのようにうなずき、並んだ失敗作に目をやる。
「これだけの数を作って、それでも理想に近づかない。それは、とても苦しいことだろう。だが……」
並んだガラスから椅子に座った僕に、視線が移る。
「この試作品たちは、メノウが前に進んできた証でもある。メノウなら、きっとできるはずだ」
そこまで言うと、彼は槍を置いて僕の前に片膝をついて座った。視線の高さを合わせてくれる。
緑の瞳と目が合って、とくとくと早い心臓の鼓動が耳に伝わってくる。
金狼は口元に笑みを浮かべて、僕を励ます。
「メノウの頑張りを、俺は小さいころからずっと見てきた。それに伴う苦しさがあることも、わかっているつもりだ。
だからこそ、一人で抱えないでほしいのだ。話ならいくらでも聞こう」
眼鏡の奥から柔らかな視線を向けられる。
金狼はいつだって、僕の作ったものを誰よりも喜んでくれていた。彼からの純粋な褒め言葉を受け止める度、作り上げたときとはまた違う穏やかな高揚感に浸ることができた。
その笑顔をまた見たいという気持ちが、ものづくりへの燃料の一つになっていた。
ずっと見てくれている彼の言葉は心にやさしく染み込み、弱ったそれをじんわりと温めてくれる。すると、消えかけていた情熱が、小さな焚き火のような燃え上がりを見せる。
僕の気持ちは、すっかり前を向いていた。
「ありがとう、金狼。また明日、作ってみる」
「そうしてくれ。ゆっくり休んでほしい」
金狼は槍を持って立ち上がり、「見張りに戻る」とその場を去っていく。後ろ姿が見えなくなるのを、穏やかになった心で見つめる。
小さくなっていた炉の火を消す。道具を片付けていると、ふと目に入るガラスの試作品たち。
並んだそれは、完成を待っているかのように、月明かりにちらちらときらめいていた。
最新の試作品は、少しだけ歪んでいる。
「惜しい……!」
悔しい気持ちを抑えて、自作の椅子に座る。座面に体重を預けると、疲労がどっと襲ってきた。
作業机の上には、透明で歪んだなにかがいくつも転がっている。口からため息が漏れた。
途中から数えるのをあきらめたが、試作品の数はゆうに百を超えている。こんなに作っても、頭の中にある理想には少しずつしか近づかない。
僕に、できるのだろうか。こんなに作ったのにだめなら、いっそアイデアごと捨ててしまおうか。
ふと、薪の燃える音に混じってかすかな足音が聞こえた。顔を上げると、長身の誰かがこちらに歩いてきているのがわかった。
炉の炎に、その顔が照らされる。
「もう遅い時間だ、メノウ。明日にしたらどうだ」
「金狼!」
夜の見張りをしている金狼が、僕の作業の明かりに気づいたのだろう。槍を片手に険しい顔をして、僕の目の前で立ち止まった。
「ルールはルールだ。今の時間は、普段のメノウならもう寝ている時間だろう。早く寝た方がいい」
「ご、ごめん……でも、もうちょっとだけ起きてたいの」
このもやもやを抱えたまま、眠りたくなかった。
諦めたくないのに諦めてしまいたい、そんな気持ちを抱えたままでは、寝ようとしたところで夜通し悩み続けてしまうだろう。
考えていても変わらない、それは重々承知の上で、この相反する気持ちも許してくれる夜の時間に、ただ背を預けていたかった。
彼は僕の返答に悩んでいるようだったが、少しののち眉間のしわをほどいてうなずいた。
「……わかった。周りは見張っておく」
立ったままの金狼に椅子を勧めると、首を横に振って「あくまで見張りなのだ、休みにきたわけではない」と言う。長い時間仕事をして疲れているはずなのに、相変わらず彼は真面目だ。
金狼が机の上の試作品に気づく。てんでばらばらに置かれた、いくつもの小さなガラス。
僕にとってはもう向き合いたくないものだったが、彼は興味津々といった様子だった。
「これ、触ってみてもいいか?」
「……どうぞ」
出てきたのは低く小さな声で、自分でもその声色に驚く。ネガティブな感情をにじませてしまった。いけない、と笑顔を取り繕う。
彼はそれを一つつまんで、白い月にかざしている。月光が透明なガラスに反射して、きらきらと光っていた。
感嘆の声を漏らす金狼のそばで、手持ち無沙汰な僕はばらばらに転がっていた試作品を作った順番に並べる。コト、コト、とガラスが木の机にあたる音がする。
こうして見ると、最初の頃よりずっと上手になっている。それなのに、完成までの道のりは明かりのない真っ暗な夜のようだった。この道を歩んでいてよいのだろうか、という重たい不安が僕の中で渦巻く。
頭が黒一色に支配されてしまったころ、彼の声が降ってきた。
「とてもきれいだな……これはガラスか?」
「うん。そうだね」
「おお、やはりそうなのか! こんな小さなものまで作れるのか……メノウはとても器用だな」
「あ、ありがとう……」
せっかく彼が褒めてくれているというのに、目の前の試作品のことが頭から離れない。ぎこちない笑みを返すことしかできなかった。
ことん、と作業机に試作品が置かれる音がした。作業机に視線を落とすと、並んだそれらが僕を見つめている。
「なぁ、メノウ」
声のした方向に顔を上げる。彼は僕のことをまっすぐに見つめていた。
心配している。そんな感情がにじんだ顔だった。
「落ち込んでいるだろう。俺の前まで無理しなくていい」
隠していた暗い感情に、彼は気づいていた。その観察眼に驚きつつ、知られてしまっているのなら仕方ない、と不安な気持ちを隠すのを諦める。
すると、視線は勝手に下を向き、取り繕わない口は素直に「……うん」と落ちたトーンの声を出す。
「……全然、理想に近づかないの。このまま続けていてもいいのか、わからなくて」
頭の中でとどまっていた黒い不安は、逃げ場を見つけたと言わんばかりにすらすらと口から出ていく。
すると、ぎりぎりのところで押しとどめていた本音が、歪んだ姿を現した。
「こんなアイデア、形にしなければよかったんだ。どうせ、できっこないよ」
真っ黒な気持ちを吐露する。
口を閉じたあと、響かせてしまった音を反芻する。あまりにもどろどろとしたものを吐き出してしまったことにはっとなって、恐る恐る相手の顔をうかがう。
黒く濁った本音を耳にしても、彼は嫌な顔一つしていなかった。なにかを口にすることもなく、静かに僕の顔を見つめている。
いたたまれなくなって、目をそらした。
「落ち込むのも当然だ」
降ってきた声に、思わず顔を上げる。金狼は僕に共感するかのようにうなずき、並んだ失敗作に目をやる。
「これだけの数を作って、それでも理想に近づかない。それは、とても苦しいことだろう。だが……」
並んだガラスから椅子に座った僕に、視線が移る。
「この試作品たちは、メノウが前に進んできた証でもある。メノウなら、きっとできるはずだ」
そこまで言うと、彼は槍を置いて僕の前に片膝をついて座った。視線の高さを合わせてくれる。
緑の瞳と目が合って、とくとくと早い心臓の鼓動が耳に伝わってくる。
金狼は口元に笑みを浮かべて、僕を励ます。
「メノウの頑張りを、俺は小さいころからずっと見てきた。それに伴う苦しさがあることも、わかっているつもりだ。
だからこそ、一人で抱えないでほしいのだ。話ならいくらでも聞こう」
眼鏡の奥から柔らかな視線を向けられる。
金狼はいつだって、僕の作ったものを誰よりも喜んでくれていた。彼からの純粋な褒め言葉を受け止める度、作り上げたときとはまた違う穏やかな高揚感に浸ることができた。
その笑顔をまた見たいという気持ちが、ものづくりへの燃料の一つになっていた。
ずっと見てくれている彼の言葉は心にやさしく染み込み、弱ったそれをじんわりと温めてくれる。すると、消えかけていた情熱が、小さな焚き火のような燃え上がりを見せる。
僕の気持ちは、すっかり前を向いていた。
「ありがとう、金狼。また明日、作ってみる」
「そうしてくれ。ゆっくり休んでほしい」
金狼は槍を持って立ち上がり、「見張りに戻る」とその場を去っていく。後ろ姿が見えなくなるのを、穏やかになった心で見つめる。
小さくなっていた炉の火を消す。道具を片付けていると、ふと目に入るガラスの試作品たち。
並んだそれは、完成を待っているかのように、月明かりにちらちらときらめいていた。